最終更新日(Update)'13.07.01

白魚火 平成25年7月号 抜粋

 
(通巻第695号)
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 7月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    横田 じゅんこ
「緑さす」(近詠) 仁尾正文
曙集鳥雲集(一部掲載)安食彰彦ほか
白光集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
       
奥野津矢子 、西村ゆうき  ほか    
白光秀句  白岩敏秀
鳥雲逍遥  青木華都子
白魚火集(仁尾正文選)(巻頭句のみ掲載)
          岡あさ乃、大澄滋世 ほか
白魚火秀句 仁尾正文


季節の一句

(藤枝) 横田 じゅんこ   


跳んで見せ蝦夷赤蛙雨あがる  坂本 タカ女
(平成二十四年九月号 曙集より)

 小野道風の寓話が思い出された。蛙といえばいつも芭蕉や一茶が引き合いに出されるが、掲句はリズムと写実でポエムができそうである。蛙の顔やその動作まで見えて来る。まるで魔法使いのように一跳ねしたら雨が上った。
 何と愛すべき蛙であろうか。蛙を見ただけでは現代人は関心を持たないだろうが、俳人の目は鋭い。俳句は言葉で絵が描ける。知識を捨てて野を歩くことの大切さを教えている。

手につきし蛍のにほひ子にかがす  柴山 要作
(平成二十四年九月号 鳥雲集より)

 雪、月、花、時鳥は古くから詠いつづけられてきた。蛍もその一つで桜守、紅葉狩に蛍狩。狩として多くの人がまとまって鑑賞している。水辺の闇に光りながら飛ぶ様は幽玄であり、その火は燃ゆる恋の思いにたとえられてきた。一面蛍は動物であり虫であるという事実がある。作者の視点もそこにある。
  蛍くさき人の手をかぐ夕あかり    室生 犀星

父の日の料理を父が作りけり  森  志保
(平成二十四年九月号 白魚火集より)

 六月の父の日は五月の母の日に比べると、幾分影が薄いが、掲句の父に興味を持った。
 昨今は男の料理教室も大繁昌と聞く。父の日の食卓にはどんな料理が並んだのだろう。
 そんな父親を身近に感じ、幸せを感じている娘としての視点がある。暖かい家庭の様子がうかがえて、心が和んでくる。

一ケ寺は雲の上なり夏遍路  中野 元子
(平成二十四年九月号 白魚火集より)

 遍路経験のない私には、全行程千四百キロ余り、八十八ヶ所の札所霊場巡拝は気の遠くなるような話。現在は自家用車やバスで巡るようだが、夏場のことではさぞや大変だろう。
 一ケ寺とは、徳島県にある雲邊寺のことである。標高九百十一メートル。全札所中最も高所に位置する。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 蝮  酒  安食彰彦
木の間より古墳の径の孕鹿
鳥引いて囁く浪のありにけり
鳥引くや赤き陽日本海に落つ
三代の表札かくる薔薇の家
牡丹散る風は飄飄踉踉と
河鹿鳴く小川の流れ太古より
牛蛙咆哮低し闇深し
握手して縁側で酌む蝮酒

 花 粉 症  青木華都子
紅梅の香や朝刊を取りに出て
露天湯の湯気に一輪梅ひらく
木の橋根づいてをりし花すみれ
春の虹韓半島を下に見て
春寒しハングル文字で書く手紙
春田打つ土手でいただくにぎりめし
泪目となりたる杉の花粉症
駄菓子屋で買ふ百円の柏餅

 山羊の小舎  白岩敏秀
日曜の朝のはじまる百千鳥
納豆の糸ひく朝を雉啼けり
日を弾く力の満ちて水温む
やはらかく手の沈みたる蓬籠
切株に座せば風来る山すみれ
遠足の声の集まる山羊の小舎
坐すのみのぶらんこ少女去りにけり
少年の恋春潮の揉み合へる

 男 料 理  坂本タカ女 
密室のやうな樟剪定夫
剪定夫巣にくる鴉見てをりぬ
割りをりし薪の匂へる涅槃寺
洋弓の的の彩り花大根
いちめんの菜の花明り富士遥か
六本木歩く夜桜並木かな
蒜叩く擂粉木男料理かな
髪染めてくる少年やつばくらめ

 茶 摘 み  鈴木三都夫
句帳ペン花見の杖のあれば足る
と見かう見最もしだれ桜かな
人形と別る荼毘の火花の寺
藤棚の花影淡く踏みにけり
藤棚の藤を見せんと抱き上ぐる
ぼんぼりを藤へ点せし朧かな
代を掻く伸びし茶の芽に急かされつ
機嫌よく伸びし茶の芽を摘みはじむ
 夕ざくら  山根仙花
鶯に励まされつつ磴のぼる
水音へ乗り出してゐる蕗の薹
春遅々と路地に人住む声もなく
狗犬の口の中まで春寒し
参堂の道々春を惜しみけり
反故を焼く火の色やさし夕ざくら
行く春の一湾に波なかりけり
葉櫻の影の騒げる石畳

 四  阿  小浜史都女
鹿尾菜刈けふが最後と刈りゐたる
昼過ぎの朝市通りつばめ来る
四阿に穀雨の雨を払ひけり
躑躅垣越し茫洋と街一つ
薫風や晴れ女ゐて先導す
武者幟遊覧船の船着場
砲台の錆び浮き青葉若葉かな
野苺や水さ流しに砂防ダム

 白 牡 丹  小林梨花
朝風に膨らみ初めし白牡丹
花片は生絹のやうな白牡丹
シャッターを切る幾度の白牡丹
微かなる風にも震へ白牡丹
夕風に幽かなる香を白牡丹
早々と散つて了ひし白牡丹
総廟の上の明るさ若楓
トロ箱に入れて貰ひし山の蕗

 赤 穂 塩  鶴見一石子
鯛釣草鯛百匹を揺する風
百円の渡しいまでも諸葛菜
花菜漬赤穂の塩の甘味かな
金雀枝や本家分家の地争ひ
青嵐死は突然にやつて来る
けふもまた泣蟲山の夏霞
麦秋や金波銀波の風生るる
気心の知れし言葉の冷奴

 山  鳩  渡邉春枝
種まくや指の先まで年重ね
花菜風グーチョキパーの指体操
山鳩のよく鳴く日なり畑を打つ
すかんぽを噛めば戦後の味がせり
五月来る耳なれぬ名の洋野菜
初夏の風をゆらして発車ベル
図書館のいつもの席や緑さす
母の日の午後の珈琲熱くして


鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

パントマイム  横田じゅんこ
桜蘂降る降るパントマイムかな
一羽出て二羽戻り来る巣箱かな
ふらここの天にゐる子と地にゐる子
鯉のぼり洗濯物のごとたたむ
朴の木の花のはじまる高さかな
迷路めく薔薇といふ字を好みけり

 さ く ら  浅野数方
遠山のうすむらさきや桜鱒
手庇に幾多の棹や鳥帰る
ふつくらと団子の焼くる花見茶屋
花衣還暦ふたつみつ越えて
花時の小川を跨ぐ馬の道
桜散る蔵の茶房の砂時計

 棟  梁  渥美絹代
花過ぎの鶏の出歩く山家かな
榧の花咲ける一番札所かな
春の虹橋渡る間に消えてをり
棟梁の今日は棚田の畦を塗る
水音に沿ひつつ歩き春惜しむ
なんぢやもんぢや咲ける林業試験場

 筍  飯  池田都瑠女
野仏の小銭を散らす春疾風
寂れゆく商店街や黄沙降る
春空に透かして通す針の穴
何処訪ふも筍飯でもてなさる
蕗味噌に母の想ひ出一しきり
原発を遠見に泳ぐ春の鴨

 春  水  西村松子
初蝶のはや影もちて立ちにけり
湖の日を待たせて魞を挿しにけり
一丁の鍬春水をもて洗ふ
芽起しの雨茶山より茶山見る
みどりさす玻璃の明るさスープ煮る
神名備の裾渺渺と麦青む

 沙  汰  森山暢子
人の代のいくばく春田打ちにけり
蛇出づる女人の沙汰を知りたくて
雛みて枯山水の庭を見て
雉鳴くや遠く過ぎ去るものたちに
花疲れ雨切つて飛ぶ鳥を見て
一島のどこも黒ぼこ春深し
 囀 れ り  柴山要作
雲巌寺背山前山囀れり
雪柳やさしき文字のかさね句碑
野の花も挿して明日待つ花御堂
睦むごと卵塔五十花馬酔木
いさかひかはた求愛か春の鴨
藍甕のつぶやき合へる春の昼 

 葱 坊 主  荒木千都江
咲きてほめ散りてたたふる桜かな
地虫出づ野はゆるやかに力ぬく
動く灯はみな朧なる湖畔かな
八重椿八重の重さの音落とす
沖からの風に向ひて青き踏む
潮風を受けて真つ直ぐ葱坊主

 白 牡 丹  久家希世
じわじわと山水の滲む芹を摘む
昂ぶりを静め見詰むる白牡丹
閉づる仕草日暮れに馴染む白牡丹
青あをと菖蒲の映る山の池
稜線に茜の淡と夕蛙
麦の穂の色揃ひたる細雨かな

 楤 の 芽  篠原庄治
庭を掃く箒に軽ろき花の屑
連翹の周り明るく昏れにけり
楤の芽の擡げはじめし首を摘む
つばめ来る昼に人無き山家かな
畦の泥盗んでゆけりつばくらめ
風薫る万歩越えたる歩数計

 目 借 時  竹元抽彩
鈍色に宍道湖包む養花天
花屑をつけて御座すや撫で仏
蜑路地を直角に出て春の海
桜蕊掌に落つ雨催ひ
襖絵の虎が牙剥く目借時
行く春や名残りを惜しむ夜の酒場

 手打蕎麦  福田 勇
新築の軒に早くも燕の巣
晩春の旅で買ひたる一夜干
浜風を一杯受けて喧嘩凧
葉桜や旅の途中の手打蕎麦
常滑の急須に新茶汲みにけり
皐月咲く村のはづれの赤ポスト


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 奥野 津矢子

雪解急色あるものを晒しけり
笹起くる蝦夷に義経伝説記
草萌ゆる息やはらかく詩碑の前
東風吹くや空に刺さりし千木の尖
花冷や玉子スープに陶の蓋


 西村 ゆうき

散る花の軽さ両手にとどめをり
初蝶の紙の白さに飛び立ちぬ
初つばめ村に声する魚売り
つばめ飛ぶちよきの形の尾を張つて
濡れ髪を風へほどきて海女若し



白光秀句
白岩敏秀


笹起くる蝦夷に義経伝説記  奥野津矢子

 〈夏草や兵共が夢の跡〉と「笠打敷て、時のうつるまで泪を落し」(奥の細道)て芭蕉は討死した義経主従を偲んでいる。しかし、義経主従は死ななかった。奥州高館を脱出した主従は東北へ逃れそして蝦夷に渡って生きていたのである。過去の色々な文献にも書かれ、各地に多くの伝承が残っている。権力者である兄頼朝に逆らって滅亡した義経。源氏を勝利に導いたヒーローが一転して悲劇のヒーローへ。それでも義経は不死鳥のように蘇った。ここに日本人の伝統的な美学がある。
 春になると、笹が雪をはね除けて起き上がる強靱なエネルギーは、義経伝説と同じエネルギーである。そして、それは過去のいくたびもの災害から立ち直った日本人のエネルギーでもある。
  東風吹くや空に刺さりし千木の尖
 千木は社殿の屋上に交叉した二本の木。〈やはらぐる 光や空に 満ちぬらん 雲に分入る ちぎの片そぎ〉。これは寂連法師(?~一二○二年)が出雲大社で詠んだ歌である。対して掲句は作者の住む札幌で詠まれた作品。
 春を感じさせる東風であってもまだ冷たい。その冷たさに対峙するように壮大な社殿の千木が空へ伸びている。早春の空に千木のシャープな陰影が印象的。

濡れ髪を風へほどきて海女若し  西村ゆうき

 NHKの朝の連続テレビで「あまちゃん」が放映されている。海女を目指すヒロイン天野アキ役を能年玲奈が明るく演じている。掲句の海女はすでに一人前の海女のようだ。
 海からあがって来た海女が、風へ向かって髪を解いているだけの描写である。多くを語らない作品でありながら、背後の波音や彼女の滴らす潮の香さえも感じられる。「濡れ髪をほどく」という具体的な動作が無駄のない筆致でスケッチされているからである。

路地を出て海へ一閃夏つばめ  今津  保

 路地から海まではそれなりの距離があるにもかかわらず時間的には一瞬の距離にある。それが「一閃」である。
 路地の暗さと夏の海の明るさ。二つの明暗をつなぐ夏つばめの直線の飛翔と反転。相反するものを相対させながらスピード感がある。
 燕が去ったあとには普段のままの路地と海が残った。動と不動、夏の海辺の一瞬の出合いである。

行き先は駅に来てから雪柳  安澤 啓子
 
 駅に来て決める行き先であるから、当然家を出るときには決まっていないことになる。それ程気儘な旅なのである。日常から離れて非日常の旅への出発。
 今日のことは今日のこと、明日は明日のこと。そんな開放的な明るさがこの句にはある。雪柳の花の白さが行き先を決めない白地図のように思えてくる。

八ツ橋の土産を膝に花疲  森井 章恵

 八ツ橋は京都の名菓である。風味も包装紙のデザインも昔から変わらない。しかし、チョコレートを塗った八ツ橋があったのには驚いた。老舗も色々と工夫しているのだろう。 それは兎も角、作者は京都の桜狩りを十分に楽しんだらしい。家路に向かう電車の揺れに美しい思い出を反芻していると、心地良い花疲れを覚えてきた。落ちないように膝の八ツ橋に慎ましく添えた手。窓辺に寄りかかって軽く閉じた目。爛漫の花に酔った一日であった。〈花にくれて我家遠き野道哉 蕪村〉

境界の杭の顔出す雪解風  加藤 数子

 ようやくに始まった雪解けに境界杭が見えてきた。本来は土地にあるはずもない人為的な線が我が家と隣家を分けた。あってもなくてもよいような境界であるが、なければ厄介なことが多い。
 さて、春になったお隣さん、今何しているのだろう。折からの雪解風に誘われて好奇心がふと動く。

真白な靴の駆け行く新入生  篠崎吾都美
            
 新入生は靴も服も帽子も全部ピッカピカ。そのピッカピカの真白な靴が学校へ走って行く。毎日の学校生活が楽しく、好奇心でいっばいである。元気よく駆けて行く子どもを見守る作者の優しさがそのまま句になっている。

前向けば直ぐにスタート草競馬  加藤 美保

 スタートとゴールだけがある草競馬。スタートには立派な出発ゲートがあるわけではない。今も、馬の顔が正面を向いた途端にスタート。走ったら止まらない草競馬なのである。 思わぬハプニングや迷惑を蒙りながらも作者は草競馬をこころから楽しんでいる。


    その他の感銘句
飛花落花息を足しつつ磴登る
杏咲く植ゑし父の忌重ねつつ
花の色花に戻して夕日落つ
雪解山鹿鳴く声の谺して
対岸に遠会釈して春帽子
二次会の赤きカクテル春の宵
二拍子に商談決まる新茶市
隅田川花の筏を流しけり
藤の房ひねもす香りゆらしけり
春光やブロンズ像の少女跳ね
春夕焼明日の米を研ぎてをり
手を置けば耿史の句碑に花の冷
初夏の風に芯ある雲巌寺
夕映はむらさきいろに恵那山の春
山風の真直ぐに来る青田かな
吉田 美鈴
西田  稔
大滝 久江
今泉 早知
宮崎鳳仙花
内田 景子
山本まつ恵
山羽 法子
河島 美苑
江連 江女
守屋 ヒサ
福田はつえ
秋葉 咲女
井原 紀子
江角眞佐子


鳥雲逍遥(6月号より)
青木華都子

つややかな辛夷の花芽雨弾く
晩年は足踏みばかり春おそし
春炬燵いつもふたりの常備薬
雪解宿目当てのひとつ岩魚酒
春愁を湖岸電車に置いて来し
花びらの張りつく馬頭観世音
師の句碑と共に濡れけり春の雨
端正な文字の苗札薬草園
せせらぎの煌めく堤蓬摘む
鳥引いてさざなみ刻む山上湖
鳥雲に江戸へ十里の常夜燈
地下足袋の白や満願の遍路団
まづ咲けり小町の墓の鼓草
揚雲雀一の鳥居のあたりより
羽根一枚寺苑に残し鳥帰る
重ね吊る萌黄の小鈴土佐水木
大銀杏空掴まんと芽吹きけり
杉花粉烽火を揚ぐる山の襞
湖に水尾のしろがね春の鴨
橋脚にかかりたゆたふ花筏

田村 萠尖
武永 江邨
関口都亦絵
野口 一秋
福村ミサ子
松田千世子
三島 玉絵
織田美智子
笠原 沢江
上村  均
加茂都紀女
野沢 建代
星田 一草
奥田  積
梶川 裕子
金井 秀穂
坂下 昇子
奥木 温子
横田じゅんこ
池田都瑠女



白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
仁尾正文選

 出 雲  岡 あさ乃

桑解くや石の標の札所道
みづうみも帰雁の空も暮色かな
花筵上座下座のなき円座
幾たびも赤子這ひ出る花筵
花筏その先ゆくも花筏

 
 浜 松  大澄 滋世

甲斐駒のたてがみなびく朝桜
放れ馬五月の海へまつしぐら
桜蕊降る客待ちの人力車
黐の花ここだく咲きて神の島
茅花流し船板塀の続く路地



白魚火秀句
仁尾正文


花筵上座下座のなき円座  岡 あさ乃

 筆者は四十数年のサラリーマン生活を送ったが、内三十五年は鉱山であった。何故か鉱山は桜の名所になっている所が多く、地元の自治会役員を招待したり、近隣から花見に来る者らが相次いだ。掲句は、それらと違って鉱山事務所自体の花見のようだ。上座には所長、次長や課長が並び、下座には新入社員や若手社員が自ずと占めた。上司の中でもこういう宴席が好きで自らハメを外す者、余り興味がなく、少し居るとさっさと帰ってしまう者など様々である。どちらにしても元気な社員たちは大騒ぎして座は盛り上げる。
 掲句は、元気な社員たちの宴、あるいは全く別の気易いグループの花見かもしれない。体言ばかりのような印象であるが、花見の盛り上りを十分に描き出している。老手だ。

甲斐駒のたてがみなびく朝桜  大澄 滋世

 甲斐駒は、甲斐に産する馬。古来駿馬とし名高く、当時国内最強といわれた信玄の騎馬軍団の主体をなしていた。
 掲句の甲斐駒は、たてがみがなびく程のみごとな疾走である。信玄の軍旗には「風林火山」の四字が記されていた。「疾きこと風の如し」「徐かなること林の如く、侵掠すること如火、動かざること如山」である。句は朝桜を季語に置いているので、翔ぶが如き小気味のよい春暁の一景である。

岩かがみ六字を称へ今日の無事  平間 純一

 この句の六字は「六字の名号即ち南無阿弥陀仏」あるいは「六字陀羅尼の文殊菩薩の真言、あんばけだなる」の何れか。六字を毎日読経して一日の無事安心を得た。ということは近親者が亡くなり喪に服しているのであろう。平常は般若心経や御真言の唱名は耳にして知っているが四十九日迄毎夜家族の一人がリーダーになって読経することは仲々うまくゆかぬ。七日毎に来る僧に真剣になって学び喪明けの頃はすっかり安定してくる。一日一日無事に六字が唱えられて心が安まるのである。供花の岩かがみが此岸の者をも癒やしてくれる。

正門を入れて受験子写しけり  石川 寿樹

 この正門は受験の子が是が非でも入りたい学校の表門であろう。出来上った写真を額に入れて机上に置き毎日これを見て「憧れ」をかき立てて励んでいるのである。

母の齢越えて卆寿のさくらかな  水出もとめ

 「母の齢越えて」という句はゴマンとある。このフレーズに続くのは自己の思い、とパターン化している。が、この句は作者が卒寿になって眺めた桜。くどくどと物を言ってないので読者は身に引きつれて思いを拡げることができる。

麗かや造酒屋の宝井戸  大澤のり子

 「宝井戸」は広辞苑にない。作者の造語であろうがひびきがよく宝の如く大事にしている井戸ということも分り、この造語は成功している。銘酒には極上の水が命。宝井戸には宝の如き水が噴湧するのである。

夏に入る領巾振山も玄海も  脇山 石菖

 領巾振山は唐津市浜玉町の背後にある鏡山。万葉集や肥前風土記によると、美人の松浦佐用姫は恋人の大伴狭手比古が朝命により任那救援のためこの地より朝鮮に出兵した折、別れを惜しんで領巾を振り続けた。この悲恋の物語りは広く知られているが、掲句は、夏に入った領巾振山と玄海だけを呈示してインパクトのある作品とした。読者を信頼し切った諷詠である。

大学へまつすぐ続く桜かな  林  浩世

 描かれたのは大学まで真直ぐ続く桜の並木だけである。単純極まりのないとも無言の句ともいえるが強靭な作品である。「まつすぐに」との描写からは、この道を眉を上げて大股で通っている若人が浮かんでくる。無限の未来のある彼等にエールを送っているかのようだ。本年の浜松白魚火会総会句会、一〇九人、二一八句中特選一位に推した句である。

春暁や白樺の幹赤々と  岩渕 洋子

 夏の日の出二十分程前に富士山の肌が真赤に染まることがある。赤富士といわれ有名な
赤富士に露滂沱たる四辺かな風生       
の名句がある。江戸期の浮世絵師葛飾北斎の「富嶽百景」にも「赤富士」が描かれている。
 白魚火会員となってキャリアをまだ多く積んでない作者に右のことが分っていなかったかもしれぬが、春暁白樺林を歩き白樺の幹が赤く染ったことを句にしたことは褒められていい。


    その他触れたかった秀句     
まほろばのさ緑色の茶山かな
歌垣の山裾すでに植田なる
校庭の真中に桜餅を搗く
ロープウェイに触れんばかりの鯉幟
のどけしや無口な夫と居て眠し
ほんのりと木の芽の香るわつぱめし
三日留守して見逃せる牡丹かな
手斧目の大黒柱武具飾る
隧道を抜けて七浦遅桜
カラー咲くいつも完璧主義の友
天候の機嫌あれこれ菊芽挿す
星の砂探す手のひら風光る
電話あり牡丹の見頃今日明日と
かたかごの反るだけ反つて咲きにけり
友の待つ浜の離宮の藤の花
大石美千代
篠原 凉子
五十嵐藤重
計田 美保
萩原 峯子
池田 都貴
牧野 邦子
大城 信昭
佐々木よう子
大石 越代
陸川 直則
鈴木 利枝
戸倉 光子
山下 直美
岸  正樹

禁無断転載