最終更新日(Update)'13.11.01

白魚火 平成25年11月号 抜粋

 
(通巻第699号)
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 11月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    小林 梨花 
「穴まどひ」(近詠) 仁尾正文
曙集鳥雲集(一部掲載)安食彰彦ほか
白光集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
       
鈴木喜久栄 、檜林 弘一  ほか    
白光秀句  白岩敏秀
鳥雲逍遥  青木華都子
白魚火集(仁尾正文選)(巻頭句のみ掲載)
          村上 尚子、内藤 朝子 ほか
白魚火秀句 仁尾正文


季節の一句

(出 雲) 小 林 梨 花    


 瑞穂の国日本では、今年も新米の収穫の時期を迎えた。新米が収穫されると、天皇が新穀の神酒と神饌を天神地祗にすすめ、またこれを食され感謝をされる祭儀がある。各地の神社でも新嘗祭があり、家庭では神佛にお供えをして感謝をする。

新米を炊く香に父母のよみがへる  松原トシヱ
(平成二十五年一月号 白光集より)

 新米を炊く時の香り、炊き上った御飯の香りに思わず亡くなられた御両親のことを思い出された。汗水を流して働き子供達を育ててくれた有難さは、生涯忘れられるものではない。当時の田舎の様子佇まいまですべてが、在り在りと目に浮かんで来たことと思う。

新米の届き後継ぎ育ちけり  高田 茂子
(平成二十五年一月号 白光集より)

 実家のことであろうか。新米が届くと、後継者が居られるお陰だと一入有難さを感じておられる作者。さらりとした一句ではあるが奥深い句である。

新米を指輪外して研ぎにけり  大村 泰子
(平成二十五年一月号 白魚火集より)

 新米の味、香りは格別良い。折角の新米に他の匂いや味が付いては台無し。大切な指輪まで外して新米を研がれた。作者の新米に対する敬虔な気持と心遣いが一心に詠み込まれていて感服した。
 平成二十五年十二月号で通巻七〇〇号と云う歴史のある「白魚火」。新米を噛み締めながら十二月号を待ち、創刊からここまで育てて来られました歴代の主宰、諸先生方の並々ならぬ御尽力に改めて感謝と敬意を表したいと思います。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 祖  母  安食彰彦
虫すだく火輪欠けたる五輪塔
ちちろ鳴くまだ帰りこぬ丑の刻
過去帖の院号の祖母月鈴子
委員長の潰れし耳やつづれさせ
朝顔を褒めし若者通り過ぐ
一人居る昨日も今日も秋日和
部活の児おむれつを食ふ葡萄食ふ
空蝉の体重計に乘つてをり

 日  雷  青木華都子
梅雨雲を帽子のやうに男体山
涼を呼ぶおばんざいとふ京料理
沙羅落花裏返し干す僧の下駄
雷を雷さまと言ふ里ことば
神杉を揺さぶり過ぐる日雷
いかづちの通り道とふ杉並木
木下闇二人掛けなる石の椅子
韓半島眼下に朝の二重虹

 忘れもの  白岩敏秀
口中に梅干の種秋暑し
鎌の刃を砥石にかくる長崎忌
新涼や塩ふる朝の茹卵
鈴虫に夜空は星をふやしけり
天の川旅のたよりの青インク
忘れものあるかにとんぼ戻りくる
掃苔や耳の大きな歳長者
灯台のひかり崩れ秋の波

 浮いてこい  坂本タカ女 
蕗の葉にくるみさくらんぼが届く
座右の銘なるもの持たず浮いてこい
鯵の背の飾り庖丁薄暑かな
温燗のもつきりなりしどぜう鍋
煩悩の身をでて遊ぶ浮いてこい
水口に置きある砥石釣舟草
魔除てふにんにくを吊る秋立つ日
人恋し振れば実の鳴る喘息薬種

 暑気払ひ  鈴木三都夫
窈窕と富士痩せ衣更へにけり
水涸れず不動の滝の名を存し
仰ぐともなけれど涸れぬ滝として
谺して三光鳥の山深し
霧晴れてくれば又蒸す山路かな
ほろと酔ふ吾が九十の暑気払ひ
手波もて流れに乗せし灯籠かな
流灯会終へし川面の真暗闇
 炎  天  山根仙花
炎天に晒されてゐる山河かな
焚きし火の色奪ひゆく炎暑かな
吊すより風鈴山の風を呼ぶ
百日紅空青々と暮れにけり
さゆらぎもなき新涼の仏の灯
早稲は穂に紺深めゆく日本海
夜は虫の声のとりまく一戸かな
鵙鳴くや庭先に焚く今日の塵

 栗 の 頃  小浜史都女
豪雨あと生れし蝉か秋を鳴く
藪蘭や棹売りのこゑ谺して
しじみ蝶露に溺れてゐたりけり
川の濁り戻つてきたりつづれさせ
親不孝通りはむかし白芙蓉
山歩きたのしみ栗の落つる頃
栗食みし跡あり猿かゐのししか
稲穂垂れ囃子の稽古はじまりぬ

 神 の 里  小林梨花
赤米の稲穂を掲げ神の里
澄む水に写る一樹の紅き色
秋色に染まる谷間の静けさよ
地獄絵を見るごと谷の破蓮
破れ蓮の透き間透き間の光かな
澄む水の底に根を張る古代蓮
まつかな実散らし神庭の山法師
放心の夕べ鳴きつぐ法師蝉

 橡  餅  鶴見一石子
昭和の手沁み沁み見入る終戦日
遥かなる戦火の記憶星飛べり
橡餅をひさぐ落人道の駅
毒茸にあかるき雨の平家塚
平家塚櫟大樹に昼の虫
狩人の邑の木の実を拾ひけり
九十九里漁火一つ流れ星
師の一句心経とせし秋扇

 秋 夕 焼  渡邉春枝
乘るはずの電車遠のく残暑かな
休暇果つ上り框のランドセル
転びてもすぐに起くる子赤とんぼ
秋夕焼遊び足らざる子が一人
段畑のてつぺんに墓鳥渡る
手の届くところに眼鏡夜半の秋
つまべにの弾けて風をいざなへり
厨の火落してよりの望の月


鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

 晩  夏  大石ひろ女
手付かずの遺品に対ふ盆用意
大綱を海に引き合ふ盂蘭盆会
焼酎の酔ひに本音をふと洩らす
風音に耳聡くなる晩夏かな
盆終へし吾に独りの時戻る
草刈女首のタオルを裏返す

 夢 の 中  奥木温子
青嵐裏返しゆく恋の絵馬
咲き満ちて相触れず散る合歓の花
祷るとは指を組むこと終戦忌
月見草震へて開く夜の帳
夏果つるみんみん蝉の間延び鳴き
虫時雨夢の中まで入り来る

 大 花 火  清水和子
放流の山女なかなか掴めざり
板の間は昔ながらや冷し瓜
看板の狭を片蔭にバスを待つ
大花火の欠片真直ぐ落ちてくる
水底の砂の紋様夏の果
一人旅の子を待つ駅の秋暑かな

 流  灯  辻すみよ
対岸の手筒花火の火の涼し
明け暮れの日々朝顔に気を貰ふ
蜻蛉の同じ高さに同じ向き
ふる里の川懐かしき流灯会
静かにも行く流灯の闇深し
中洲まで出て流灯を送り出す

 星 月 夜  源 伸枝
引く波に転ぶ小石や秋立てり
ふんはりと畳むブラウス秋の風
新涼の水に筆の穂ほぐしけり
庭石に残るほてりや星月夜
文机に向ふやすらぎ虫の声
膝ついて結ぶ靴紐萩の風

 菊 人 形  横田じゅんこ
脇僧の一人は女秋涼し
葛の花こぼれて風の混み合へり
ひとりとはつつましき数秋刀魚焼く
夫と子の墓に秋日の濃かりけり
ありつたけの水吐き出せりばつたんこ
菊人形手足つけられをりしかな

 流  星  浅野数方
流星やおだやかに引く浜の汐
ないしよごと少しありけり酔芙蓉
ゆつくりと腹式呼吸花木槿
月を待つ裸婦像小さき翼持つ
十六夜やほごす着物を膝に寄せ
吾と夫の中に父ゐて秋刀魚焼く

 盆  踊  渥美絹代
はきものの揃へてありぬ祭宿
信州に入るや一位の実をふふみ
盆踊やつと覚えしころ終はる
盆踊かがひの昔ありにけり
燈籠を瀬音近くに点しけり
ひとすぢの煙の見ゆる厄日かな
 夜  潮  森山暢子
女子供のせて舟出す花火の夜
草市や夜潮の匂ひして来たり
出土品おなじものなく稲の花
佛壇に亡母の財布敗戦日
馬追や女が銭を借りに来し
猿酒や木地積み上げて木地師小屋 

 秋 の 風  西村松子
咲ききりて彩こぼさざる古代蓮
晩夏てふ淋しきひびき月仰ぐ
秋立つや空水色に明けてゆく
門火焚くほどよき風の生まれけり
傾ぎたる流灯に寄する波やさし
揚舟に網干してあり秋の風

 秋  灯  柴山要作
初秋の影整ふる加波筑波
城址とは草むすところ法師蝉
轆轤場の暗き土室つづれさせ
秋灯人間国宝の轆轤
糸瓜棚がお休み処蔵の街
遊舟の舫ひしままや秋暑し

 打 ち 水  荒木千都江
水滴を溜め蜘蛛の巣のたゆみけり
夕凪や遠き明りも瞬かず
屛風立ちして威圧せる雲の峰
ねぎらひを交はして暑さしのぎけり
打ち水に昇る土の香日の匂ひ
送り火の消えて夜風の立ちにけり

 お砂踏み  久家希世
一杓の水を地蔵へ萩の風
初々しき萩の風あり六地蔵
露けしや地蔵の膝のさすり艶
秋雨や濡れし札所のお砂踏み
秋の湖へ鏡をちひさく一打せり
色鳥や庭で番となる気配

 秋 の 蠅  篠原庄治
馬用の曲り瓜売る草の市
秋灯下文字の歪める虫眼鏡
仏心を捨てて叩けり秋の蠅
秋風や捕らはれ猿に鉄格子
きりぎりす草の青きに紛れ鳴く
帰燕翅ぶ山峡の空紺深し

 秋 夕 焼  竹元抽彩
道をしへ登山ガイドの傍に
猛残暑なれども星の潤みをり
宍道湖を真紅に染めし秋夕焼
処暑の湖風が優しくなりしかな
夜さりの灯湖畔に確と虫の声
一杯は寿蔵に注ぐ菊の酒

 桐 箪 笥  福田 勇
飴色になるも離さぬ籐枕
二粒づつ指に転がし大根蒔く
桔梗や母の生れは花平
箪笥より母の形見の秋袷
秋扇や母の遺せる桐箪笥
旅立の前に山田の水落す


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 鈴木喜久栄

灯台の点りて烏瓜の花
海見えてより早足の日傘かな
トーストの香や朝顔は藍ばかり
終戦日つくづく白き飯の粒
蟷螂に疑ひ深く見つめらる


 檜林 弘一

しばらくは滝の飛沫の中にをり
物憂げに開いてをりぬ浜万年青
灯を消して星の明るき夜の秋
風鎮の影の揺れゐる夜の秋
松林の空を埋めて秋燕



白光秀句
白岩敏秀


終戦日つくづく白き飯の粒  鈴木喜久栄

 今年も八月十五日が巡ってきて、去っていった。戦争を知る人が年々少なくなってきている。しかし、戦争を直接には知らなくても、戦後の食料難をした経験のある人はまだまだ多い。〈野蒜つむ擬宝珠つむただ生きむため 加藤楸邨〉は日々の生命をつなぐための懸命な努力が詠まれており、〈みな大き袋を負へり雁渡る 西東三鬼〉は家族のために遠くまで食料を買い出しに行く情景が詠まれている。そして今、毎日食べるご飯の白いこと。
 年々遠くなる八月十五日。日々食べる飯の白さが平和の尊さを伝えている。茶碗の白い飯の湯気が家族を幸せな食事に誘っている。
 灯台の点りて烏瓜の花
 烏瓜の花は白い五裂の弁が糸状に垂れ妖艶である。日暮れて灯台の光りが海を照らす頃、烏瓜の妖艶な花が開く。灯台の光りが去ったあとの闇に浮かぶ白い花。そして、再び灯台の光り。闇と光りの交叉のなかで、烏瓜の花の一夜は過ぎていく。作者の美意識が生み出した幻想的な世界。

風鎮の影の揺れゐる夜の秋  檜林 弘一

 〈秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかされぬる 藤原敏行〉の古今和歌集の歌はあまりにも有名。歌は「秋立つ」と、即ち立秋のときである。しかし、揚句は「夜の秋」で夏の夜のこと。
 かすかな夜風を捉えて風鎮がゆるやかに揺れている。その風に秋の涼気を感じたのだと詠んでいる。季節の行合う夏の終りの頃、風鎮の影という視覚と肌に感じる風の触覚を通して、前触れの秋を感じ取っている。感覚の冴えた句である。やがて「夜の秋」は全身に感じられる秋となってゆく。

改札の兄につづける捕虫網  佐藤陸前子

 この句は昆虫採取に行くときのものだろう。「つづける」と兄に密着するように改札口を通過する様子に、兄に負けまいと気負った気持ちが現れている。弟の面倒をよく見る兄であり、何でも兄に負けまいと頑張りながら、兄の言うことに素直に従う弟。そんな仲の良い兄弟の夏休みが浮かんでくる。宿題もきっと兄に手伝って貰っているにちがいない。

暑き夜や夫も目覚めてゐるらしく  生馬 明子

 今年は暑さが厳しく長かった。熱帯夜に苦しめられて、寝つかれない夜もたびたびあった。そんな或る夜のことである。夫が寝返りを繰り返している。時には大きな息も聞こえてくる。あゝ、夫も眠れないのだなと思う。しかし、声はかけない。声を掛ければよけいに眠れなくなることを知っているからである。お互いに無言で、眠くなるのをただひたすらに待つ。振るっても振るっても纏いついてくる暑さ。そんな暑さが日本にはある。

足洗ひ水も夕日にぬるみけり 上武 峰雪

 「足洗ひ水」は私の手持ちの大きな歳時記には採録されていなかった。広辞苑には「盆の夕の霊迎えに、庭先に出しておく水」とある。柳田国男の『祖先の話』には「足洗い水といって縁側に盥を置き、水を張り…」と出ている。調べてみると昭和三十年代までこの風習が残っていた地域もあるようだ。
 映画「送り人」が人気を呼び「千の風」の歌がヒットする。日本人は先祖を敬う気持ちが篤い。遠いところから還ってくる人達の足を洗う水を用意する。それも盆供養であろう。

大日焼農に生きたる面構へ  佐野 栄子

 この句を読むと日焼止めクリームをたっぷり塗って、街をまちまちと歩いている人の気持が知れなくなる。
 ぎらぎらと耀く太陽の下で、大地に鍬を打ち込んで農に励む。その結果の大日焼。そしてこの面構えは農に生涯を打ち込んだ面構えである。自然の無慈悲な仕打ちにも耐え忍んで、農を守り抜いてきた面構えでもある。

お互いに風を見つけて昼寝かな  桑名  邦

 夫婦円満の秘訣を見せられたような句である。昼寝の条件は風通しの良い場所を選ぶことにある。風が涼しければなお結構。
 気持ちのよい風筋は自分で探さねばならない。探し当てたら夫は夫、私は私。お互いが干渉しない。それが昼寝のよさであり、干渉しないことが夫婦円満のこつである。

鹿に声かけて浜辺の松並木  友貞クニ子

 一読して安芸の宮島の景を想像した。宮島で白魚火全国大会が開催されたのは紅葉の美しい平成十三年十一月十一日であった。あの日、あの時も鹿が人馴れた素振りで浜辺の松林を歩いていた。
 鹿に「声かけて」がいかにも自然で、旅の開放感がある。赤い鳥居に寄せる瀬戸の波音までが聞こえて来そうだ。



    その他の感銘句
自然薯の食に多弁の父なりき
切株は栗鼠のテーブル木の実落つ
初産の牛に藁足す秋の冷え
秋麗眉整へて逢ひに行く
串抜けば火の匂ひある下り鮎
甘き酒舌にころがす蛍の夜
作業着のぴんと乾きぬ広島忌
今朝秋の水に磨ぎゐる米一合
夕焼雲乗せて大きく川曲がる
焼べ足して送る苧殻の尽きるまで
流灯会母知る人と語りつゝ
声変りして少年の夏終る
郵便夫袖を下して夜の秋
校長は長身二学期始まりぬ
手の平にホタル明るく光りけり
田口  耕
萩原 峯子
花木 研二
稗田 秋美
鈴木 利久
篠﨑吾都美
田久保峰香
森井 章恵
若林 真弓
山田ヨシコ
加藤 美保
大石登美恵
天野 幸尖
脇山 石菖
滝井 光子


鳥雲逍遥(10月号より)
青木華都子

民宿の簾越しなる波の音
蓮開く寺千年の由来書
百千の蝉の旋律太郎杉
昼寝覚め八十年は瞬く間
萍の行き処なく犇めけり
大梅雨の明け空の色雲の色
兄と待つ自転車で来る氷菓売
大日傘くくり付けたる乳母車
奥院はまだまだ遠し時鳥
老鶯や鎖二重に真野御陵
叶へたる夢一つあり鳳仙花
病葉の黄の一枚の鮮やかに
父と子の揃ひのシャツや心太
板橋を渡りきる気の蝸牛
百日の中の一ト日や百日紅
迅雷に話の腰を折られけり
旅立ちの夫に仕立てし白絣
拭きあとの残る黒板夏休
大山の深さは知らず時鳥
半夏生飲み薬また増えにけり

武永 江邨
関口都亦絵
野口 一秋
福村ミサ子
松田千世子
三島 玉絵
織田美智子
笠原 沢江
上村  均
加茂都紀女
野沢 建代
星田 一草
奥田  積
梶川 裕子
金井 秀穂
坂下 昇子
奥木 温子
横田じゅんこ
池田都瑠女
二宮てつ郎



白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
仁尾正文選

 磐 田  村上 尚子

ご飯炊く湯気しゆるしゆると今朝の秋
いち日の始まる林檎丸く剥く
西瓜持つ腕がじわじわ伸びてきし
おしろいや沖に動かぬ灯の一つ
近道を来てゐのこづちだらけかな

 
 牧之原  内藤 朝子

夏雲を割つてアルプス聳え立つ
アイゼンの雪渓を踏む音確か
しろうまの大雪渓の上に立つ
雷鳥の首伸ばしては鳴きにけり
山小屋や遠く街の灯ちらちらと



白魚火秀句
仁尾正文


いち日の始まる林檎丸く剥く  村上 尚子

 この林檎は、皮を切らぬように時間をかけて楽しみながら剥いている。私どもは林檎が四つ割、八つ割であろうが、このように丸く剥かれたものであろうが、一切れを口にするとき余り気にしない。作者は、「いち日の始まる」朝林檎を丸く剥いて一日を明るく過ごそうとしているのだ。
  作者は向日葵のように明るい。言葉も歯切れがよく、活動家でもある。多作家で一ヶ月七十句より少ないことはないという。白魚火は結社の窓を開け放って他結社とエールを交わしている。この作者が毎月心血を注いで執筆している「現代俳句を読む」の意図はここにある。作者は、採り上げんとする作家に関する資料や情報に時間をかけ、纏ると一気呵成に原稿を書く。掲句は、作者を知る者には子供のように明るい面を見せられ微笑まされた。

雷鳥の首伸ばしては鳴きにけり  内藤 朝子

 作者は山登りが好きで、かつても雷鳥の句で巻頭を占めたことがある。白魚火誌友には山好きが多く、日本百名山すべてを踏破した加茂都紀女さんの外にもたちどころに十名程の顔が思い浮んでくる。
 雷鳥は鶉鶏目のキジ科の高山鳥。北アルプス、南アルプス、加賀白山の二千メートルを越える高山にのみ棲息する。イヌワシなどの猛禽に襲われるため晴天の時は姿を現わさず朝夕か雷雨のある気配のとき見かけるのでこの名がある。夏期は褐色のだんだら模様に変色し冬は真白の保護色となり美しい。
 掲句は身を守るため何回か首を伸ばして鳴き声を上げている図。鳴き方にも仲間だけに分る暗号のようなものがあるのかもしれぬ。
 実際に高山に身を置いて詠んだので、テレビを見てでは出ない迫力がある。

空蝉や友子同盟謂れ書  中村 國司

 江戸時代坑夫(友子)は家康の難を救ったか何かの謂れで帯刀が許されていたという。その頃から横断的な職種組合である友子同盟という組織があった。諸外国の職種組合は強力で一つの組合がストライキに入ると国内のあらゆる所が麻痺してしまうが、友子同盟の如く弱い組合では事業主に圧力をかける力はなかった。しかし、この時代に職種組合があったということは特筆すべきこと。坑夫として技倆が上り職親が友子に取り立てるべく何名かの職親の推せん状をつけて友子同盟に申請し認められると坑夫免状が付与された。失業した時などこの免状を持って全国各鉱山の友子交際所へ就職斡旋を頼むと相談に乗ってくれ、そこが求人していなかったら別の所へ連絡し斡旋をしてくれた。この間一宿一飯が付与された。一種の互助的なものが友子同盟の役であった。現在日本の鉱山は外国産品と価格で太刀打ちできず全滅状態、勿論友子同盟もない。
 掲句は、どこかの資料館で友子同盟の説明を聞いて感銘した「空蝉」は鉱山や同盟への挽歌、愛惜を示しているように思えた。

納涼のカラオケに出る団扇持ち  松原 政利

 広島大学のキャンパスを前に広島白魚火会が吟行俳句大会を行ったとき作者は出てきていた。懇親会の折カラオケの芸名は持っているので白魚火同人になればノンプロ歌手として施設などを慰問したいといっていた。今夜は地区の納涼カラオケ大会にぷらっと出てみた。カラオケが始まるとじっと他人の歌を聞くことは先ずあるまい。

オホーツクの一穢なき空雁渡る  花木 研二

 清潔な句柄と声調のこの作家北辺諷詠は爽快である。今世界でも一穢なき環境はオホーツクの他何個所もはあるまい。

書架に抽くギリシア神話や黒葡萄  大隈ひろみ

 本棚からギリシャ神話の一冊を取り出したということ自体瀟洒であるが季語に置かれた「黒葡萄」が凄い。この作者の器量である。ギリシャ神話がいよいよ神秘性を増した。

斐伊川に野性の戻る秋出水  古川志美子

 台風十八号で近畿、北陸は今迄経験のしたことのない程の豪雨に襲われ多くの川が氾濫し被害が出た。斐伊川は神話に出る八岐大蛇を須佐之男が退治したことは日本人なら誰でも知っている。斐伊川の秋出水の奔騰を「野性に戻る」といわれると誰もが須佐之男の雄々しさを想起する。

暑き野良共に携へ生きてきし  良知あき子

 今年の猛暑は気象庁のあらゆる記録を更新した。その中で夫と共に炎暑に立ち向かい耕し続けてきた。このような人々が居る限り日本の農は守り続けられる。


    その他触れたかった秀句     
四阿を借り切りにせる蟇
うすものの喪服の肩に厚みなく
流灯会はつかに潮の香るかな
朝顔や寝起きの良さは生れ付き
老人と思はぬ母の敬老日
墓洗ふ弟父に似てきたる
荒るるだけ荒れて厄日の過ぎにけり
襟足をすつきり見せて藍浴衣
蝉時雨一山どつと被さり来
葡萄園みな中腰で進みけり
咲き誇る事も無く咲く木槿かな
すててこの親の真似して丈六居
村中に猪垣張るを話し合ふ
竹籠の著莪一輪や奥書院
踊の輪出るも入るも踊りつつ
佐藤 升子
小玉みづえ
小村 絹子
萩原 峯子
廣川 惠子
大澄 滋世
荻原 富江
石川 純子
浜崎 尋子
太田尾利恵
増田 尚三
上武 峰雪
平田くみよ
福田はつえ
渋井 玉子

禁無断転載