最終更新日(Update)'23.07.01

白魚火 令和5年7月号 抜粋

 
(通巻第815号)
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7月号目次
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季節の一句   石川 寿樹
「草書」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭10句のみ掲載) 鈴木 三都夫ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
       
安部 実知子、町田 志郎
白光秀句  村上 尚子
栃木県白魚火総会俳句大会報告 渡辺 加代
令和五年度群馬白魚火会総会及び句会 遠坂 耕筰
浜松白魚火会第二十五回総会、俳句大会及び浜松白魚火会発足三十五周年記念祝賀会
 大澄 滋世
坑道句会四月例会報 井原 栄子
団栗の会 春の吟行 大隈ひろみ
東広島白魚火水曜句会吟行 吉田 美鈴
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
       
工藤 智子、原田 妙子
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(出雲)石川 寿樹

飛魚のひれ畳みきれずに売られたる  青木 いく代
          (令和四年十月号 白光集より)
 飛魚は体長三十~五十センチ。五月頃、種子島あたりで漁れ始め、七、八月頃には北海道南部まで北上する。私の住む島根においても、夏によく出回る魚で、刺身や煮付、塩焼きにと、食卓に欠かせない大衆魚である。また、「飛魚(あご)野焼き」という特産の蒲鉾の原料としても、重宝されている。
 ところで、この魚の特徴は、何といっても比類なく胸鰭が発達していることである。この胸鰭をひろげて、海面から飛び上がって飛翔し、二百メートル以上も飛ぶといわれている。
 まさに、「畳みきれず」と表現された如く、胸鰭が翼の如く発達しており、その特徴が平易な言葉を以って的確に捉えられている。作者の鋭い観察眼、ものの本質を捉える眼力に感服した。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 初鰹 (静岡)鈴木 三都夫
人杖を頼み参らす仏生会
灌仏の おゆび より垂る甘茶かな
竹となるもの筍で終はるもの
筍を育て終へたる竹の秋
遠州の黒潮育ち初鰹
これやこの一本釣りの初鰹
化粧水浴びて糶らるる初鰹
初鰹一声高く糶り落とす

 ビール酌む (出雲)安食 彰彦
ビールうましフランクフルトソーセージ
ビール酌む卵割る音聞きながら
ネクタイをともに外してビール酌む
掛軸も見ずしてビール飲み干せり
世相とは少しづつずれビール飲む
ビール飲む死のこと忘れゐる二人
ビール干す調停円満解決す
男去りあとに残りしビール瓶

 木の影 (浜松)村上 尚子
吊橋をゆく佐保姫と手をつなぎ
均されて客土の匂ふ春の雪
さへづりや靴脱ぎ石に赤い靴
梅が香に呼ばれふり向く晴朗忌
利休忌の山吹白に徹したり
草の影木の影五月きたりけり
踏めば鳴る廊下憲法記念の日
積み過ぎて皿の傾く薄暑かな

 ゆく春 (浜松)渥美 絹代
うぐひすの声を近くに雑魚を釣る
桜餅旅の車中に匂ひをり
畝立ててゐたる畑へ花吹雪
たぎりたる豚骨スープよなぐもり
蝌蚪の水ときをり鳥の影よぎる
鶯のよく鳴く夫の手術の日
若鮎や川上の橋落ちしまま
ゆく春の蔵の二階に畳の間

 先代の壺 (唐津)小浜 史都女
二つゐて息合つてゐる春の鳰
飛花落花島の高きに展望所
声かけてもらいたそうに葱坊主
考へて考へて蜷動き出す
先代の壺も飾られ夏隣
まだ雨の足らぬ茄子苗胡瓜苗
妹のいまも明るし桜ん坊
鯉跳ぬる軸に替へたる涼しさよ

 夏初め (名張)檜林 弘一
釣銭にぬくみのありぬ苗木売
春泥を進み飛鳥の手打蕎麦
行く春の昭和の家を崩しをり
初夏や金のペン先一を書く
山門に湿り香のあり利休梅
牡丹の蕊を迫り出す雨上がり
神奈備の山映しつつ田水張る
揺るぎなき平和の色を花あやめ

 花筏 (宇都宮)中村 國司
片栗の花せせらぎに和し震ふ
お互ひに素顔は見せず卒業す
円仁の生誕の地やすみれ咲き
青空のひかりに翳る山ざくら
人杖のうなじを掠め飛花落花
散りいそぐ桜を仰ぎ石の蝦蟇
あをぞらの上ながれけり花筏
たんぽぽに蒲公英の絮丈高し

 風薫る (東広島)渡邉 春枝
国分寺を濡らして春の雨上がる
子雀の声を四方に国分寺
初蝶来僧房ありし辺りより
早朝の僧搔き寄する春落葉
石庭を洗ひあげたる穀雨かな
僧房の跡地彩るたんぽぽ黄
句碑の文字指もてなぞる新樹光
薬師堂の広き跡地や風薫る

竹箒 (北見)金田 野歩女
北国にものの芽赤や黄色やら
北辛夷神木として開拓碑
吟行と云へど一人の花の里
北寄貝割けば垂るるや北の潮
花吹雪先の禿びたる竹箒
緑立つ父の気骨を倦みし日も
春キャベツ漬けて区切りの朝仕事
夏立つや鷗真白くオホーツク

 花時 (東京)寺澤 朝子
春の川ことばを紡ぐやう流れ
迂闊にも花時病みて過ごすとは
籠りゐて虚子忌と思ふ花の雨
花月夜音を幽かに終電車
この世にははらから無くて散る桜
吟行の昼は学食残る花
寺多き界隈春の行かむとす
老いていよよ祖母似となりぬ更衣

 春の川 (旭川)平間 純一
奪はれしアイヌモシリや北辛夷
水押してあふるるばかり春の川
自転車屋にタイヤの臭満ちて春
こぶし咲く蘆花寄生木のゆかりの碑
閉校の築山どつと蕗のたう
枝川に心行くまで春の鴨
母衣深く後生祈りて座禅草
水芭蕉群れ咲きてより光あり

 春惜しむ (宇都宮)星田 一草
磴百段けふの桜を見にゆかむ
はらはらとはらはらと散る桜かな
花びらの散るアスファルト画布なせり
思ひ出はときどき途切れ花筏
稚魚たちの命きらめく春の川
真つ青な空真つ白な花水木
展望の百八十度春惜しむ
咲き昇る藤百丈の滝なせる

 菖蒲湯 (栃木)柴山 要作
蘆の角水漬く草魚の骸かな
じわり進む白内障や霾れり
白藤の心ゆくまでシャワー浴ぶ
老妻とそぞろ千歩の春惜しむ
柿若葉けふはいいことありさうな
田水張る宵よりしかと蛙鳴かな
学校てふ大玻璃植田明りかな
菖蒲湯を上がりし稚のさくら色

 風薫る (群馬)篠原 庄治
よくもまあ生きて八十七の春
地に影を一つ増やせり落椿
奥信濃芽吹く峠の坂嶮し
初蝶を道連れにせる散歩かな
一笛につづき二の笛初河鹿
風止みて踊り忘るる踊子草
百名水湧く水清し花山葵
叙勲祝ぐ慶の句座風薫る

 惜春 (浜松)弓場 忠義
花冷や珈琲店のマイカップ
六地蔵の茶碗を満たす花の雨
晩春のドアの鈴鳴る茶房かな
春惜しむコーヒー豆を挽いてをり
惜春や路上ライブの輪の中に
真ん中の鉢は売らぬと植木市
蝌蚪の紐ほどけて水の柔らかし
リラの花パン屋の開く朝十時

 通り抜け (東広島)奥田 積
柿の芽の一気に伸びて牛舎の灯
菜の花の蝶と化したる廃寺址
天平の木簡出土黄蝶飛ぶ
貫きし杏子スタイル春の雨
わが町を見渡す四囲の山桜
通り抜け高野聖の落花行く
花に酔ふ美脚の少女通り抜け
御衣黄も楊貴妃もいま満開に

 立夏の風 (出雲)渡部 美知子
百寿ゐてみどり児のゐて花の宴
囀の一段高く神の杜
春雨に濡るる神馬の鼻の先
花びらをつけたるままに傘たたむ
うすく濃く残照をひく海朧
スケボーの少女立夏の風摑み
緑さす医王山より鳥語降る
薬師寺の風鐸ゆらす若葉風

 千の襞 (出雲)三原 白鴉
葉桜や待合ひ長き山の駅
神名火山 かんなび に朽つる観音葛若葉
息詰めて見るぼうたんの千の襞
竿ぐいと撓め一家の鯉幟
三歩退き撮す山門若楓
若葉風ダム湖の中へ道続く
竈遺る村下の屋敷著莪の花
日照雨音なく落つる柿の花



鳥雲集

巻頭1位から10位のみ
渥美絹代選

 田水張る (松江)西村 松子
春愁や海月のやうな昼の月
遠き日の恋語りあふ桜漬
たんぽぽや水はゆるりと海へ出る
燕来る硝子の皿をきゆつと拭く
ふと母のこゑ耳朶にあり春の月
田水張れば小さな命動き出す

 亀鳴く (浜松)大村 泰子
転作の畑に狐の牡丹かな
ひこばえや切株に脂吹いてをり
亀鳴くや杭に細波寄せ返す
行く春や入江にのこる雲の影
茶摘女のやうやく息の揃ひたる
経蔵の小窓をよぎる黒揚羽

 弾き語り (多久)大石 ひろ女
閉校の石の門柱朝桜
船頭の長き水棹や飛花落花
花の雨駅にギターの弾き語り
ポケットの小銭の重し啄木忌
折鶴の角合はせゐる夜の朧
うぐひすのこゑの前方後円墳

 春子焼く (浜松)佐藤 升子
白梅に少しはなれて父祖の墓
薄氷の片寄る水のくらさかな
川ぐちの空の明るき入彼岸
雨音や捥ぎしばかりの春子焼く
抽斗の中に仕切りや蝶の昼
もづく啜り無為の一日終はりけり

 遅桜 (江田島)出口 サツエ
大学はバスの終点風光る
花の昼止まりしままの鳩時計
花時の雨もまた良し祝の膳
鳶鳴いて島の岬の遅桜
行く春やいちにち雨の音の中
一湾の船みな白し五月来る

 花吹雪 (牧之原)坂下 昇子
土筆摘む屈めば日差し溢れけり
知らぬ間に夫も来てをり花月夜
雪洞の明かり届かぬ花の下
顔中に受くる楽しさ花吹雪
木蓮の崩るる時も揃ひけり
傷深く受けし筍貰はるる

 鰊御殿 (磐田)齋藤 文子
清明や光を返す屋根瓦
竹の秋村のはづれに駐在所
指先に雫をためて甘茶仏
白樺の林をはしる雪解川
丘の上の鰊御殿や牡丹の芽
柳絮とぶ小樽運河に灯の入りて

 春惜しむ (東広島)吉田 美鈴
風強きままに日の暮れ木の芽和
サックスのやうやく音色花菜風
塗替への足場組まるる遅日かな
畝に張る防鳥ネット日の永き
春日傘畳みて潜る仁王門
堂塔の礎石に座して春惜しむ

 菜の花 (島根)田口 耕
土塁いま遊歩道なり残る鴨
菜の花や犬連るるごと子牛連れ
物干しよりシャボンのにほひ柿若葉
児童らの畑甘藍の収穫期
青鷺の一声天守越えにけり
滴りの石うがつ音太古より

 丸めがね (旭川)吉川 紀子
日陰の雪庭石のごと居座りぬ
しんがりの白馬耳立て厩出し
裏庭はほつたらかしやクロッカス
たまりたる記事の切抜き山笑ふ
うららかや受付嬢の丸めがね
花冷の写経積み上げたる伽藍



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 安部 実知子(安来)
足元に鯉のあつまるこどもの日
五月雨や抱き人形のひとりごと
山羊の仔の毛なみ渦巻く青嵐
夏つばめ船の別れに手は振らず
銀山の羅漢百態明易し

 町田 志郎(群馬)
新聞を斜めに読みぬ春の昼
亀鳴くや倒れ掛けたる無縁墓碑
風車人の気配に回り初む
教会の十字架の先花の雲
新緑の先に浅間あさま山の煙噴く



白光秀句
村上尚子

足元に鯉のあつまるこどもの日 安部実知子(安来)

 「こどもの日」は昭和二十三年に制定された国民の祝日で、子供の人格を尊重し幸福を願う日である。休日でもあり多くの人が参詣にきている。そこに池があればみな覗いてみたくなる。鯉は人声や足音を聞けばすぐ寄ってきて餌を乞う。それは鯉の習性でもあるが、今日が「こどもの日」となれば鯉までもお祝いをしてくれているように見える。
 いつ迄も大切にしたい休日の一齣である。
  五月雨や抱き人形のひとりごと
 「梅雨」が気候と雨の両方をさすのに対し、「五月雨」は雨そのものをさす。長雨のため嫌われがちだが稲作にとっては重要である。もの憂い雨と思ってか、そばに置かれていた人形が突然ひとりごとを発したと言う童話のような世界。

風車人の気配に回り初む 町田 志郎(群馬)

 風車は子供の玩具とは言え、街頭や縁日で売られているものを見るのは大人でも楽しい。又、家庭でも色紙やセルロイドで作ることができるので、その過程を楽しむことができる。
 この日は風車にとってはあまり良い日とは言えなかったようだ。待っている風はなかなか吹いてくれない。しかし突然誰かが近付いてきたのをいち早く察知して回りだした。
 風車にも人の気持ちを推し量る感情があるように思えたところが面白い。
  新聞を斜めに読みぬ春の昼
 〝斜め読み〟というのは〝筋を読み取るために細かい部分を飛ばしてざっと読む〟と辞書にある。この句の解釈は「春の昼」のみにかかる。日中の暖かさについ眠気を催したのだろうか。あるいは陽気に誘われて行楽に出掛けようとしているのだろうか。いずれにしてもゆっくり読むのは後回しになった。

リラ咲いてさつぽろの街動き出す 今泉 早知(旭川)

 「リラ」はライラックとも呼ばれ札幌の代表的な花として知られている。作者は旭川市にお住まいだが、この日は札幌に出掛けた。そこには冬とは違う活気が満ちていた。「動き出す」の一言でその様子を的確に表現した。

折紙をひらけば孔雀夏きざす 菊池 まゆ(宇都宮)

 最近の折紙の進化はすごい。こんなものまで出来るのかと感心してしまう。〝ひらけば孔雀〟という言葉は読者の想像を一層かきたてる。一枚の紙が作り上げる芸術である。それを俳句にするのも芸術である。

家解かれ花菜ひかりを浴びにけり 金原 敬子(福岡)

 事情は分からないが家が壊された。今迄も花菜はそのそばに咲いていたはずである。しかし家の影がなくなった途端に存在感を発揮した。春の日差しは人間だけではなく、諸々のものに喜びを分け与えてくれる。

惜春や旅の夜に聞く波の音 橋本 晶子(いすみ)

 海辺に居れば波の音は四季を通じて聞こえてくるはずだが、場所や季節によって大きく変わって聞こえる。「旅の夜」となれば尚更である。日常から離れいつもとは違う波音に耳を傾け、しみじみと春を惜しんでいる。

誰彼もスマホを耳に花の下 埋田 あい(磐田)

 電話が持ち歩けるだけで便利になったが〝スマホ〟はその比ではない。便利さ故にどこへ行くにも手放せない。花の下ではゆっくり寛げるはずだが最早それも出来ない。今の世相を端的に表現している。

チューリップ夕日飲み込み閉ぢにけり 大滝 久江(上越)

 子供でも知っている〝チューリップ〟。その習性は日差しに敏感に反応することである。ある日の夕方の一端を見て「夕日飲み込み」と、まるで生き物を見ているように捉えた。

柔道部の掛け声揃ふ朝桜 鈴木けい子(浜松)

 校舎の外まで聞こえてくる元気な掛け声。柔道着姿の若者の真剣な姿が目に浮かぶ。早朝から技を極めようとする熱気が、声を聞いただけで伝わってくる。桜は桜でも「朝桜」により成り立っている一句。

亀鳴くや村の年寄みな元気 貞広 晃平(東広島)

 「亀鳴く」という非現実的な季語に取り合わせた現実的な下十二の措辞がユニーク。日本の老齢化社会が危惧されている現在、「みな元気」と知り安堵する。俳句に理屈は不要という典型的な例。

「四班」と点呼上がりぬ山若葉 才田さよ子(唐津)

 これ程省略されていても、この場面が遠足か課外活動の一場面であろうということは容易に想像できる。目的地に着いたのか、これから出発するのか……。引率者の大きな一言がこの場の様子を活写している。


その他の感銘句

風生の歳時記開く穀雨かな
自転車の籠にグローブ風光る
田植機の後退りして畦あがる
うららかやベッドでもらふ飴四つ
桜蕊降る川沿ひの通学路
カーテンに透くる人影柿若葉
百八の灯籠に苔若葉風
背もたれに大黒柱春の昼
鉛筆のつたなき文字や風光る
つぼ庭の赤き鼻緒にたびら雪
雨だれや晴るる気配の春障子
比売神を祀る湯元や養花天
朝霞日輪赤く地を離る
雨催ひしきりに匂ふ花蜜柑
芋植うる夫婦の会話ちぐはぐに

小林さつき
松山記代美
大石 益江
谷口 泰子
山田 惠子
三島 明美
山本 絹子
渡辺  強
斉藤 妙子
五十嵐好夫
唐澤富美女
周藤早百合
⻆田 和子
相澤よし子
伊能 芳子



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

函館 工藤 智子
新しき杖つく母の彼岸かな
花の香の線香を買ふ彼岸かな
若草へ青空色のスニーカー
街中に風の音させ黄砂降る
ひんやりと桜の陰を歩きたり

広島 原田 妙子
春田鋤く石垣の影伸びてをり
仁王門くぐれば木の芽風の中
七曜を上手に使ひうららけし
陽炎の中より電車来りけり
茶柱の立つて八十八夜かな



白魚火秀句
白岩敏秀

ひんやりと桜の陰を歩きたり 工藤 智子(函館)

桜の開花は春先の暖かさだけでなく、冬のしっかりとした寒さが必要だそうだ。冬の寒さに鍛えられてこそ美しく咲くのだろう。寒さの名残を曳く桜の陰を「ひんやり」と言って、言外に日向の暖かさを伝えている。桜の咲く頃の微妙な季節感を「歩く」という動作で表現した。
 若草へ青空色のスニーカー
早春の野に幼い芽を出した若草とおろしたての青空色のスニーカー。やがて、スニーカーは広い若草野を歩きはじめる。これから成長していく若草と活発に歩く青色のスニーカーに青春の香りがする句。

茶柱の立つて八十八夜かな 原田 妙子(広島)

八十八夜は立春から数えて八十八日目にあたり、今年は五月二日。遅霜もなく無事に迎えた朝のお茶に茶柱が立った。たったそれだけのことだが、それが良いことが起こる前触れのようで楽しくなった。何事も前向きに捉える姿勢が明るい。
 七曜を上手に使ひうららけし
山口誓子に〈麗しき春の七曜またはじまる〉がある。この句は四日市の天カ須賀で療養していた時に詠まれた句。病が快方へ向かっているような気持ちの弾みがある。揚句は健康な身体で一日を存分に使って働いた七曜。気持ちも身体も充実感に溢れている。

一隅に水を貰ひて余り苗 大石 益江(牧之原)

余り苗は補植に使われるが、いわば予備軍。同じ水、同じ田で育った早苗が田植を境に役目が別れた。「水を貰ひて」に稲になる力がありながらその力を発揮できないままで終わる余り苗の嘆きがある。能力がありながら運に左右されることがあるのは人の世にもありそうなこと。

雪形の兎背よりやせ始む 舛岡美恵子(福島)

雪形は春の高山の山肌に見える馬、鳥、人物などの形の残雪。雪形を目安に農作業の準備をして、消失する頃には終わる。雪形に従うのは祖父から父へそして子へと伝えられてきた知恵である。山の雪が春の雪形となりやがて消えて夏となる。季節の動きが雪形の兎の背中からはじまった。

聖五月樹々に青春来たりけり 内田 景子(唐津)

五月は初々しい若葉が生気ある青葉になる季節。春は誕生の芽吹きの時、夏は青葉の青春期、秋は紅葉となる壮年期、冬は葉を落とす老年期。盛り上がって茂る青葉を「青春」と捉えて新鮮。五月の樹々の勢いを活写した。

田水張る一番星の瞬きぬ 中村美奈子(東広島)

田植の準備のために田に水を張った。田に入る水音を聞きながら、空を見上げると一番星が出ていた。張られた田水は一番星を映し、やがて満天の星を映す。あたかも豊作の護符であるかのように…。

囀のトンネルとなる森の径 石田 千穂(札幌)

北国の長い冬が終わって、小鳥たちが弾けるように囀りはじめた。森は恋をアピールする小鳥たちの美しい声で満ちている。まるで囀のトンネルに入ったみたい。小鳥も森も生き生きと春の季節を謳歌している。

鶴嘴もスコップも出て雪を搔く 沢中キヨヱ(函館)

寒さが厳しいと地面近くの雪が凍ってしまう。そうなれば角スコップは役に立たない。鶴嘴で凍った雪を割り、割れ目に剣先スコップを差し入れて雪を地面から剥がす。雪国に住む人の苦労の雪搔き。

甌穴の渦飛び越えて蝶消えぬ 鈴木 利枝(群馬)

甌穴は急流の河床の岩盤面に生じた渦状の穴。作者のお住まいから、この甌穴は群馬の四万川の甌穴だろう。新緑に囲まれて四万ブルーの甌穴の渦、そして甌穴の渦をひらひらと越えて消え去った蝶。春の来た喜びを蝶の軽快な動きで表した。

畦青む声に力の戻りけり 園山真由美(出雲)

暖かくなって来たので久し振りに外に出たところ、畦草は青々としていた。寒い寒いと家に閉じこもっていた身が恥ずかしいほどである。春になって戻って来た体調が先ず声に現れた。春は草萌の季節でもあり、復活の季節でもある。


    その他触れたかった句     

隣る田へ濁り越させて代搔す
種袋花の命の音軽し
春愁の水一息に飲み干せり
葉桜や区切りのやうに髪を切る
花の雨壁に明るき絵を掛けて
しやぼん玉金色となり弾けけり
蜆売噂話も置いてゆく
黄砂降る見慣れし町の異国めく
花弁を肩に婦警の訪ね来る
水口へ水の勢ひ柿若葉
茶摘女の声を間近に母の墓
新緑の中に落とせるダムの水
花冷や厩に高き明り窓
京の土付けて春筍届きけり
山笑ふ里の明るくなりにけり
花型に切るゆで玉子若葉風
園児らの皆触れてゆく雪柳

川本すみ江
大石登美恵
安藤 春芦
石原  緑
山口 悦夫
熊倉 一彦
藤原 益世
髙添すみれ
鈴木けい子
橋本 晶子
山田ヨシコ
町田 志郎
福光  栄
萩原 峯子
山口 和恵
徳永 敏子
藤井 倶子


禁無断転載