最終更新日(Update)'10.10.30

白魚火 平成17年3月号 抜粋

(通巻第663号)
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3月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句   大久保喜風
「馴らし笛」(近詠) 仁尾正文  
曙集鳥雲集(一部掲載)安食彰彦 ほか
白光集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
     
小林布佐子、稲井麦秋 ほか    
白光秀句  白岩敏秀
白魚火集(仁尾正文選)(巻頭句のみ掲載)
          生馬明子、弓場忠義  ほか
白魚火秀句 仁尾正文

季節の一句

(川崎) 大久保喜風


秋の雨案山子の袖の重さかな 滝口初枝
(平成二十二年一月号 白魚火集より)

 此度白魚火誌の「季節の一句」の登載の依頼を受け、戸惑いながら指定の一月号を熟読し、「案山子」を選ぶ。秋になると、相模原の郊外へ散策を楽しんでいる。この地は珍らしく案山子の数が多く、評判の農村地帯になっている。今年の夏は、近年体験しない程の厳しい暑さで、気付いた時は、既に九月に這入り、やっとの思いで、九月八日の夜半から九日の午前中まで恵みの雨で、相模原に向った。今年は「案山子」の数も少く、平凡な厚手の袢纏姿の老農夫、前夜からの雨で、疲れ切って少し左肩が傾いていた。
 作者の「案山子」は女性で絣柄の着物で、同じく完全に水浸しで、袖や袂も水浸しで重そうな格好に見える。何か出来ないかと、優しいまなざしで見まもっている表情が見える。

蔦紅葉絡むにまかせ美術館 友貞クニ子
(平成二十二年一月号 白光集より)

 久し振りに横浜美術館の見学に出かけた。外観は余り変化はなく、展示会場の館内が広くなり、照明、機具等は整備され、広々とした雰囲気であった。館内は、美を求め、探求する自由な若い世代の同伴者で、混み合って、若い雰囲気が漂っていた。
 美術館を出て、ふと目に映ったのは、美術館のビルの大壁を、我が物顔に振るまう蔦紅葉が、素晴らしい秋の自然の大壁画を、造り出しているではないか。作者はこの無限の力強い蔦紅葉の行動力に感動し「絡むにまかせ美術館」と心眼で結ばれ感服した。


曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

  
    長 崎    安食彰彦

車椅子に乗り炎天のタラップに
山腹の宿の勧むる冷麦茶
古簾いまだに吊るす旅の宿
炎天の正面に佇つ孔子像
油照りにせかされ巡る孔子廟
鬼やんま焼けただれたるマリア像
残暑めく街を見下す平和像
長崎はいまだに秋とならざりし


 菊 二 本   青木華都子

朝涼や膝まづき飲む神の水
炎昼の一気に下る昇降機
のめますと峠の茶屋の山清水
郭公や朝のコーヒーブラックで
判読の出来ぬ表札凌霄花
秋日濃し眩し術後の両の目に
萩すすき活けてホテルの大広間
鶴首の一輪ざしに菊二本


 秋 の 暮   白岩敏秀

金魚売去りたるあとの土の濡れ
大旱や酒舐めて血をうすくする
灯台のひかりを外れ月見草
空と海同じ青さに秋立てり
七夕竹立てて夜風の中にをり
ひぐらしの鳴くひぐらしの声の中
ゆるやかな川ゆるやかに鮎落つる
ことことと水が湯となる秋の暮


 きつねのてぶくろ  坂本タカ女

指入れてみたりきつねのてぶくろに
目に見えてひとのしあはせ花茗荷
夕虹や自転車の子の濡鼠
風鈴や文字のだぶつて見えてくる
歩きつつ地図拡げをり秋暑し
宇宙への少年の夢広島忌
ロケットを揚ぐる原つぱあきつ飛ぶ
秋うらら拾はれ猫のねこ被り


  鵜 飼    鈴木三都夫

鵜篝の修羅を映せる真暗闇
逸る鵜を操る縄の縺れなし
哀れ鵜の捕へし鮎を吐かされし
鵜飼果て戻りし闇のなまぐさし
生涯を鵜匠に仕へ海鵜老ゆ
舟止めて流れに任す夜涼かな
鵜匠老い昼の鵜舟の淦を汲む
淼々と昼は素顔の鵜川かな
   新 涼   水鳥川弘宇
兄がゐて甥姪がゐて盆三日
新涼や卒寿の兄に励まされ
新涼や隣の猫と仲良しに
新涼や隣の子供入り浸り
大根を蒔くにも句友任せかな
歩くのが楽しくなりぬ稲は穂に
冷房の郵便局で刻つぶす
連名の敬老会の案内来る

 夏果つる   山根仙花
焚きし火の色奪ひたる暑さかな
石投げて流れを乱す夏の果
歳時記もわれも老いたり夏果つる
みづうみの闇の深さへ星流れ
白鷺の白あたらしき今朝の秋
海見むと夕かなかなの峠越す
八月の海の深さを覗きけり
鰯雲風車大きく止まりけり

 樫原湿原   小浜史都女
片方はゆるめてありし落し文
降り出して雨のかがやく藪からし
湿原のおしだまりゐる炎暑かな
風つれて沼にきてゐる竜田姫
かたまつてゐても淋しき男郎花
秋のこゑみみかきぐさの咲くあたり
木道を歩き露けくなりにけり
てにをはを省きて南蛮ぎせるかな

 風 渡 る   小林梨花
百貫の注連の下なる涼しさよ
少年と競うて金魚掬ひかな
盆過ぎの背山さらさら風渡る
秋蝉の一息つきて又鳴けり
新涼の風は海より石見線
初潮のうねり真下に城址かな
本丸の跡広々とばつた飛ぶ
蜩の鳴くや月日の遠ざかる

 直訴の地   鶴見一石子
草は実となりし大利根直訴の地
露一顆杖一本でけふを生く
神殿を支ふる回廊新松子
稲妻や下毛野の地を袈裟懸けに
湧くといふ言葉そのまま赤とんぼ
総立ちの五色のバトン運動会
霧黒くなりて那須岳狐の鬼相
星とんで明日の生き方星にとふ

 秋 暑   渡邉春枝
古書店のうす暗きまま秋に入る
その奥に深き闇あり踊の輪
一軒のための吊橋蛇穴に
いつよりか猫居着きたる糸瓜棚
残る蝉北門いつも閉ざされて
わが影を踏みて秋暑の交差点
浅学の本積み直す秋暑かな
体操の手の平白き秋旱


鳥雲集
〔上席同人 作品〕   
一部のみ。 順次掲載  

   燈 影   富田郁子
雲州平田老舗商家の釣忍
奥深き岡屋小路や花瓢
旅人に柄杓添へあり岩清水
蠅虎絵の具箱より忽と跳ぶ
朝顔の這ふにまかせし花二十
露の夜の燈影遺影の胸にあり

 迎火焚く   田村萠尖
迎火の藁焚く家例続けをり
雨待ちの雷雲向きを変へにけり
中天に夏の別れの月赤し
ひまはりの育つ気迫に打たれけり
神域を揺らしかなかな揃ひ鳴く
さはやかや湖と競へる山の色

 残 暑   檜林ひろ子
糸脆き明治の帯を虫干す
その中に派手なお下がり着て案山子
羅を柔らかに着て末席に
酔芙蓉閉ぢて無月の夜となりぬ
脳の皺伸び切つてゐる残暑かな
大空に花火の輪地に踊りの輪

 踊 り 子   橋場きよ
食べてまた眠りこけゐる帰省の子
尺八の音のどこからか青田風
炎昼の団地は窓をみな閉ざし
帰省子を待ちて高みへ物納む
幾とせをわが墓洗ひ恙なし
踊り子の出入り忙しや喫茶店
 花 木 槿   武永江邨
底紅や空のきれいな峡の午後
花木槿見ゆる湯舟の広さかな
花木槿ここは神話の発祥地
新涼や將棋は二人で足りるもの
九月来る暦の印は検診日
大股で渡る踏切猫じやらし

 九 月   上村 均
赤シャツの操舵の男雲の峰
一斉に園の灯消ゆる法師蝉
露けしや始発列車が野を過り
コスモスや人を走らす俄雨
山合にかたまる数戸秋祭
客送り見上ぐる月のやや欠けて

 おくのほそ道(敦賀)
           加茂都紀女
神宮に一歩踏み入る大茂り
脇往還明治の隧道滴れる
串刺しの浜焼鯖に齧り付く
翠巒の瀧音を負ふ勅願寺
窓持たぬ海女の分娩小屋溽暑
花葵水戸の烈士の墓どころ

 初ちちろ   桐谷綾子
コンパクト拭く新涼の息かけて
初ちちろ古刹の袖の長廊下
風が風追ふいちめんのすすき原
ことことと新涼の湯をあふれしめ
白寿なる湯あみの母の音も秋
芦の湖の風にのりたる帰燕かな

白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
仁尾正文選

    出雲  生馬明子

日照草わつと咲かせて海真青
朝焼の茜を湖に落しけり
どかどかと来てせかせかと西瓜食ふ
参道を吹き上げて来し爽気かな
通し土間秋の風鈴鳴りやまず


    浜松  弓場忠義

帰省子の一波二波来てわれ難破
夕雲の薄く掃かれて秋に入る
秋簾捲き隣る世の見えにけり
鯊釣の次次かかる寂しさよ
夕映えの鯔とび跳ぬる澪つくし


白魚火秀句
仁尾正文
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参道を吹き上げて来し爽気かな 生馬明子

 この参道は石段なのか、だらだらとした坂道なのかはっきりはせぬが、爽気が吹き上げてくるというので急登か急な石段に違いない。緊った声調からは急な石段すなわち男坂を読者には想像させる。平易な言葉を連ねているが秋の深まりが清々しく詠まれている。
 同時掲載の
日照草わつと咲かせて海真青 明子
の「日照草」は松葉牡丹のこと。赤白紫など原色の花が一度に咲いた写実の「わっと咲かせて」で面白い。巻頭の作品は一句でも瑕疵があるとこの座につけないが一連五句は粒がよく揃っているところを評価した。

帰省子の一波二波きてわれ難破 弓場忠義

 掲句は「われ難破」がユニークでユーモラス。このような句を詠んだ者を知らない傑作である。
 盆の帰省に子の一家が学童や幼児を親に見せようと四人、五人の単位でくる。これらが去ってほっとする間もなく別の一家が来て喧騒である。嬉しくないことはないのだが、幼児と対応していてダウンせんばかりに疲れた。それが「われ難破」。一般には一句の中に同じ字が配意せずに用いられると句はダメになるが、この句は「破」の「押韻」、韻を踏んでいて秀句となった。

まばたきもせず一息にラムネ飲む 藤江喨子

 子供の頃は甘いものは何でもうまかった。シュワッとした清涼感のある甘いラムネの味は忘れられない。
 対して掲句は、ラムネの一気飲みである。喉が渇いていたのである。「まばたきもせず」喉越しを堪能しているのである。

会釈して母子で入る踊の輪 吉田智子

 踊りの輪に入るのに母も娘も輪の前後の人に会釈をして入れて貰った。入れさせた人々も軽く会釈を返した。何でもない点景であるが具体的に描いたので、この隣保の盆踊りの伝統が推察され、人々の連帯まで見えてくるのである。

長老に酌させてゐる宵祭 鈴木利久

 祭りを差配する長老には近寄り難い雰囲気が一時代前にはあった。が、今はかなり変わってきている。神輿を担いだり、餅を搗いたり等々の力仕事は若衆が居なくては叶わない。その若衆が年々減ってゆくのである。祭りを継承してゆくことに長老たちは頭を悩ませているのである。宵祭に長老が若衆に酒を注いで回っている。若衆も恐縮しながら長老の思いを受け止めている。「酌させてゐる」は、俳句的な表現で「酌をしてゐる」では面白くも何ともない。

藍浴衣着付けは今も母まかせ 石川純子

 平素和服を着たことのない者には、浴衣の着付けは母まかせ。頼まれた母も気持よく引き受けているのである。何処にでも見られるほほえましい風景だ。
 なお、「宿浴衣」がよく詠まれている。無季とはいえぬが、宿の浴衣は一年中湯上りに用いられているので季感が全くない。

引き水にくるくる冷ゆる西瓜かな 福島ふさ子

 清水の筧の下で大きな西瓜を冷やしている。昔ながらの景であるが、味も昔ながら、格別にうまいのである。今はスーパーの四つ割りにした西瓜を冷蔵庫で冷やす外ないが、風情も味も、それなりでしかない。

戦艦と沈みし兄に焚く門火 篠原米女

 八月は、原爆忌があり終戦日があり盂蘭盆会があり、戦没者の遺族にとっては悔しい月である。
終戦日即ち父の忌なりけり 佐藤 勲
 情報の伝達が遅れなかったら生還できた父、終戦日に戦死とは諦め切れないのである。
 頭掲句も作者の年齢から見ると二十歳そこそこで戦没した兄であろう。「可惜」「あたらの八月」を改めて噛みしめている人は多い。

ひぐらしの道をまつすぐ農学部 松原 甫

 多くの大学に農学部があるのだが、この句を一読して「北大の農学部」と思い込んでしまった。
 北大の広いキャンパスは楡がまだ青々としているが、早やひぐらしの声が聞こえた。その中を「まつすぐ」に歩いている。人は大抵真直に歩くものだが、改めて「まっすぐに」と言われると意志的なものを感じてしまう。クラーク博士像へ向かって歩いているのに違いない。

    その他触れたかった秀句     
牧師来る煙草の花の咲ける道
新しき力噴き出す新松子
潮の香の漂ふ里や地蔵盆
朝顔の蔓の斥候めけるかな
新米を重湯に炊きて母の膳
不規則な勤務新蕎麦欲しき夜
言ひ訳をまた聞かされし冷し酒
歯のたたぬ煎餅かじる白露かな
大靴の土間に並びて秋暑し
百万遍回す円座に盆の月
出番あり蝿叩持ち走る夫
秋あかね飛び交ふ中に大根蒔く
がいな喜雨きて村中の沸きてをり
山号で僧の呼び合ふ施餓鬼寺
となりまで降りて夕立あがりたる
後藤政春
山口あきを
福田 勇
奥野津矢子
加藤明子
安達みわ子
池田都貴
稗田秋美
上野米美
河森利子
町田由美子
平山陽子
川本すみ江
渋井玉子
掛井唯心


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

       小林布佐子

爽かや群れざる鯉の尾のながれ
散るゆゑの重みとなりし花芙蓉
村祭座長口上決まりけり
稲荷まで桜紅葉を拾ひつつ
北限のお米の里やちちろ鳴く


       稲井麦秋

墓山の草をむしりて老いにけり
虹残しそばへの過ぎし稲の花
年寄の勝手聾や稲の花
濡れ縁に膝を抱けば一葉落つ
地球儀を磨き机上に厄日かな


白光秀句
白岩敏秀

散るゆゑの重みとなりし花芙蓉 小林布佐子

 太陽の光りとともに咲き、太陽の光りを失って散る芙蓉の花が美しく詠まれている。
 毎日咲き続ける花とちがって、芙蓉は一日で花を終わる。この句の「重さ」とは一日花として散ってゆく芙蓉の美しさが凝縮されている重さであったのだろう。
 散るという言葉は、落ちると違って「軽さ」をイメージさせるが、「重み」とした表現に美しさを残したまま散っていく芙蓉に対する愛惜の深さが感じられる。花に心を通わせて出来た作品だと思う。
爽やかや群れざる鯉の尾のながれ
 尾鰭をゆったりと動かしながら、ゆうゆうと泳いでいる鯉。大きさも色合いもはっきりと見えてくる。澄み切った水のゆえに深さを失った池に鯉の姿が立体的だ。
 群を離れて泳ぐ一匹の鯉が王者の風格をもって爽やかに描かれている。

墓山の草をむしりて老いにけり 稲井麦秋

 私はこの句を読んで村上鬼城の「生きかはり死にかはりして打つ田かな」を思い出している。
 作者は祖父や父がしたように時節ごとに墓掃除をして墓を守り、家や家系を守りながら歳を重ねてきたのである。「老いにけり」には自分が為すべきことを全うしたという安らぎがあろう。継承してきたものを確実に次へバトンタッチしてつなげてゆく。家や家系を次の世代が引き継いでゆくことは大切で尊いことだと思う。

送り火を掃きたる跡の温みかな 村上尚子

 盆はご先祖の年一度の里帰り、そして盆が終われば送り火を焚いてご先祖を送り出す。盆は日本の美しい行事である。
 送り火を焚いた跡の何時までもある温み。それは故人の中でも、最も思い出の深い人の温もりであったにちがいない。地に残された温みは何時かは消えるが、心に遺された温みは消えることはない。
 内心の思いを一気に述べて言い止めた「かな」に作者の深い哀感がこもる。

月明に後押しされて口にだす 佐藤升子

 言おうか言うまいか、逡巡していた言葉がほろりと口に出た。「アラ、言ってしまった。言ったのは私。でも、言わしたのはきっとあの月のせい」。こんな内心の呟きが聞こえてきそうな句である。どんな話なのか気になるところだが、月明かりのもとでの話だから明るい話だろう。
 迷っていた言葉も楽しそうな会話も全て月光のなかへ溶け込んでいる。長い物語が始まりそうな九月の月の明るい夜であった。

八月や国防色のズボン干す 須藤靖子

 国防色。ある年齢以上の人には思い出したくない色であろう。俗に言うカーキ色。かっての陸軍の軍服の色である。
 八月六日、九日、十五日。八月は日本人にとって重たい記憶の月である。
 戦争の原因が何であれ、お国のためと信じて尊い命を落としていった若い兵士たち。武器をもたない大勢の女性や子どもが犠牲となった広島や長崎。
 万の言葉を費やしても伝えきれない戦争の悲惨さが、八月の強い日差しに干された国防色のズボンという十七音の短さで示された。今ある平和をしみじみと実感する。

朝日射す田より出穂の始まりぬ 荻原富江

 日本は瑞穂の国。まず太陽ありきである。初々しい早苗の緑から逞しい青田へ成長して花をつける。やがて穂をだし、黄金の波を打つ稲田となっていく。稲作の全ての過程で太陽の恵みを受けている。その恵みを一番初めに与えられるのが朝日の当たる田だ。
 一面に朝日を受けて出稲する力強さが、ぐいぐいと引っ張るような句のリズムにつながっている。そしてそれは収穫への期待にもつながっていく。

片陰の風来る方に顔を向け 峯野啓子

 日常の誰でもすることがさり気なく詠まれている。木下闇では暗すぎ、緑蔭では大きすぎる。外出の折りひょいと拾った片陰が似つかわしい。
 日盛りを避けて片陰に身を寄せた時にふっと吹いた風。思わず風の方へ顔が向く。それが暑さを和らげる程の風でないことを知りつつも…。暑さのなかで一瞬でも涼を求める気持ちが巧みに表現されている句である。

図書館のしづけさにゐる晩夏かな 鎗田さやか

 一つの季節の中のもう少しスパンの短い季感が詠み込まれている。それが晩夏。
 読書に疲れた目で見上げる空には入道雲の姿はもはやない。空の色もどことなく盛夏の輝きを失っている。
 深海に似た図書館の静けさが、衰えていく夏の思いを更に深めているようだ。

    その他の感銘句
座布団の角に房ある厄日かな
木道を逸れて夏野に溺れけり
灯ともしてふと秋の灯とおもひけり
秋初の下駄となる木の井桁積み
晩夏光海へなびかせ磯着干す
帰省して川の流れを見てゐたり
聖堂は祈りの刻や今日の月
庭師来て涼しき家となりにけり
花芒落暉の影となりにけり
夏帽子かぶせ人形出来あがる
賓頭廬を笑ひ出すほど撫でて秋
迎火を離れぬ母の居たりけり
長生きの秘訣問はれし敬老日
味噌汁のおかはり秋の兆しけり
秋立つや湯上りに爪切つてをり
岡あさ乃
小川惠子
坂東紀子
花木研二
渡部昌石
中山雅史
齋藤 都
谷口泰子
本杉郁代
木下緋都女
篠原米女
久保田久代
鮎瀬 汀
後藤よし子
久保美津女
禁無断転載