最終更新日(Update)'14.01.01

白魚火 平成26年1月号 抜粋

 
(通巻第701号)
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 1月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    辻  すみよ 
「金  屏」(近詠) 仁尾正文
曙集鳥雲集(一部掲載)安食彰彦ほか
白光集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
       
荒井 孝子 、安澤 啓子  ほか    
白光秀句  白岩敏秀
鳥雲逍遥  青木華都子
白魚火集(仁尾正文選)(巻頭句のみ掲載)
          髙島 文江、小玉 みづえ ほか
白魚火秀句 仁尾正文


季節の一句

(牧之原) 辻  す み よ    


富士見ゆる我ふるさとの今朝の春  本杉 郁代
(平成二十五年三月号白光集より)

 穏やかな暮しを突然失い、長年住み慣れた場所を止む無く離れた方々の事を思うと心が痛みます。天変地異の多い昨今、ふるさとに暮すことのありがたさを実感した一句です。
 昨年世界文化遺産となった日本一の富士山の雄姿を眺めることが出来る至福。春夏秋冬一日たりとも同じではない自然への畏敬と、穏やかに新年を迎えたことへの感謝。落ち着いた、ゆったりとした口調でありながら高揚感が溢れています。景の大きさは新しい年への期待のみならず、喜び、幸福感、そして作者の心の大きさまで伝わってきます。
 今年の平穏無事を祈り、ふるさとを愛し、ふるさとを称える句をたくさん作りたいものです。

読み初めは恩師の句集『いのちなが』  古川 松枝
(平成二十五年三月号白魚火集より)

 俳句を嗜む者ならではの一句です。「いのちなが」は白魚火同人会長、静岡白魚火名誉会長の鈴木三都夫先生の第二句集で、平成十九年に白魚火叢書第八十八号として上梓されました。師は卒寿を迎えられ益々お元気で俳句三昧の日々を大変感謝され「いのちなが」としたと記しております。私たち会員も御指導頂ける事を大いに感謝し力にしています。
 日々儘ならない事ばかりですが、作者は句会の方々と毎月吟行し、又ご主人の運転での吟行を怠りません。そして読み初めが恩師の句集と言う、俳句に余念の無いことが佳句を産み出す力なのでしょう。白魚火の精神に適っています。感服です。
 白魚火は昨年十二月号で創刊七百号を迎えました。巡り逢った幸せを思いつつ、白魚火の益々の発展を祈ります。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

  京  安食彰彦
鐘ひとつ静かな秋のひと日かな
紅葉小路ひしめく甍花の街
小流に添ひ華やげる雁来紅
とれさうでとれぬ熟柿の透きとほる
木の実落つ古都の小路の犬矢来
「ハイチーズ」背に秋色の嵐山
行く秋の嵯峨野にひとり修行僧
小春日や京の町屋の時計鳴る

 秋  桜  青木華都子
廃屋となりたる庭の秋桜
休耕田一万本のコスモス田
お寺へと続く坂道秋ざくら
秋暑なほ一気に下る二年坂
秋あかね群れゐて空を狹めをり
秋ざくら揺れゐて風を呼び戻す
句帳手に一人吟行菊日和
乗り越して戻るひと駅菊日和

 十 三 夜  白岩敏秀
稲架ひとつ影ひとつ山昏れかかる
跨線橋天辺にゐて秋夕焼
ゆすられて紙になる水いわし雲
草の実や腰を豊かに土偶立つ
山の子の太郎次郎に木の実降る
黒を着て女華やぐ十三夜
木洩れ日の唐招堤寺薄もみぢ
秋深し二重瞼の少女来る

 鯡  釜  坂本タカ女 
遠雷の置いてゆきたる虫の声
落葉取り除く水車の廻りだす
棘の鋭き玫瑰は実に陣屋跡
赤銹の鯡釜より放屁虫
雪虫や踏板渡る猫車
筆硯の女流句会や式部の実
思ひ出さざりし花の名返り花
猫戻りゆく塀の上雪囲

 十 月 桜  鈴木三都夫
錦鯉色を競ふは水澄める
秋の蝶命かそけく挵りけり
華やぐとなくて十月桜かな
咲くとしも散るとしもなき冬桜
枯れざまの諦めきれぬ蓮かな
山の日の棚田へとどく蕎麦の花
組む稲架の一列で足る棚田かな
空稲架の骨組曝す片時雨
 小鳥来る  山根仙花
窓辺とは親しきところ小鳥来る
広縁は午后の憩ひ場小鳥来る
軒に注連一筋町の秋祭
秋祭らしき小さな町通る
小さき雲連れ大き雲ゆく花野かな
水音に添ひつつ歩く草紅葉
菜虫とることひたすらになつてをり
この庭のこの靜かさの返り花

 さざれ石  小浜史都女
埴輪みな穴あいてをり秋のこゑ
紙浮かせ占ふ池や暮早し
甲冑の行儀よき四肢秋深む
小賀玉の実のももいろに神集ふ
野分去り松美しき弓が浜
逝く秋の松をゆるがす日本海
神在月富士のかたちのさざれ石
神々を迎へて注連の太かりし

 京  都  小林梨花
あだしのの奥へ奥へと紅葉尋め
山荘の赤き毛氈木の実降る
漆黒の厨子に描かれし花芒
秋深む廊白書院黒書院
時雨亭しぐれ木の階五六段
八角蓮枯れて地に伏す天竜寺
流し帯揺らして舞へる冬灯
しなやかな舞妓の影を金屏風

 崩  落  鶴見一石子
渓流の日向日陰の照紅葉
粧へる山向きあひて湖を抱く
山間の落葉松斯くも黄葉して
崩落の岩間岩間の虫のこゑ
哲学の小道の床几冷やかに
清秋や百の走り根ゆづりあひ
戦中を駆け抜けてきしちやんちやんこ
あるだけの鉛筆削り一葉忌

 夜の長し  渡邉春枝
もみいづる源流までを辿りけり
ひと雨の後の青空色鳥来
人通るのみの踏切ゐのこづち
台風の眼をのがれたる朱の鳥居
一葉落つ昨日と違ふ風のでて
勾玉は胎児のかたち小鳥来る
気休めの薬を飲みて夜の長し
入場の列動きだす今朝の冬


鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

 野菊咲く  福村ミサ子
脱藩の志士の墓とや野菊咲く
かりがねの声傾けて田に下りる
べからずの柵の内なる毒茸
活殺のありし城山木の実降る
顎鬚の漢が打てる走り蕎麦
地下道にひびく靴音冬近し

 柿たわわ  松田千世子
天髙し葵御紋の甍かな
台風もことなくてこの柿たわわ
送り出す子に声をかけ鵙の朝
捨て作り甘藷なれどもほつこりと
草の穂や背のむずがゆき石佛
茶の花の蕊を顕に盛りかな

 神 の 旅  三島玉絵
刈跡の藁の匂へる通り雨
掛紐のやせたる箒神の旅
号数で呼ばるる古墳草紅葉
里祭代の替りし鯛焼屋
新米で搗く一升の祭餅
草は穂に川の起点の農魂碑

 啄 木 像  今井星女
けふの月啄木像をてらしけり
頬杖の啄木像にある秋思
下駄ばきの啄木像に葉月潮
はまなすに啄木像に海の風
まなかひに津軽海峡昆布干す
童顔の啄木像に法師蝉

 雁 渡 し  織田美智子
彼岸花犇き合うて咲き出せる
竹籠に挿す四五本の彼岸花
電柱に通し番号雁渡し
いわし雲産みたて卵即売所
ふるまひの甘酒に人秋祭
塗り替ふるジャングルジムや小鳥来る

 里  祭  笠原沢江
艶やかな色に戻りし秋茄子
落ち怺へもう限界の熟柿かな
同じ陽を受けて濃淡銀杏黄葉
其處此處に落葉嵩なす寺領かな
年毎に人出淋しき里祭
黄落の一と葉思はぬ方に舞ふ
 
 萍 紅 葉  金田野歩女
秋の夜の古都の昏さを佳しと思ふ
豊年の黄金すれすれ着陸す
植物に疎き神官鵯高音
京小路黄菊の鉢を一列に
朝寒や郵便ポストまで百歩
天水の小波萍紅葉かな 

 探  鳥  上村  均
尉鶲入江は朝の波刻む
鵙鳴くや城趾の狭き駐車場
探鳥を終へて稲刈り見てをりぬ
遠き洲に鳥のひしめく草紅葉
頬白や人声山を登り来る
山寺の夕べの読経霧深し

 和 田 峠  加茂都紀女
晴浅間正面に据ゑ稲木組む
白珠の牧水歌碑に秋あかね
草の花宿場に入る橋ひとつ
底紅や公家似の双体道祖神
山栗を歳の数ほど拾ひけり
穴まどひ後に退けざる和田峠

 新 嘗 祭  桐谷綾子
芋きんとん山梔子の実を入れて炊く
ほくほくの南瓜の従妹煮冬に入る
箕の上に盛る吹き寄せは京のもの
みやじまで盛る赤飯の新嘗祭
新米やみやじまといふ木の道具
湿原を歩く鼻緒に草虱

 秋 の 川  星田一草
御手洗に秋明菊の影揺るる
すすき原渡り坑夫の墓傾ぐ
山間の何でも畑の小豆稲架
石一つ一つが透ける秋の川
無骨なることを愛でけり榠樝の実
地を這つてくる台風の余波の雲

 美 男 葛  奥田  積
釣瓶井を覗く子どもや金木犀
美男葛少女に見せてをりにけり
秋日澄む天保蔵に火伏札
刈田道子ども御輿の鉦打つて
牛舎より牛鳴く声や唐辛子
いわし雲牛梳いてゐる女子高生


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 荒井 孝子

東山まばたき程の秋の虹
落柿舎の空の深さよ添水鳴る
薄紅葉蒔絵づくしのねねの墓所
草庵の秋の簾を少し巻き
化野の真昼はひそと鹿鳴けり


 安澤 啓子

詩仙堂間合確かに添水鳴る
むざうさに野菊を挿せる詩仙の間
紅葉には少し間のある詩仙堂
呼び出しのメモを片手の草相撲
露けしや刻印入りの鬼瓦



白光秀句
白岩敏秀


東山まばたき程の秋の虹  荒井 孝子

 ふっと仰いだ東山の空に虹を見た。目を疑うほどのほんの一瞬の秋の虹であった。それをすかさず「まばたき」程と描写した。ごく短い時間を表すに「まばたき」という身体的表現は具体的で説得力がある。作者の詩嚢の大きさが現れた句である。
薄紅葉蒔絵づくしのねねの墓所
 ねねは豊臣秀吉の正室。北政所と呼ばれ、秀吉が没すると落飾し高台院の院号を許された。京都市東山区に高台寺(臨済宗)を建立し晩年を過ごした。高台寺には御霊屋内部を飾る蒔絵や秀吉夫婦の遺愛の蒔絵調度品など蒔絵づくしである。これらは高台寺蒔絵と呼ばれている。
 作者は蒔絵をはじめ茶室の傘亭・時雨亭や庭園など秋の高台寺をゆっくり観賞されたのであろう。

詩仙堂間合確かに添水鳴る  安澤 啓子

 詩仙堂は京都市左京区一乗寺にある。堂内の壁に狩野探幽筆の中国の詩仙三十六人と和歌の三十六歌仙の像が描かれているところからこの名がある。
 京都市街地を見下ろすような場所にある詩仙堂。京都大会での吟行地であったのだろう。庭を巡る足音に従うように添水が鳴る。確かな間合いで秋天に音を響かせているのである。
 音の間合いを確かめるために、息をひそめて次の添水の音を待つ。添水の音にも俳人魂が揺すぶられている。

身を反らす車夫のブレーキ山紅葉  飯塚比呂子

 改めて人力車の構造を思い浮かべる句である。動力を一切排して人の力だけで動きそして止まる車。反り身が即ちブレーキである。
 この句、山もみぢとあるから、山裾あたりで出合った光景の眼前即詠であろう。「足もて」作った一句である。この句を私は京都大会で特選一位に推した。

海鳴りに母の声聴く冬支度  渡部 幸子

 母は、海鳴りが始まるといつも冬支度をしていた。そして、今、海鳴りに母の声を聴きながら冬支度を始めている作者。母から言われたこともなく、直接教わったわけでもないが、母を見ていて何時しか覚えてきた数々の知恵がある。冬支度もその一つ。
 この句には母を偲び、家族を思う気持ちが重層的に表現されている。

風呂桶の木蓋を洗ふ文化の日  松原  甫

 文化の日は十一月三日の国民の祝日。自由と平和を愛し、文化をすすめる日であり、文化勲章の授与の日でもある。
 文化勲章も高邁な理想にも縁遠くいながら、祝日の恩恵は受けている暮し。
 今日は天気も良いし、日の丸の旗でも掲げて、久しぶりに風呂の蓋でも洗おうか…。
 揚雲雀なのりいで/蝸牛枝に這ひ/神、空にしろしめす/すべて世は事も無し(「春の朝」 ブラウニング 上田敏訳)

足摺の海に日の落つ秋遍路  野田 弘子

 足摺岬には三十八番蹉跎山・金剛福寺がある。次の三十九番延光寺までが土佐十六ケ寺で修行の道場といわれている。
 足摺岬は太平洋に突出する形の岬で東の室戸岬とともに土佐湾を抱いている。ここの灯台は国内最大級の一つで、付近には亜熱帯植物が繁茂する。
 足下に絶壁を打つ波音を聞きながら、渺々たる太平洋に沈む真っ赤な夕陽を拝する。胸の震えるような感動だったにちがいない。俳人というものは日常や遍路の旅にあっても、決して十七音を忘れはしない。

松茸の七輪焼きの香かな  谷田部シツイ

 ガスコンロでまちまちと焼く香りではない。庭にどんと据えた七輪から四方へ流れる松茸の香りである。
 親しい人達との茸狩りの成果であろうか。継ぎ足される炭火、鉄灸の上で香りを発散させている松茸。豪華な松茸パーティーは今盛り上がっている。松茸の香りが皆をつなぎ、楽しい会話が弾む。
 かっての日本の秋にはしばしば見られた光景であった。

秋茜衝動買ひのりんご飴  大坂 勝美

 衝動買いに拍手を送りたくなる句である。衝動買いは、たいてい後で後悔するもの。こんな楽しい句ができるのなら、何度でも衝動買いをしたくなる。手にした可愛いりんご飴に秋茜が止まりそう…。



    その他の感銘句
青藍の海を知りたる秋刀魚の目
ひよんの実のからから乾きたる音色
小鳥来る茶飲み話の縁側に
石庭に砂の渦巻く初紅葉
夕しぐれ古書店影を積み上ぐる
遺跡野に豇豆弾けてゐたりけり
環壕の集落蕎麦の花ざかり
秋晴や消し忘れたる雲一つ
蘆火焚き夕闇払ふ男かな
赤のまま弥生住居の竈跡
行く秋や妻籠に残るはねつるべ
義太夫の声裏返る村芝居
筒抜けの子の耳打ちや秋うらら
かくれんぼする子ら去りて秋の暮
山門に屋根職人や天高し

鈴木けい子
大塚 澄江
生馬 明子
富田 育子
西村ゆうき
小松みち女
鳥越 千波
根本 敦子
寺本 喜德
北原みどり
石田 博人
金原 惠子
溝西 澄恵
田口 啓子
高橋 見城


鳥雲逍遥(12月号より)
青木華都子

境内は昔の遊び場木の実落つ
敬老日口紅だけの身だしなみ
噴煙のますぐに那須の初紅葉
岸遠く初鴨らしき屯して
瀬の音に急かされながら草紅葉
責め焚きの炎噴き出す雁渡し
渋滞の真只中の赤とんぼ
引出しの上下差し替へ冬衣
遠山に雲のたなびく木守柿
仲秋の山より竹を担ぎ出す
願ひ事一つ口にし萩の寺
竿先のとんばういつも思案顔
白桔梗括られて立つ海女の家
八雲忌や旧居隅々まで掃かれ
百舌猛る他を寄せつけぬ力もて
惜しげなく刈られて了ふ男郎花
病室の釣瓶落しの硝子窓
山内のはや炎えつきし曼珠沙華
木の実落つみんな帰つてしまひけり
通院の夫送り出す残暑かな

武永 江邨
関口都亦絵
野口 一秋
福村ミサ子
松田千世子
三島 玉絵
織田美智子
笠原 沢江
上村  均
加茂都紀女
野沢 建代
星田 一草
奥田  積
梶川 裕子
金井 秀穂
坂下 昇子
二宮てつ郎
奥木 温子
横田じゅんこ
池田都瑠女



白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
仁尾正文選

 鹿 沼  髙島 文江

大文字山から秋の時雨かな
濃く淡く映す秋日の京格子
銀閣の奥につつじの返り花
水澄むや水面に映ゆる金閣寺
照紅葉抹茶いただく緋毛氈

 
 松 江  小玉 みづえ

大道芸遠巻きにして赤とんぼ
敗荷を横目に修学旅行生
落柿舎の二畳の板間そぞろ寒
二条城の門前の辺の夜寒かな
青酸橘絞り平凡いとほしむ



白魚火秀句
仁尾正文


 白魚火創刊七〇一号を平成二十六年新年号としてお届けする。記念号では「招待席」に俳壇の高名な諸先生が作品をお寄せ下さり、誌の「花」になったことに深く感謝申し上げる。七百号以降の白魚火の方向については、記念号の冒頭に私が述べた。会員の方々も評論・随筆や「みづうみ賞」に多数応募して呉れてありがたかった。

大文字山から秋の時雨かな  髙島 文江

 十月二十七、八日京都で開催された白魚火全国大会において主宰選特選一位の作品である。俳句大会で発表されたものは誌上に再投句しないという結社もあるが、白魚火は違う。富安風生先生は、全国大会発表句も平常の吟行句会と同じで未発表句、「若葉」へ再投句を推奨された。一都先生も風生先生と同じ考えであったので白魚火は再投句は当り前だとして推移してきた。全国大会の選評は、時に短評になることがあり、出席者も全会員の二十パーセント程であるからこの欄の批評鑑賞は全会員に行き渡る。
 作者は、京都に来たからには歳時記通りの「しぐれ」を見たいと思っていたが叶ったので「秋時雨かな」と、かな止めにして「しぐれ」に全体重を載せた。作者は、この「しぐれ」には最高の場所が欲しかった。「東山」は山の焦点が定まらず、「大江山」や「叡山」は血の匂いがして気に入らず、ふっと浮かんだのが「大文字山」、作者はこれに決めた。全国大会皆勤の作者は恩寵を得たのであろうか。「大文字山」は京の「しぐれ」を見るに最高の所、「大文字山」の地名を得てこの「しぐれ」は最優秀句となった。
 
青酸橘絞り平凡いとほしむ  小玉みづえ

 ピンポン玉程の大きさのある芳潤な香りのすだちは徳島県一県にのみ産する。その徳島でも気象条件がぴったりと合った所が良質のすだち産地。箇所はそんなに多くない。
 刺身に焼魚に香りのよいすだちを毎日のように絞り、平々凡々の暮しもよいものだと作者は日々を満足している。だが、作者は一つ大事な事を忘れている。毎日が変らなく暮せている「健康」を、である。「お変りありませんか」という手紙の書き出しに、此の頃は相手の健康、自らの健康を思うことが強くなってきた。

散紅葉誰のためともなく拾ふ  鈴木瑣都子

 櫨、漆、桜、柿紅葉と銀杏黄葉が代表的な「もみぢ」である。これらが完全にもみじしたものは芸術品である。ある寺では銀杏の黄葉に声を上げ、且つ散る紅葉に感嘆の声を上げて拾った。拾ってみてこの美しいもみじを誰にやろうかと見渡したが同僚は皆同じように何枚かを手にしている。捨てることは出来ぬので句帳に栞った。元々無欲な句であるが誰に呉れてやるかを考えないで散紅葉を拾ったので貰い手もなかった、という無欲な一句である。

秋深し礼拝堂の長き椅子  星  揚子

 骨格のしっかりした一物仕立ての秀句。礼拝堂の長椅子は信者の熱い信仰の象徴、一句全体も清廉に満ちている。秀句の中には鑑賞を拒否するものもある。

いちじくの日毎笑みしを捥ぎにけり  原  育子

 投句稿の中には「笑顔」が目につく。大抵は「笑」が不要、ブレーキになっている。登場人物が、笑顔なのか怒っているのかは「笑」を使わないで表現すべき。だが、掲句のいちじくの「日毎の笑み」の「笑」は省略出来ない。「笑」が写生になっているからだ。

木犀の香る西陣機の音  川上 征夫

 作者は白魚火入会直後旭川全国大会に初参加以来十年余り皆勤している。毎年懇親会時当日主宰選の特選一位の作者を傍に立たせて特選句をみごとな吟詠で披露している。作者の名を知らぬ者はない程の名物男である。今回彼等が西陣の織屋を吟行すると聞いたので芸術作品である西陣織は詠み得ないから西陣における作者自身を詠め、とアドバイスした。大会の披講で主宰特選二位に作者の名が出て本人は驚いたことであろう。選者も少し驚いたが。句は木犀の香を褒めることで西陣に敬意を表していて秀句であった。

敬老日七十五歳は年少組  山本 良嗣

 初めて敬老会へ出たところ長老達がでんとしていて七十五歳は洟垂れ小僧であった。


    その他触れたかった秀句     
時雨忌や閑かに点つる自服の茶
出来立ての新米暫し飾り積み
虫除けや倉庫に吊るす唐辛子
水畳むごとく新米とぎにけり
稲刈機行つたり来たり繰り返す
神来ると居住ひ正す山河かな
大いなる日の出となりし草雲雀
倒れ込む子に喚声や宮相撲
波打てる銀沙灘より秋の声
揺さぶつて山車発たせたり里祭
こだはりの塩ひとつまみ零余子飯
一房のぶだう手に受く信濃かな
暮れいそぐ川面に風や崩れ簗
秋刀魚焼くさんま嫌ひの夫が焼く
ライダーのひと休みせし秋の原
鷹羽 克子
永瀨あき江
豊田 孝介
浅見 善平
富士 美鈴
高橋 陽子
清水 春代
西田  稔
江連 江女
滝口 初枝
前田 和子
松原トシヱ
西山 弓子
池田 都貴
岡本 正子

禁無断転載