最終更新日(Update)'15.04.01

白魚火 平成27年4月号 抜粋

 
(通巻第716号)
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 4月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    森 淳子 
「歳  月」(作品) 白岩敏秀
曙集鳥雲集(一部掲載)坂本タカ女 ほか
白光集(村上尚子選)(巻頭句のみ掲載)
       
西村ゆうき 、花木 研二  ほか    
白光秀句  村上 尚子
白魚火集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
         伊藤 寿章、牧野 邦子 ほか
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(函 館) 森  淳子    


馬鈴薯は男爵と決め植ゑにけり  福田  勇
(平成二十六年六月号 鳥雲集より)

 馬鈴薯といえば北海道と云われている。
 函館市の近隣に男爵いもの生みの親である川田龍吉男爵資料館がある。
 トラピスト修道院の近くに一四〇〇町歩の土地を有し、日本近代農業を実践し、じゃがいもを植え育て始めた。
 川田男爵が作ったので「男爵いも」と名づけられた。白と薄紫色の花の美しいこと大地の恵みに感謝です。
 さて白魚火通巻七〇〇号記念全国大会が浜松市で開催されることとなり、函館より八名が参加した。さっそく予約していた車に乘り吟行開始、三方原の畑で赤い馬鈴薯を見て一同びっくり、美味しいのかしら云云。
 長身の作者が身を屈め種薯を植え、土を掛け、汗を流して収穫した男爵いもはさぞかし美味しかったことでしょう。

別れ霜夜も気遣ふ新茶の芽  川上 征夫
(平成二十六年六月号 白魚火集より)

 作者の住む静岡県はお茶の産地として名高い。白魚火の会員の中にもお茶に係る方も大勢おられるのではないでしょうか。
 作中の「夜も気遣ふ」に胸を打たれました。
 何しろ作物は天候に左右されるものですから気の休まることはないのです。
 新白魚火歳時記より
  今日は二分明日は三分か新茶の芽  良知あき子  
赤い襷に菅の笠と呑気に唄つているようにはゆかないものです。

セーラーの胸匂やかに卒業す  田原 桂子
(平成二十六年六月号 白光集より)

 作者は高校教師として毎年卒業生を送り出しているが一年ごとに背丈も伸び大人らしくなるのも当然で普段は感じなかったが今日は特別、進学就職と道は違っても、十八歳のセーラーの胸の匂やかさは共通している。卒業生を無事送り出す教師の責任と感傷の入り交じった佳句となりました。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 魔法の鞄  坂本タカ女
初旅や魔法の鞄といふがあり
動物園に寄り道をする三日かな
石の重さに駝鳥の卵園四温
犬歯欠けをる狛犬や虎落笛
立ちあがる剥製の熊ペチカ燃ゆ
鳴き交す鴉や屋根の雪落つる
浮世絵摺師色どり多彩松過ぎて
暁斎百図目指す摺師や雪しまく

 百 合 鴎  鈴木三都夫
誰彼とどんどの餅を分ちあふ
一山に冬日あまねき伽藍かな
裸木の空へ張り出す枝微塵
寒蘚に目鼻つぶれし羅漢さま
落したる影に牡丹の冬芽かな
百合鴎乱舞の翼触るるなし
一羽翔ち百羽つれ翔つ百合鴎
引く波を追うて飛び立つ千鳥かな

 七 日 粥  山根仙花
落葉踏む一人の音を連れ歩く
寒禽の声にふくらむ雑木山
遠山に暮れの始まる懸大根
空瓶に透き横たはる大枯野
一握の葱摘み帰る夕茜
茎石の傾き勝ちに山ねむる
老いてなほ生かされ生きて屠蘇祝ふ
日々早し早しと七日粥すする

  春  安食彰彦 
目刺買ふ大吟醸を賜りて
校正を了ヘて余寒の膝がしら
春立てり一畑電車の絵の小皿
朝刊のドアの下より春の朝
塾に行く子の帰り待つ春の夕
春浅し背広の胸の赤きペン
口笛を吹き早春の下校の子
学生に大盛のあり山笑ふ

 雪  虫  青木華都子
明日もまた雪とふ予報輪王寺
雪道を駿馬引かれて戻りたる
雪虫が雪降るやうに舞うてをり
朝の日に雪虫とけてしまひさう
手際良く使ふ包丁水温む
旋回をしていづこへか春の鳶
漬け頃の親指ほどの青梅捥ぐ
きらきらと眩し日本海の春

 水  鳥  村上尚子
初鶏の長鳴き闇をゆるめけり
さるぼぼの跳ね正月の幟旗
弓始しばらく風を読みてをり
早梅や町内にまだ知らぬ道
寒厨布巾四角に乾きけり
水鳥の棲み分けてゐる入江かな
富士山の影を水面に浮寝鳥
鴨のこゑ岸より夕べ来てゐたり

 神  鈴  小浜史都女
奥の院までの神々日脚伸ぶ
待春の神鈴横に縦に振る
スキー焼して戻りたる二男坊
春隣雨は斜めに真つ直ぐに
青首大根日に日に背伸びしてをりぬ
なやらひの空に大きな月ありぬ
豆撒きの終つてをりしひとり撒く
立春の外で大きな魚捌く
 十 六 島  小林梨花
雪摺りの音より他に音はなく
雪暗れに灯して刻む青葉かな
雪の日の静けさの中人を待つ
初凪や水平線の一文字
寒紅梅咲き次ぐ空の真青なる
海見ゆる高さの社豆を撒く
浅春の海面羽搏き鵜の翔てり
十六島海苔を茶受に美容院

 杉 並 木  鶴見一石子
白涛の砕け切り岸野水仙
熱燗や女将差し出すつまみ塩
地球儀を廻して初日待つてをり
淑気満つ芭蕉歩きし杉並木
初明り歩いてみたき九十九里
寝つかれぬ秒針の音冴返る
口ついて死の話でる朧かな
火の彩となりたる気魄牡丹の芽

 浮 寝 鳥  渡邉春枝
びつしりと桜冬芽の空を指す
災害の爪あと抱き山眠る
熱気球あぐる冬田を起点とし
浮寝鳥沖ゆく船の波に乘り
画鋲のみ残る寒九の掲示板
寒月光留めたゆたふ船溜り
置床の艶光りして実南天
笹鳴や林を抜けて森に入る

 寒明くる   渥美絹代
朝月のまだ明るくてなづな粥
三坪の丸太作りの夜警小屋
にはたづみ跨ぎ寒紅梅仰ぐ
二人掛ベンチに四人春まぢか
咲く前の梅の香夫の誕生日
ふたたびの寒波痩せたる木の滑車
トラックの荷台に小舟寒明くる
園丁の梅伐る鋸を研いでをり

 白 鳥 湖  今井星女
田も畑も雪野となりて白鳥来
太陽は燃え白鳥湖凍らざる
白鳥湖見下してゐる駒ケ岳
白鳥に逢ふ父母に逢ふごとく
濁声で一斉に啼くスワンかな
白鳥の頑丈さうな黒き脚
白鳥が羽根をひろげて見せにけり
白鳥に逢ひたる夜の日記書く

 冬  柏  金田野歩女
白鳥湖蹼見ゆるほど清みぬ
湖底より浮きざま翔びぬ巫女秋沙
向ふ三軒遍く雪の堆し
繕ふや鵠の声と思ふ夜更け
吹き溜る雪の太刀めく尖りかな
初写真目線揃はぬ大家族
猛吹雪籠り堂めく三日間
単線へ傾れてをりぬ冬柏

 牡 丹 雪  寺澤朝子
寒厳し触るれば弾けさうな空
枯木星そつと口笛吹いてみる
空耳に五郎助ほうと啼く夜かな
座右の書に「祈り」の一書寒椿
寒紅梅十三七つのころ恋へば
薬草茶注いで寒夜を籠るなり
日脚伸ぶ露店にえらぶ詩文集
牡丹雪うつすら紅梅隠すほど


鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

 待  春  源  伸枝
降る雨の雪となりたる葬かな
夫に炊く粥ことことと日脚伸ぶ
待春の日差し手許に鍬使ふ
小流れの藻のゆらめきや寒明くる
春立つや白きエプロン身にまとひ
早春の風や仔犬は目を細め

 巣  箱  横田じゅんこ
紅梅のこずゑの届く茶室かな
如月の水を硯にあふれさす
種袋開けて未来を近くする
芹なづな独りの厨ともしけり
囀りや口にころがすミルク飴
巣箱にも出来そこなひのありにけり

 氷 点 下  浅野数方
人日の眉細く引くうすく引く
暮しぶり太々と書き初便
風に身を切られどんどに手をかざす
神木の袖より春のきざしをり
おとがひの滅法冷ゆる厄落
群青の空に音無き氷点下

 初 風 呂  池田都瑠女
日の筋に鉢もの並べ年の暮
座り胼胝ペン胼胝撫でて初風呂に
訪へばなほ矍鑠として木の葉髪
人日の街に眼鏡を買ひに行く
裏隠岐の日暮は早し寒の雁
終の家に蕾の固き沈丁花

 霜 の 花  大石ひろ女
駅長の長き敬礼霜の花
観音の眉のごとくに寒の月
木の家の木のこゑ春の遠からじ
神水の一杓春の立ちにけり
落人の里の夕ぐれ花なづな
春寒し流刑の島の渡し船

 雪 月 夜  奥木温子
反りながら丸まりながら散る朴葉
笹鳴の止んで暮色の行き渡る
白樺の下に猿鳴く雪月夜
花弁の先が寒さう冬薔薇
臘梅の色を奪つて雪雫
蹲踞の水に生気や春隣
 
 風 信 子  柴山要作
寒晴の一山啄木鳥の音高し
園児らに人気の鬼や節分会
まだ風に尖りありけり節分草
節分草山田に未だ人のなく
玻璃窓や髭根かがやく風信子
友に長き手紙書き終ふ風信子 

 母 の 忌  西村松子
去年今年愚直に生きて皺ふやす
海鳴りのおだやかな日を海苔簀干す
潤目干し蜑のつましく生きてをり
母の忌の近づく夜の雪匂ふ
犬ふぐり畦に咲かする日射しかな
寒雁の飛び翔つ田の面剝ぐやうに

 光 り 物  森山暢子
一本の遠き冬木をよりどころ
夜咄や男の前歯欠けてゐし
本籍は今も殿町冬かもめ
棟札は屋根裏にあり雪しんしん
狐火や女は光り物が好き
寒雀群れとはならず兵舎跡

 犬ふぐり  篠原庄治
どんど火や何時も誰かが突つ突きて
風邪気味の舌に遊ばす白湯甘し
閉校の近き学舎冬灯
崖氷柱何処かで水の滑る音
窪の日に花のさきがけ犬ふぐり
年の豆撒くも拾ふも二人きり

 炬燵守る  竹元抽彩
松過ぎや客の賑はふラーメン屋
雄弁と思ふマスクの息遣ひ
寒鴉腹を空かせて鳴いてをり
目交に妻ゐて一日炬燵守る
雪礫投げて十個を返されし
寒燈に湯気立ち込むる湯宿かな

 悴  む  福田  勇
時雨忌や生くる証の句集編む
玄関の花褒め交す年賀かな
初春や小堀遠州流の庭
悴む手握り返して送りけり
寒桜咲き初め久能東照宮
探梅や里に朽ちたる丸太橋


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 西村 ゆうき

石の色して寒鮒の鰭を振る
白鳥や音閉ぢこむる夜の湖
匂ふまで薬草煮出す霜夜かな
早梅の日につつまるる一樹かな
節分の鬼張りきつてしまひけり


 花木 研二

蝦夷富士の全容見する寒日和
吊橋は横一文字雪の峡
牡丹雪地に着く迄は相触れず
白鳥の飛翔全身頸にして
空つ風吹く上州を故山とし



白光秀句
村上尚子


巻頭
石の色して寒鮒の鰭を振る  西村ゆうき

 俳句では鮒を春は「乗込鮒」、夏は「源五郎鮒」、秋は「紅葉鮒」、冬は「寒鮒」などと呼び方を変えて使う。
 掲句は一般的に魚が美味となる「寒鮒」である。この時期は冬眠に入るが、日中の暖かい間は周辺を泳ぎまわる。作者はその時の鮒を「石の色」として見てとったところがこの句の要である。そして「鰭を振る」というところ迄見届けたことにより一句に息吹が通った。地味な情景だが、内容も表現も平明でありながら独創的である。
白鳥や音閉ぢこむる夜の湖
 中七のフレーズにより、湖の気配が余情をもって伝わってくる。全ての表記も正確であり、俳句と向き合う真摯な姿が窺える。

 副巻頭
白鳥の飛翔全身頸にして  花木 研二

 同じ情景を前にしても、見方は千差万別である。それをいかに自分の目で見、自分の言葉で表現するかによって違いがわかれる。
 白鳥の頸が長いのは誰も知っていることだが、「全身頸にして」の誇張が一句を生き生きとさせている。写真でいう〝クローズアップ〟である。中ほどの小さな切れと、末尾の「して」の接続助詞の使い方も、リズム感、躍動感に繋がっている。
牡丹雪地に着く迄は相触れず
 この作品も、「牡丹雪」の神秘的な美しさが作者の独自の目で捉えられている。

年始客ろれつあやしくなつてきし  福田はつえ

 最近は少なくなったが、年酒という季語があるように「年始客」にお酒を振舞うのは日本の風習である。新年という特別な気分が快くお酒を受け入れているのであろう。〝待った〟を掛ける役はつらい。

冬の水飲むももいろの猫の舌  保木本さなえ

 「ももいろの猫の舌」の発見もさることながら「冬の水」の取合せが良い。「寒の水」、「冬の水」でもない。一句を声にしてみるとその微妙な違いがよく分かる。

煤逃につき行く犬の尾を振りて  舛岡美恵子

 「煤逃」だけでも俳味たっぷりだが、そこへ「犬」が尻尾を振りながら着いて行くとは……。どこ迄も忠実な犬の姿がいじらしくも見える。誰も憎めない。

春の猫甘え上手となりにけり  鈴木  誠

 「春の猫」はイコール「恋の猫」。この時期の猫の行動をいう。恋に破れて慰められているのかも知れないが、作者に恋をしているようでもある。そんな猫がいとおしくてたまらない作者である。

父の忌や背伸びして剪る寒椿  高橋 茂子

 「寒椿」が咲く頃亡くなられた父上。今日はその忌日である。咲き具合も枝振りもとびきり良いものを剪ろうとしている。「背伸びして剪る」の表現は作者の思いの全てである。

しもつかれ母には劣る一の午  若林 光一

 「しもつかれ」は「酢憤」とも言い、栃木県地方の郷土料理だということを広辞苑で知った。おろし大根に炒り豆を加え酢醤油をかける。又それに塩鮭の頭、人参、酒粕などを加えて煮たものとある。作者も作ってみたがその味は母上には及ばなかった。いつ迄たっても忘れられない母上の味である。

雪帽子被つて列車滑り込む  平野 健子

 列車が屋根に雪を乗せてきた様子を「雪帽子被つて」と表現したところと、「到着す」ではなく「滑り込む」と表現したところがユニークである。擬人化により、大きな鉄の固まりに小さな命が宿った。

七日粥天山に雲たなびけり  篠原 凉子

 目の前にある「七日粥」から外の「天山」へ目を向けた。寒中ではあるが「雲たなびけり」と感じ取ったことにより、春への明るい心の動きをつかむことができる。

年の豆歳の数食ふ大仕事  後藤 泉彦

 作者は八十二歳である。若者ならともかくも、やはりあの固い「年の豆」を八十二個食べるのは「大仕事」。でもまだまだ先がある。頑張っていただきたい。

生れくる赤子の布団干しにけり  大石 初代

 まだ見ぬ赤ちゃんのことを思いながら「布団」を干した。作者の弾む心はおのずと動作と顔の表情にもあらわれる。命の誕生はこの上ない喜びであり、周囲のみんなを幸せな気持にしてくれる。


    その他の感銘句
教へ子の成人の日の髪飾り
川鴉寒九の雨を呼びにけり
支へ合ひ凭れ合ひ蘆枯れ尽す
寒明の厨に匂ふカレーかな
読初の三行目よりまどろみぬ
初凪や湖に影おく浮御堂
グローブを入るる鞄や春隣
一部屋に二つの時計日脚伸ぶ
闘病の母の短髪冬薔薇
繭玉の下で診療待ちてをり
住職が打ちて振舞ふ晦日蕎麦
一つ見て二つ見てみな遠き鳰
冬の星座子に見え我に見えざりき
寒鯉に大将もゐて神の池
探梅や母校の跡地見て帰る
福本 國愛
三谷 誠司
横田 茂世
大澄 滋世
石川 寿樹
野澤 房子
森  志保
早川 俊久
根本 敦子
山羽 法子
中村 義一
梶山 憲子
小松みち女
吉原絵美子
油井やすゑ


白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 浜 松  伊藤 寿章

絵馬あまた願ひも数多初詣
寒鴉空ひと揺すりして去りぬ
冬日さす席から埋まる一輌車
朝刊に折り込まれたる寒さかな
よき風の渡りて野焼日和かな

 
 出 雲  牧野 邦子

白鳥の声落しつつ低く飛ぶ
山茶花の囲むひとりの住まひかな
掃きしあとの一葉を拾ふ年用意
麦の芽の出揃ふ空の広さかな
ものの芽のみな雨粒を宿しをり



白魚火秀句
白岩敏秀


 朝刊に折り込まれたる寒さかな  伊藤 寿章

 寒い時分は仲々起きにくいものである。それでも、その時が来れば起きねばならぬ。身支度を整えて、届いたばかりの朝刊を開く。
 折り畳まれた新聞を開くとさっと寒気が頬をなでる。その一瞬を「折り込まれたる」寒さと捉えた感覚はみごと。或いは、折り込まれている世相の暗い記事に、心理的な寒さを重ねることもできるだろう。
 寒鴉空ひと揺すりして去りぬ
 鴉は年中見かけるが、餌の少なくなる冬は人家近くまでやって来る。寒鴉は電柱に止まって、人間世界を睥睨するように眺めていたのだろう。やがて、羽根を大きく開くと、空をひと揺すりして飛び立った。
 寒鴉といえば、冬ざれの淋しさの中で詠まれることが多いが、この句は空を「ひと揺すり」と意表を衝いた表現で、寒鴉のリアリティを示した。

麦の芽の出揃ふ空の広さかな  牧野 邦子

 麦は前年の十一月か十二月ころに種を播き、一月頃に芽吹く。麦の芽が出揃うとやがて麦踏みが始まるが、この句はその一歩手前の景。
 句は「出揃ふ」で切れているが、ぐんぐん伸びる麦の芽を広い空が柔らかく受け止めている、と感じさせる調べがある。地上の麦の芽と頭上の広い空。天と地が呼応して春を招いているようだ。

農業を語る青年おでん食ふ  中西 晃子

 近頃はTPP(環太平洋経済連携協定)や農協改革など農業を取り巻く環境が何かと取り沙汰されている。そんな中でおでんを食べながら、農業について熱く語る青年がいる。おそらく、作者も熱心に耳を傾けていたのだろう。青年の語る農業への夢や抱負。農業の明るい将来が見えてきた。

何となく買ひ過ぎてゐる年用意  錦織美代子

 必要なものは全部買ったし、足らぬものはない筈。買ったものを取り出してみてもみな必要なものばかり。しかし、何となく買い過ぎている感じ。年用意ともなれば足りないものがないように、ついつい用心し過ぎて如上の結果となる。買い物上手の主婦の溜息が聞こえて来そうな句である。

天山の初冠雪となりにけり  鍵山 皐月

 天山(一、○四六メートル)は佐賀県中部にある花崗岩からなる山で、肥前富士と呼ばれる霊峰である。この山を中心とした四九、三○平方キロが天山県立自然公園として指定されている。
 霊峰天山に初雪が降り、そのまま初冠雪となった。いつも天山を中心に暮らしてる人達にとって、初冠雪の天山は神々しく映ったにちがいない。故郷の山へ深い畏敬のこもった句である。

初神籤あまたのなかに結びけり  高山 京子

 高野素十に〈ひざまづき蓬の中に摘みにけり〉という省略の効いた句がある。この句も初詣で引いた神籤を、枝に結んだということだけなのだが、引き絞ったような省略がある。結ぶ枝を色々と探したのだろうが、そのことを全部省略して皆と同じ枝に結んだ。中七の「あまたのなかに」で作者の枝探しも神社の賑わいも伝わってくる。

鉛筆を静かに置きて試験終ふ  高橋 裕子

 試験監督官の「よし、これまで」の声に静かに鉛筆を置く。試験中の緊張した静寂がほぐれて、教室に一瞬のざわめきが起こる。結果はともかく、この日のために努力した一年であった。鉛筆を終い、消しゴムの滓を集め、机をきれいにする。そして、静かに教室を去る。受験生には厳しい春である。

神主がひよいと出て来し初詣  橋本喜久子

 神主の登場の仕方におかしみがある。初詣といえども、ご祈祷のとき以外は滅多に顔を見せない神主である。それが何の都合か、戸口からひょいと出て来たのである。出会い頭で作者も驚いただろうが、神主も驚いたに違いない。初詣という厳粛な舞台装置が「ひよい」の効果を大きくしている。


    その他触れたかった秀句     
紅をさす鏡の中を東風吹けり
水際より遠くの波にある冬日
手鏡のキラリと光り梅ひらく
子午線の上に落ちけり寒椿
畦道の山道となり梅香る
ペンキ屋の刷毛の滑りも四温かな
猟に出る勢子に開けたる蝮酒
四代で閉づる春田を打ちにけり
盆梅の白を極めし香りかな
強風の中に消えたる猫の恋
春の風邪髪を重しと思ひけり
雪の日のひとりを拾ふ路線バス
庖丁は関の孫六薺打つ
烽火台の旅伏山より時雨けり
美容師に肩ほぐされて女正月

鈴木 敬子
大滝 久江
秋穂 幸恵
西村ゆうき
鈴木  誠
曽根すゞゑ
森井 章恵
秋葉 咲女
安食希久江
竹内 芳子
藤尾千代子
島田 弘二
富樫 明美
木村 以佐
三浦 紗和

禁無断転載