最終更新日(Update)'15.05.01

白魚火 平成27年4月号 抜粋

 
(通巻第717号)
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 5月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    三原 白鴉 
「梨 畑」(作品) 白岩敏秀
曙集鳥雲集(一部掲載)坂本タカ女 ほか
白光集(村上尚子選)(巻頭句のみ掲載)
       
岡 あさ乃 、塩野 昌治  ほか    
白光秀句  村上 尚子
さざなみ通信句会  生馬 明子
白魚火集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
         西村 ゆうき、林  浩世 ほか
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(出 雲) 三原 白鴉    


村中の水動き出す五月かな  山根 仙花
(平成二十六年七月号 曙集より)

 五月。大河も小川も川辺は緑にあふれ、山にしみ込んだ雪解け水を集めて豊かな流れとなる。村々ではこの水を田んぼに引き込んで一斉に代掻きが始まり、平らに均らされ水が張られて鏡のごとくなった田に次々に早苗が植えられていく。そうしてそれまでひび割れた田んぼが広がるだけだった田舎の風景が、規則正しく並んだ早苗の緑と空や山々を映す美しい水田の広がる光景へと一気に変貌する。その様は、まさに水による魔法をみるようでもある。
 掲句の「村中の水動き出す」から、私の脳裏にはこのような五月の農村のダイナミックな情景の変化と美しい光景、季節の移り変りの様が鮮やかに浮かび上がってくるのである。

ひとゆらぎして牡丹のくづれけり  野澤 房子
(平成二十六年七月号 白光集より)

ぼうたんの均衡一片より崩れ  大石 登美恵
(平成二十六年七月号 白光集より)

 五月を代表する花と問われて牡丹をあげる人が多いに違いない。中国が原産のこの花は、約千三百年前の奈良時代に伝わったとされ、豪華な花の姿から中国では花王、花神と、古代日本では富貴草とも呼ばれて愛でられ、たくさんの絵に描かれ、また、数々の名句が詠まれている。どちらかといえば楚々とした花に惹かれることの多い日本人に、その対極にあるあでやかで圧倒されるがごとき美しさを誇る牡丹が愛されるのは、そうした豪華さの一方で、花弁の心もとないほど薄く儚い様や散るとは言わず崩れると表現する散り際の風情にあるのではないだろうか。
 掲出の二句は、ともにそうした牡丹の花の崩れゆく様を詠んでいる。盛りの色を留めたまま崩れるようにふわりと落ちてゆく儚さが俳人の心を捉え、詩情をくすぐるのであろう。
 風とも呼べぬ微かな通いに「ひとゆらぎして」崩れ、また、花弁の一片が力を失い傾いたと思った次の一瞬に花全体が崩れゆくのを見たと詠むそのいずれの句からも牡丹の儚く優雅に崩れ落ちる光景が彷彿として浮かんでくる。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 鹿 の 角  坂本タカ女
寒星の光るを数へゐて増やす
幕切れのごとくに雪の止みをりぬ
どこからも見ゆる高さの寒の月
鵯のこゑとんで霧氷のこぼれけり
凍れつきたる玄関の靴剥がす
鹿の角柱に鯡番屋かな
下萌や手紙の返事走り書き
ささくれし色紙の四隅紙雛

 涅槃西風  鈴木三都夫
寒がりの花びら重ね冬牡丹
辺つ宮の杜のどよめく鰆東風
東風強うして岬鼻に立ち難し
一山の嫋々として涅槃西風
奉る春灯一燭涅槃像
涅槃絵の隅の余白は何ならむ
沙羅の芽の空へ挙りし微塵かな
鯛焼の方がよく売れ達磨市

 春 障 子  山根仙花
折詰の紅白の紐寒明くる
春立つや峡の四、五戸の夕煙
踏めば鳴る寺の廊下や春寒し
早春の光を乗せてゆく大河
跨ぎてはゆく早春の水溜
やはらかく包む風呂敷春灯下
むらさきの風呂敷たたむ春の雪
二羽三羽鳥影遊ぶ春障子

 余  寒  安食彰彦 
啓蟄をまたずに来たる師の訃報
余寒なほ弔辞原稿書き了へて
戒名に俗名を入れ涅槃西風
大試験終りマンガを読みにけり
遠方の朋友より梅の便りかな
落椿ころがり三界萬霊塔
旧道の裂目に生ひしつくつくし
春塵のやうな吾が句の書きくづし

 鳥 雲 に  青木華都子
三月の風あたたかき浜通り
砂浜に座して見てをり若布刈
ひと握りほどの若布の届けらる
若布売り来てゐる浜の何んでも屋
肉厚の春椎茸をもぎ取りし
行くあての有るかどこかに鳥帰る
よく当たる天気予報や鳥雲に
一、二輪ほどの早咲き山桜

 風 光 る  村上尚子
絵らふそく点して春の障子かな
一笑に付されてしまひ干鱈裂く
春の日を乗せて轆轤を回しけり
風光る三階建の鳩の家
浮橋に来て初蝶の黄をほどく
春愁やポケットにある指の先
弥次郎兵衛の考へてゐる日永かな
鶏冠より歩くにはとり夕永し

 ぼんぼり  小浜史都女
雛飾り終へみほとけの灯をともす
娘とおなじ歳のひひなを飾りけり
ぼんぼりの近くに置きぬ陶ひひな
白磁びな口をへの字に左大臣
ひとつ部屋に百のひひなの息づける
雛まつり茶席おほかた京茶碗
ももいろの旗と提灯雛めぐる
春や春赤絵の町のまつり旗
 岬  道  小林梨花
ぼろぼろの僧衣に舞へる春の雪
泣き声となりし竹幹春浅し
春光に小鳥さ走る崖つ縁
潮煙上がる岬道蓬生ふ
引き潮や豆粒程の蜷拾ふ
神域に伐採の音山笑ふ
母の背を眼裏にして耕せり
大空へ挿頭す枝先初桜

 末 黒 野  鶴見一石子
鳥帰る矢切の渡し櫓の手入れ
踏青や五百歩きし九十九里
末黒野の阿鼻叫喚の闇の声
磐梯を支ふる沼の名草の芽
平家塚榧の大樹の百千鳥
磯節の浪の轟音春の闇
雛の夜は雪洞をつけ寝ると言ふ
梅が香や心やすらぐ白き闇

 春  燈  渡邉春枝
あの頃のままの遺影や梅真白
春燈やまた読み返す師の手紙
山門に仁王在さぬ遅春かな
書き終へし文字歪みゐる余寒かな
食卓をまづ片づけて梅飾る
梅園に心澄むまで佇めり
一団の去りて梅園香り立つ
うららかや桃色多き駄菓子買ふ

 鳥 雲 に   渥美絹代
師を見舞ふロビーの雛を素通りし
咳き込みしあとのしじまや春時雨
絶食の先生の手のあたたかき
雛飾り終へ先生の訃報受く
先生の逝く白梅の香る夜
白魚火を見つめ続けて逝かれたる
師の逝きて芽起しの雨にはかなる
節太き手のぬくもりや鳥雲に

 冬  籠  今井星女
書斎兼居間となりたる冬籠
屑篭がいつぱいとなり冬籠
シンプルにして奥深き賀状かな
食積のシンプルなるを良しとせり
わが生活冬ごもりとは縁のなく
推敲を重ねて春の一句かな
寒に病み書体みだれし手紙来る
白寿の膳済ませて寒の星になる

 席  題  金田野歩女
餌を撒けば鵠押し合ひ圧し合ひに
節分会螺髪豊かなご本尊
村中の子供主役の冬まつり
定刻に来ぬバスを待つ春時雨
天界の席題如荷な桜の芽
変哲も無き庭に鷽来て呉るる
自己流の柔軟体操うららけし
柏散るゆづらるる遺志巨きくて

 百 千 鳥  寺澤朝子
きのふの新聞今日読む寒の戻りかな
はや助走はじまつてゐる帰る鳥
上梓祝ぐ紅梅咲くと言添へて
二月果つわづかにとどく星明り
夭折の吾子へ折りやる紙雛
ふんはりと袱紗めくれば桜餅
齢のこと思はずなりぬ百千鳥
男子校々歌女子も歌ひて卒業す


鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

 寒 垢 離  西村 松子
寒垢離の手桶の底に南無の文字
簸川野の風引き締まる初不動
涅槃図の裏うつし世の鳥のこゑ
冬雲に海鳴り籠る国来岬
ぴしぴしと音立ててゐる冬木の芽
蘆芽組む河口やさしき波たたむ

 神 の 代  森山 暢子
冬雲雀河口は水を束ねけり
釣具屋の間口の狭し鬼は外
年の豆鶏塚にこぼれをり
亀鳴くや神代のことは分らねど
連れと来て女が畦火放ちけり
寝姿の仏をろがむ雪の果

 春 炬 燵  篠原 庄治
動くもの咥へて翔てり冬の鵙
流れ出す水に遅速や春近し
筧より一滴二滴春の音
丹念にチラシ見てゐる春炬燵
啓蟄や弄くりはじむ坪畑
焼き饅頭程良く焦げて春うらら

 桜  湯  竹元 抽彩
立春や鳩来て軒にくぐもれり
海苔摘の荒磯眺むる峠道
指浸けて春未だ浅き日本海
桜湯の花の満開見合席
仰向けに猫の陣取る春炬燵
銀舎利に載する蕗味噌薄みどり

 遠野の里  福田  勇
里山の古りし祠や蕗の薹
曲屋の遠野の里や梅の花
はだれ雪残る峠の曲物屋
山笑ふ東照宮の長き磴
職決り声高らかに卒業歌
青き踏む三方ヶ原の古戦場

 春  隣  荒木 千都江
寒釣の一人をみんなみて通る
きらきらと雨になりたる雪間行く
鉛筆を静かに削る冬日かな
マスクしてマスクの人と向き合へり
待春やパン屋にパンの香の満ちて
ハンカチを口に手洗ふ春隣
 
 春 の 明  久家 希世
大玻璃に光あふるる春の明
春暁の庭先染めてゐたりけり
初雲雀雲うすうすと空透くる
揚雲雀靴を鳴らしつ試歩延ばす
春泥や漁る舟の音近し
尖る芽の一輪解れ花辛夷 

 忠 魂 碑  奥野 津矢子
空濁る棘のやうなる冬木の芽
三寒のゆるびて高き忠魂碑
空けておく優先席や日脚伸ぶ
人の一歩鳥の一飛び雪解川
ものの芽や装丁あをき師の句集
啓蟄やほわんほわんと野の空気

 春 寒 し  齋藤  都
春寒し薬師寺西の濠の跡
草青む山門内に園児バス
露座仏の目線の先に梅一輪
紅梅や水の匂ひの何処より
ひと雨に思はぬ芽吹き幼稚園
いたづらに過ぎゆく二月伽藍跡

  鷽  西田 美木子
ダンプカーの荷は四トンの雪の塊
湧き水の小流れの岸ふきのたう
早春の波のやさしき日なりけり
栗の木に鷽の紅色見えにけり
師の訃報もたらされたる雨水かな
春光に飛んでは跳ぬる群雀

 金 平 糖  谷山 瑞枝
春一番赤絵の町の飾り窓
雛壇の金平糖の淡き色
頑丈な鉄の扉の中に雛
踏青や昔庄屋の文字恵比須
春の雨行者の祈る声太し
木の芽風音の弾くる大念珠

 冴 返 る  出口 サツエ
訃報受く節分の豆転がりて
プラットホーム十番線の余寒かな
冴返る繊月いよよ細まりて
高階に飼はれ恋猫とはなれず
魚の目玉口にとろりと二月尽
寺に寄り宮に詣でて梅日和


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 岡 あさ乃

啓蟄や蔵書に埋れ日を過ごす
木洩れ日の井桁に噴ける春子かな
宝籤当り鶯よく鳴けり
走り井を蹴つて鳥たつ木の芽晴
芝青む犬の跳びつくフリスビー


 塩野 昌治

春来る母渾身の車椅子
エプロンを広げて見する蕗の薹
白梅やひねもす湖の光りたる
草萌や風は比良より伊吹より
しづけさに堪へて水脈ひく残り鴨



白光秀句
村上尚子


宝籤当り鶯よく鳴けり  岡 あさ乃

 年末の句会に出向く途中、〝よく当たる〟と言われている「宝籤」を売る店先に長い行列が出来ているのを見掛ける。当選する確率はいたって低いが、皆それを承知で列に着くのである。数億円という巨額を手にする人がいるのも事実だが、出費のみで終わる人が殆どである。
 さて、作者はいくら当ったのか気にかかるところだが、「鶯よく鳴けり」というフレーズから想像させるのがこの作品の面白さである。ちなみに〝宝籤〟の収益金は、高齢化、少子化対策、防災対策、公園整備、社会福祉などに使われるという。当たらなくても買っただけで大いに社会貢献をしていることになる。
 取り合せの妙味と明るさを存分に感じさせてくれる楽しい作品である。

草萌や風は比良より伊吹より  塩野 昌治

 「風は比良より伊吹より」ということは、作者の居る場所は琵琶湖の近くだということが分かる。近江八景にも見られるように景勝地はたくさんあるが、この季節の頃の風はその日のお天気によって左右される。
 「草萌や」という季語と切れにより、周辺の景色やその広がりを読者に委ねている。風が吹くたびに作者の背は比良山地の方に向けたり、伊吹山の方に向けたりして身をかばっているのであろう。しかし、本格的な春への期待は季語により充分感じ取ることができる。
 しづけさに堪へて水脈ひく残り鴨
 風がおさまった琵琶湖にとり残された鴨への心くばりも忘れてはいない。

色鉛筆削りて春を待ちにけり  鈴木  誠

 「色鉛筆削りて」により、目から頷ける一句。説明は一切不要である。「待ちにけり」の「けり」はその動作の完了と共に、来るべき春への深い詠嘆を表わしている。

野菜良く穫るる畑や斑雪  山羽 法子

 長い間雪に閉ざされていた畑を慈しむ姿が見えてくる。言葉の表現が平明であるのも要因の一つであるが、「斑雪」も作者の気持に添っているようである。

涅槃図に息のかからぬほどの距離  青木いく代

 「涅槃図」の句はとかく形にはまり易いが、この作品には独自の感覚がある。「涅槃図」との「距離」を「息のかからぬほど」とした。もう誰もこの表現を真似ることはできない。

春の日や小さき角出す金平糖  内田 景子

 下五迄読み下して、始めてこの作品が独創性に富んでいることが分かる。
 てのひらに乗る黄色やピンクの「金平糖」が、春の日に触れ、生きもののように「角」を出したという。作者の大胆な発想と詩ごころには驚かされた。

ゆれ動く薄氷淡き日を返す  阿部 晴江

 俳句の作り方にはいろいろあるが、作者は池のほとりに留まってじっと「薄氷」を見つめていた。時の経つのに従い周辺の日差しや風の様子が変わってきた。辛抱強い観察と、繊細な感覚が一句を生んだのである。早春の景が目の前に広がって見えてくる。

畦焼の煙一筋立ちにけり  河森 利子

 目の前の景を一気に述べているが、「煙一筋」の詩的な表現が焦点となり一句を支えている。誰も見たことのある典型的な春の農村風景が、すっきりと表現されている。

一声もなく引鴨の別れかな  福間 弘子

 散歩の途中、見馴れていたたくさんの鴨がある日突然見えなくなった。作者の驚きと寂しさが「かな」止めにより、一層強く印象付けられている。日本を飛び立った鴨は、サハリン、シベリアへの長い長い旅が続くのである。

つながれて街を見てゐる春の猫  山崎てる子

 歳時記では「春の猫」は「猫の恋」の副題となっている。作者は敢えて「春の猫」とした。「つながれて街を見てゐる」は、血統書付きゆえに自由にさせてもらえないのかも知れない。おとなしくしている様子がかえって悲哀を感じさせる。

啓蟄や転ばぬやうに生きてをり  勝部アサ子

 季語からの飛躍が面白く、お歳を感じさせない力強さがある。
 転ぶという意味には〝ころころ転がる〟〝倒れる〟等が咄嗟に思い当るが、〝事態が変化する〟ときにも使われる。作者の「転ばぬやうに」はその全てが含まれている。お元気で俳句が続けられることは嬉しいことである。


    その他の感銘句
灯台の螺旋階段笹起くる
紙雛のおどろきやすし自動ドア
畦焼の棒突き立てて喋りをり
杭の影ゆらゆら池の水温む
自販機の音の飛び出す余寒かな
まとまらぬ顔でありけり花粉症
八掛見に右手差し出す花の昼
一口に食べてしまひぬ桜餅
下鴨のうぐひす餅を二つほど
一輪のあとは続かず白椿
折込みの漢字パズルや春近し
日向ぼこ大きな雲に邪魔されて
片耳を傷めてかへる恋の猫
警察の花壇に育つ黄水仙
かつぱう着は母のふだん着豆の花
石田 千穂
高橋 茂子
清水 純子
横田 茂世
若林 眞弓
大石 益江
村松ヒサ子
山本千惠子
松原はじめ
三井欽四郎
江角眞佐子
峯野 啓子
渡辺 晴峰
植田美佐子
佐藤 貞子


白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 鳥 取  西村 ゆうき

次の間に動かぬ余寒ありにけり
沈む日を入れて公魚舟傾ぐ
白子干ときをりひかる波がしら
鶏の石につまづく春一番
座布団の緋に坐らする土雛

 
 浜 松  林  浩世

豆を撒く夫につづいて小さく撒く
節分草風の硬さにふるへをり
涅槃図の人も獣も口を開け
下萌えや少年いつも小走りに
大漁旗飾り浅蜊を売つてをり



白魚火秀句
白岩敏秀


沈む日を入れて公魚舟傾ぐ  西村ゆうき

 公魚は体長が約十五センチほどの魚であるから、網をあげてもそんなに重くないにちがいない。しかし、水もろともに掬い上げた網である。舟は傾いた。しかも、折からの夕日が、網から滴る水にキラキラと反射して重さを加えている。「沈む日を入れて」と捉えたところが手柄。この日は豊漁だったにちがいない。
 鶏の石につまづく春一番
 犬も歩けば棒に当たる―鶏だって石につまずくことはある。春一番の風なのだ。鶏は大仰に羽ばたきをして、石をぎゅっと睨みつけたのだろうか。或いは、素早く体勢を立て直して、澄まして行ってしまったのだろうか。続きを知りたいほどユーモアがある。

豆を撒く夫につづいて小さく撒く  林  浩世

 近頃は、豆撒きの声が一般の家庭からあまり聞かれなくなった。子どもが少なくなったからだろうか。
 作者の家庭は今年も節分に豆を撒いた。最初は夫が大声で撒き、続いて作者が小さく撒いたという。作者の声が遠慮がちなのは「小さく」で分かる。遠慮というより夫唱婦随というところだろうか。寒い冬が終り、暖かな春を迎える夫婦の和んだ気持ちが伝わってくる。

師の逝くやどこか初音の聞こえたる  田口  耕

 仁尾正文先生が二月二十一日にお亡くなりになった。先生は強いリーダーシップで私達を指導され、俳壇に「白魚火」の名を揺るぎないものにされた。残念であり淋しいことである。今月は先生を悼む句が多く寄せられた。
 この句は「師の逝くや」と強く打ち出し、中七以下で「どこか初音の」と柔らかく受け止めている。この落差の大きさがかなしみの大きさ。作者には初音が先生の慈愛の声と聞こえたにちがいない。先生の冥福を祈るばかりである。

風花の風のあはひを縫うて舞ふ  小村 絹子

 風花は晩冬のころ、青空に舞う花のような雪のことをいう。儚い雪であるが、幻想的。
 風花は風があれば横に流れ、止めばひらひらと地に落ちる。風の動きと静止の間が「風のあはひ」。連続して舞う風花を風の中で捉えた一瞬の静止画像。確かな写生眼である。
 
青空の控へてをりし春の雪  根本 敦子

〈 いきいきと三月生る雲の奥 飯田龍太〉
の句には雲の奥に新しい季節が生まれている。この句の春雪の後ろには青空が控えている。激しい冬の雪からやわらかな春の雪へ。今の雪に耐えながらも、そのあとに続く本当の春へ希望があり、明るさがある。作者は北海道の人。

嘶けば嘶き返す春の駒  平間 純一

 広々とした牧場の光景。冬の長い間、厩に閉じ込められていた馬が牧場に解き放された。ある馬は萌え出でたばかりの草を食み、ある馬は牧場の土を跳ね、春を喜ぶ。
 嘶けば嘶を返すのは馬の求愛なのだろうか。全身に春の日を浴びて、溌剌と遊ぶ春の馬が新鮮に映る。

若き日の母を知りたるひひなかな  仙田美名代

 今年も雛祭りがやって来た。代々伝わってきた雛を丁寧に飾りながら、様々な思い出にふける。この雛は母が子どものころに飾ってもらったものだという。少し古くなったが、母の若い頃を知っている大事な雛なのだ。
 雛祭りで受け継がれるものは雛人形のみならず、懐かしい思い出も引き継がれてゆく。 

受験子の背中をぽんと押しにけり  佐藤 貞子

 受験の子を持つ家庭は気配りが大変である。勉強の邪魔になる音は立てない、体調管理の食事に注意する等々。「落ちる」「滑る」の言葉は勿論タブー。
 しかし、さすがに作者はベテラン。受験当日、子の背中をぽんと押して試験場へ送り出したのだ。これは百の言葉にも勝る激励。受験子も落ち着いて試験に臨めたことだろう。

よく見ゆる目を授かりて針供養  若林いわみ

 人は歳をとると足と目から弱っていくと言われているが、お陰さまで足も目もまだまだ達者。縫い物も不自由なくできる。健康な目を授かったことを感謝して、ねんごろに針供養した作者。仁尾正文先生の〈頑丈に生んでくれたる柚子湯かな〉と思いは同じ。


    その他触れたかった秀句     

恋猫のうすももいろの足の裏
護摩の火の春待つ闇を焦がしけり
寒明けの杭打つ音の響きけり
チョコ分けて夫婦のバレンタインの日
芽吹かんと大樫の根の気骨かな
母の家母の匂ひのかざり雛
青き踏む父母の墓石の見ゆるまで
寒垢離の水桶水を研ぎ澄ます
佐保姫や祝儀袋を束で買ふ
下萌や陶片を踏む窯場跡
泣き顔が保母に駆け寄る鬼の豆
三月や庭に真白き鳥の羽
自画像の笑顔を描きて卒業す
乳飲み子の瞳に映る春の空
風光るぬくもり残る母の椅子

大澄 滋世
溝西 澄恵
弓場 忠義
若林 眞弓
髙島 文江
稗田 秋美
佐川 春子
小村 絹代
村上  修
寺田佳代子
杉原由利子
本倉 裕子
若林いわみ
増田 尚三
田中 美洋

禁無断転載