最終更新日(Update)'15.06.01

白魚火 平成27年6月号 抜粋

 
(通巻第718号)
H27. 3月号へ
H27. 4月号へ
H27. 5月号へ
H27. 7月号へ


 6月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    西村 ゆうき 
「酢の香」(作品) 白岩敏秀
曙集鳥雲集(一部掲載)坂本タカ女 ほか
白光集(村上尚子選)(巻頭句のみ掲載)
       
飯塚 比呂子 、鈴木 喜久栄  ほか    
白光秀句  村上 尚子
白魚火集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
         檜林 弘一、林  浩世 ほか
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(鳥取市) 西村 ゆうき    


灘の風とほし脇本陣の涼  江連 江女
(平成二十六年八月号 白魚火集より)

 本陣は、大名や勅使の公認の宿泊施設。脇本陣はその予備の宿舎です。旧街道の宿場町に現存していることが多いようです。
 掲句は、作者が脇本陣を訪れた折、建物の中を海からの風が通り抜け「あぁ涼しい」と思った瞬間を詠んだ句です。外の明るさと中の仄暗さ、太い梁や柱に囲まれたひんやりとした空間が想像できます。(海の風)ではなく「灘の風」で句の印象が強まり(涼し)ではなく「涼」と一字で止めたことにより、一層爽快感が出ました。

赤飯の五合で祝ふ田植かな  荻原 富江
(平成二十六年八月号 白魚火集より)

 掲句には、ようやく田植が終わった安堵感と喜びが溢れています。筆者の住む鳥取市では田植が済んで祝うことを「代満(しろみて)」と呼びぼた餠などを作りますが、作者は五合の赤飯で祝ったというのです。蒸したての赤飯の湯気や香りが漂って来るようです。食卓には筍や山菜などの手料理が並び、その周りに大勢の家族の笑顔が見えます。かつてはどこの農村でも見られた風景です。

再会の友と湯に入る螢の夜  生馬 明子
(平成二十六年八月号 白魚火集より)

 島根県には、たくさん良い温泉地があります。作者は、友と誘い合って山の宿へ行ったのでしょう。あるいは同窓会かもしれません。懐かしい友と積もる話に夢中になっていて、気が付くと辺りはすっかり暗くなっていました。連れ立って露天湯に浸かっていると、草むらで光っていた螢がふっと目の前を飛んで光りました。
 この夜のことが思い出深いものになったことは「螢の夜」という一言が表しています。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 きさらぎ  坂本タカ女
きさらぎや紐とはつまづき易きもの
口かすかあけて謡ふや囃子雛
享保雛飾るあかずの間が寺に
汚れゐる狐の毛並笹起きる
風除に行き止りなる狐跡
手休めのときに遠目の剪定夫
日射しはね返す剪定鋏かな
波立ちてくる沖つ風浪の花

 揚 雲 雀  鈴木三都夫
日かげれば一山の又冴返る
撫で肩にしてはんなりとしだれ梅
まつさらな白木蓮の浄土かな
初蝶の戸惑ひ消えし風の中
うぐひすの声ふりかぶる山路かな
揚雲雀見えぬ高さに止まれる
葦の角微々と流れを抽きにけり
蜑老いぬ海が荒れれば海苔簀編み

 春 の 雨  山根仙花
鍬掛けに春待つ鍬の並びをり
並べ売る刃物に消ゆる春の雪
峡の田の短かき畦も青みけり
鳶の輪を仰ぎては又畑を打つ
真青なる大空へ跳ね梅ひらく
木々芽吹きやさしき山となりにけり
強東風や湖畔に増ゆる夕べの灯
枝折戸の濡れて重たき春の雨

  桜    安食彰彦 
蒲公英と関守石を横に見て
一切の言葉をなくす糸桜
糸桜風と遊びてゆれやまず
山桜星の印の墓標かな
池の坊の免状棺に紅枝垂
遠景の風車は三基花の昼
滔々と流るる大河揚雲雀
連れだちて鳴く揚雲雀電車過ぐ

  桜    青木華都子
二、三輪開花を知らす山桜
さくら咲くとふ追伸の二行ほど
未明より雨の桜となりしかな
頂へ道一本や山桜
曇りのち晴れ朝ざくら夕桜
満開の桜に湖面さくら色
散るといふよりふはふはと舞ふ桜
かすかなる風にも桜散つてをり

 日  永  村上尚子
接岸の舳先を揃へ白子船
教会の古きオルガン朝桜
水槽に貝の貼り付く日永かな
さへづりの枝に吊るされ小鳥籠
ぶらんこの下の窪みに水溜り
ひと振りの鍬春笋に噛まれけり
花かんば名のみ知りたる山ばかり
クレーンのくの字一の字夕永し

 花・さくら  小浜史都女
滝のごと流れてしだれざくらかな
ぼんぼりの配置図もあり花万朶
紙コップ配られてゐる花筵
けふだけの一方通行花のダム
一湾に傾くさくらさくらかな
燈台はひかりの柱桜東風
酒蔵の奥の古民家さくら冷
花冷や囲ひひとつの雉子うさぎ
 春  岬  小林梨花
進学を報告に来し子の背丈
入学の子と供華抱へ磴上る
師の訃報雲動かざる春岬
海山の風の吹き込む涅槃絵図
春の夢亡師に声を掛けられて
法丈のぶらり立ち寄る春の風
橋渡り戻るも桜月夜かな
爛漫の花翳りゆく国来岬

 大願成就  鶴見一石子
我が願ひ大願成就春の月
晩年や腰を叩きて更衣
狩人の里へとつづく雪間かな
地虫出づ道鏡塚の竹矢来
夜桜は紫に見ゆ白き闇
一人ごとこぼるる夜の桜かな
夜桜や千の雪洞消えし闇
天平の丘の夜桜北斗星

 木々芽吹く  渡邉春枝
ポケットに未完の一句野に遊ぶ
記念樹の古りし立札燕来る
休窯の中の暗闇木々芽吹く
空つぽの犬小屋いまも黄水仙
焼きたてのパンに行列さくら東風
先達に歩巾あはせて暖かし
しとどなる雨に落花の石畳
さくら咲くこの地に命永らへて

 畦  焼   渥美絹代
畦焼の煙救急ヘリよぎる
畦焼に日暮間近の雨きたる
返事すぐ書きたき手紙桃の花
まん中に灯籠据ゑて苗木売る
大ぶりの大福苗木市に買ふ
ふんはりと結ぶ風呂敷牡丹の芽
雨音に混じる鳥声入彼岸
先生の逝きはじめての桜かな

 白鳥去る  今井星女
やがて去る白鳥の湖たづねけり
いくたびも羽根を広げしスワンかな
飛ぶ仕種いく度もしてスワン去る
しらじらと夜の明けてきしスワン去る
白鳥の一羽が飛べば皆つづく
小白鳥眞ん中にしてスワン去る
駒ケ岳大きく巡りスワン去る
一羽とて残る白鳥なかりけり

 船  出  金田野歩女
捨て雑魚を掠めてゆきぬ尾白鷲
流氷の風は真面に頬刺せり
春の雪積む柱状節理の怒り肩
海明けの船出舳先に仁王立ち
二才児と会話成り立つ麗らけし
捺印の曲つてしまふ万愚節
入学児の句読点無き文宝物
砂浜の足音空の奴凧

 春ショール  寺澤朝子
極まれる白もて散りぬ白もくれん
立像も坐像も秘仏出開帳
花冷えや生家無きこともう云はず
花の陰子規球場に子規の句碑
角帽と聞けば懐かし花あふぐ
花散るや「芸大前」のバス通り
鉄橋の真下が好きで春の鴨
八十はお洒落でゆかう春ショール


鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

 青き踏む  出口 サツエ
地虫出づ目指す新宿南口
芽柳や日本橋に里程標
青き踏む海の展けるところまで
春愁やゆつくりはづす喪の真珠
久闊を叙す新調の春コート
指呼の間の島の鐘聞く彼岸かな

 早  春  森  淳子
人恋ふる心にもにて春を待つ
忘れ雪わすれ雪とて今日も降る
利休忌の庭に雪ある茶会かな
早春の光あまねく硝子窓
掌に鶯餅の粉零す
父よりも長き足もて剪定す

 山 笑 ふ  諸岡 ひとし
厠窓翅震はせて蝿生まる
院内の夕餉に少し初蕨
近雷の一発のみで春の闇
山葵漬噛んで涙がついぽろり
母と子の転退職や山笑ふ
道の駅独活見て母を偲びけり

 彼 岸 寺  大村 泰子
羽撃きて水面を走る残り鴨
鳩のこゑ雨に濡れをり彼岸寺
磴のぼり来て宿坊の蕨飯
干し物を膝にたたみて日永かな
春光や紅茶に添ふる木のスプーン
幼子のこぶしのねむるスイトピー

 啓  蟄  荒井 孝子
啓蟄や使はぬままの母の杖
残る鴨淋しきときは固まりぬ
涅槃図を抜け出て恋の猫となり
もう母と見られぬ桜仰ぎけり
御手洗の水の暮れゆく桜かな
残雪の嶺へ風車のゆるやかに

 冴 返 る  安澤 啓子
ハンガーに明日着る喪服冴返る
次の声たうたう聞けぬ初音かな
回廊に厠の神やあたたかし
この歌碑の詠み人知らず春時雨
春宵や沓脱ぎ石に女下駄
芽柳や早瀬にかかる丸太橋
 
 鳥 帰 る  宇賀神 尚雄
ペダル踏む春一番に逆らつて
啓蟄の土堀り起こすショベルカー
笑ひ声包み込んだる春障子
林径歩める背に囀れり
男体山の雪襞ゆるび鳥帰る
何ものか追ふかに野火のひた走る 

 蝶 の 昼  佐藤 升子
抓みとる萌やしのひげ根寒の明け
梅香る縁側に足たらしけり
てのひらを春の火鉢に預けけり
あたたかや米寿の画集いただきて
釉掛けのひしやくの乾く蝶の昼
山吹の咲いて道筋見えにけり

 木の芽風  出口 廣志
満つ潮に乗りて白魚遡上せり
わが墓地に桜を植ゑむ西行忌
天平の礎石に座せば木の芽風
独り子を弔ふ夫婦遍路かな
寄り添うて晴着の親子春の雪
咲き誇る桜愛でつつ城巡り

 大き花丸  星  揚子
日輪のぼんやり透ける野焼かな
ゆるやかな土手の曲りや初蝶来
のどけしや江ノ電軋む音のして
答案に大き花丸あたたかし
なめらかに回る風車や春の川
さくさくと刻む包丁春キャベツ

 芽吹き山  本杉 郁代
春雪の再び辺り眩しくす
新しき閼伽桶並ぶ彼岸寺
出航のドラに集まる春鴎
よごれなき白木蓮の空青し
人杖を借りて登りし芽吹き山
ゴンドラの登るあたりの芽吹きかな

 花 の 下  渡部 美知子
師の話するやうぐひす頻り啼く
春光のこぼるる中や間歩閉ざす
潮の香に包まれてゐる春田かな
熟寝する稚の寝息や花の雨
入社式終へネクタイを緩めをり
落ち合ふも別るるもこの花の下


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 飯塚 比呂子

白梅の蕾にはしるみどりかな
神の木に宿れる楢の芽吹きけり
木の芽風色鮮やかな天井絵
ふらここに揺られてママの背に眠る
グローブに球噛ませあり風光る


 鈴木 喜久栄

紙雛袖ふれ合うて支へあふ
たんぽぽに平らかな風来たりけり
御神籤は中吉桜咲き初むる
赤ん坊を見せ合うてゐる花の下
夕暮の辛夷飛び立つやうに咲く



白光秀句
村上尚子


グローブに球噛ませあり風光る  飯塚比呂子

 グランドか公園の片隅で、野球が始まる前か、終ってからの何でもない光景である。もの事に表と裏があるとすれば裏のシーンである。「グローブ」の持ち主は中学生か高校生であろう。それには汗が染み込み、土に擦れた傷がたくさん見えるがよく手入れされている。その中の白球を見て「球噛ませあり」としたことで、「グローブ」は生き物のようにクローズアップされた。そして「風光る」の季語により、視野は一気に明るく広い世界へと発展した。少年達への心からのエールが聞こえてくるようである。
 ふらここに揺られてママの背に眠る
 右の掲出句とは対照的であることも面白い。春のおだやかな風景が、作者のやさしい目差をもって表現されている。

紙雛袖ふれ合うて支へあふ  鈴木喜久栄

 最近のお雛様は種類も豊富だが、値段もピンからキリ迄ある。掲句の雛にランクを付けるとしたら〝キリ〟である。しかしそれはそれで良い。一枚の紙さえあればすぐ出来る。見せ合いながら作る楽しみもある。出来具合が微妙に違うのも素人ならではである。「袖ふれ合うて支へあふ」はその結果ということであろうか。あるいは、わずかな風によって倒れかかったものが隣の「紙雛」によって支えられたということであろう。
 作者はしばらくの間「紙雛」と心を通わせたのである。
 夕暮の辛夷飛び立つやうに咲く
 どちらの作品も作者の独自の視線をもって表現されている。

校庭の一樹に触れて卒業す  西村ゆうき

 十七文字からたくさんの事を想像させる場合と、一つだけを奥深く想像させる場合がある。掲句は後者である。無口な作品であるが「触れて」により、さまざまな思い出が蘇ってくる。読者の心も揺さぶられるのである。

春の雪降る降る吾子の七七日  大滝 久江

 作者はお子様を亡くされてからもずっと俳句を詠まれている。今日は四十九日の法要である。外の雪を見て「春の雪降る降る」と表現した。悲しいとは一言も言っていないが、その胸の内は痛いほど伝わってくる。

画用紙を足して春駒走らせり  佐藤 琴美

 馬の仔が野を駆けている様子ではなく、それを写生しているところを捉えたのが異色である。そして何より「画用紙を足して」が要となった。「春駒」の躍動感満点である。

診療所のぼんぼん時計春なかば  鈴木 利久

 デジタル時計が多い昨今「ぼんぼん時計」の音には郷愁を感じる。病院ではなく「診療所」であることも親しみやすい。少々待たされることも許してしまう。「春なかば」の季語で納得である。

牡丹の芽思はぬ雨となりにけり  野田 弘子

 「牡丹の芽」は周囲がまだ冬の景色のうちに、赤い若芽を吹き出し春の訪れを知らせてくれる。日差しの中にあってこそよく似合うが、作者の心配をよそにひと雨毎に育ってゆくのである。季語からの転換も鮮やかだ。

退屈な山羊の反芻草若葉  北原みどり

 「反芻」はそれらの動物の胃が複雑になった為だと言うが、それはさておき「山羊」が「退屈」しのぎに「反芻」をしていると言った。作者の勝手な解釈が滑稽である。

千年の神木にある小鳥の巣  青木いく代

 「神木」と呼ばれるものは殆ど大木だが、「千年」と言えば尚更である。そこに鷹とか鷲ではなく「小鳥」が巣を作った。この神社はたぶん作者の住まいの近くにあり、地域の人達にあたたかく見守られているのであろう。

絹糸をぴんと鳴らして春着縫ふ  藤尾千代子

 「春着」は新年の晴着のことで、季語は冬だということを確認しておきたい。
 「ぴんと鳴らして」の表現からは新春への期待感と、目の前の着物の色柄にまで及び、はれやかな気持になってくる。

つくし野に園児の列のほどけゆく  池森二三子

 「園児」達が野原までの道を一列になって歩いてきた。目的地に着いた途端、その列はいっぺんにばらばらになってしまった。広がって行くよろこびの声が聞こえてくるようだ。

山鳩のぽぽと二声畑を打つ  福永喜代美

 冬の間手をつけずにおいた畑である。「山鳩のぽぽ」という声に作者は励まされて精を出している。一句のリズムも軽やかである。


    その他の感銘句
針千本呑めと指切り地虫出づ
御捻りに使ふ薄紙桜東風
師のごとき大き春日の沈みけり
山茱萸や外面のよき夫であり
荒畑と隣合せの畑返す
踏み込んで鳴き砂鳴かす春の浜
花の昼閼伽井の手押しポンプかな
潮騒の松に風生み鳥交る
蛍烏賊掬ふ光をしたたらせ
鳴き砂の中より拾ふ桜貝
金銀の母の折鶴春愁ひ
新チームののつぽの主将風光る
青麦の走り穂一つ供華に足す
春耕の土にこにこと解れけり
どの道も海辺につづく黄水仙
佐藤陸前子
吉村 道子
榛葉 君江
高田 茂子
井上 科子
篠原 凉子
水出もとめ
山西 悦子
野澤 房子
保木本さなえ
早川三知子
杉原  潔
横田 茂世
古川 松枝
米沢  操


白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 名 張  檜林 弘一

二月堂三月堂と余寒かな
室町の世を見し雛を武家屋敷
日曜は郵便来ぬ日巣箱掛く
上枝より跳んで巣箱に収まりぬ
畔道の裾に始まる犬ふぐり

 
 浜 松  林  浩世

笑ひ顔多きアルバム雛あられ
卒業式親子の少し離れ立つ
腹ばひの少年二人つくしんぼ
鯉跳ねて春の水輪を広げけり
あたたかや白く塗らるる羊小屋



白魚火秀句
白岩敏秀


二月堂三月堂と余寒かな  檜林 弘一

 春を迎えてもまだまだ寒い。それでも春ときけば遠くへ足を伸ばしたくなる。
 作者は余寒の奈良に来て、二月堂・三月堂を巡った。
 この句で述べられていることはこれだけである。それでいて作者の思いや情景は伝わって来る。一句に言葉の余分な詰め込みがないから、読者は自由な想像力で句の余白を埋めることができる。読者もまた作者なのである。
 上枝より跳んで巣箱に収まりぬ
 鳥は巣より少し離れたところで一旦停止して、周囲の安全を確認して巣へ入る。巣の在り場所を知られないためらしい。
 上枝(うわえ)にいた小鳥が突然に跳んで、巣箱に収まったという。翼を広げて飛んだのではない。「跳ぶ」で小鳥と巣の距離が分かり、雛の許へ急ぐ親鳥の様子も分かる。省略の効いた句は読者の想像を広げる。

笑ひ顔多きアルバム雛あられ  林  浩世

 雛段の前でアルバムを開いている親子。そこには若い作者が居り、幼い子ども達がいる。さらに捲れば、父や母の顔もある。どれもこれも笑っている。
 家族の幸せの詰まったアルバム。あたたかな家族があたたかく詠まれている。

雉の目の一直線に藪に入る  中村 義一

 〈雉子の眸のかうかうとして売られけり 加藤楸邨〉は撃たれて売られてゆく雉だが、こちらは堂々と胸を張って藪に入って行く雉である。
 「一直線」の表現に前を見据えた深紅の目のみならず剣先のような尾羽まで見えてくる。野武士のごとき面構えの雉が脇目も振らずに歩く姿に存在感がある。
 
雀の子声かけをれば見てをりぬ  佐川 春子

 春は小鳥たちにとって子育ての季節。巣から顔を出している子雀に声を掛けたところ、無邪気な顔でこちらを見返したという。
麗らかな春の陽気のなかで、雀の子とこころ通い合わせている様子が、メルヘンで微笑ましい。

立金花咲きエゾサンショウウオの紐  平間 純一

 立金花(りゅうきんか)はキンポウゲ科の多年草。茎が直立し、黄金色の花をつけることから立金花と呼ばれる。花は春から初夏に咲く。花言葉は―必ず来る幸福―。
立金花は手持ちの歳時記には載っていなかったが、北海道では通用する季語。是非とも全国版にして欲しい。
 同掲載の〈日に乾くセチの屋根屋根笹起きる〉の「笹起きる」も同様である。

搗くうちに弾む手応へ蓬餅  谷田部シツイ

 蓬餅はどこか子どもの頃を思い出させる香りがする。杵の音も懐かしい。
餅は最初、餅米をつぶすように小刻みに搗くが、粘りが出てくると大きく杵を振って搗き上げる。弾む手応えは即ち美味しさの手応え。みどり色に仕上がってゆく蓬餅に子どもたちの目も輝いていたことだろう。

あの動き茶山に肥料振るらしき  橋本 快枝

 茶山に春が来て、あちこちに人の動きが見えるようになった。その中で、遠くで他の人とは違った動きをしている人がいる。“ああ、新芽のために肥料振っているのだ”と直感する。そのことを経験した者にのみ分かる動き。茶の木を愛おしむように丁寧に振っていく肥料。
 やがて来る新茶の季節に備えた茶山の忙しい一日である。

送別会終りて夜の桜かな  吉田 柚実

 三月は送別会の季節。送別会は歓迎会と違い悲喜こもごもがある。
 送別会が終わり仰いだ桜。夜風が火照った頬に心地良く吹いてくる。毎年繰り返される送別会だが、その年ごとに思いは違う。別れていく親しい人達を思い浮かべつつ眺める今年の夜桜である。


    その他触れたかった秀句     

白ければ白き匂ひの沈丁花
頬杖の向かうに山の笑ひけり
オホーツクのかあーんと晴れて流氷野
伊勢沖に雲を片寄せ白子船
大試験トンボ印のHB
揚雲雀八雲の中に入りにけり
灯台を間近に鹿尾菜掻く女
春光や波がとろりと岩をなめ
七人の新入生の名前呼ぶ
降る雨に陶然として大桜
信仰の山の麓に春田打つ
卆業歌指揮棒高く上がりけり
花に来て土佐の手打の庖丁買ふ
春めきて嬰児に靴をはかせをり
雲の飛ぶ速さ見てゐる春の畑

遠坂 耕筰
鈴木喜久栄
花木 研二
間渕 うめ
福本 國愛
野田 弘子
田久保峰香
山西 悦子
計田 芳樹
檜垣 扁理
森田 竹男
伊藤かずよ
伊藤 政江
天倉 明代
小野寺七十六

禁無断転載