最終更新日(Update)'08.05.31

白魚火 平成17年3月号 抜粋

(通巻第634号)
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2月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
・しらをびのうた  栗林こうじ とびら
季節の一句    福原ミサ子
「目通り」(近詠) 仁尾正文  
鳥雲集(一部掲載)安食彰彦ほか
白光集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
       
西村松子、鈴木敬子 ほか    
15
白光秀句  白岩敏秀 41
・白魚火作品月評    鶴見一石子 43
・現代俳句を読む    村上尚子  46
・百花寸評   奥田 積 48
平成20年「みづうみ賞」発表 51
・「風雪」16年8月号転載 62
・「俳壇」6月号転載(結社リレー競詠) 66
・「俳壇」6月号転載(芭蕉が選んだ味30選) 67
・さくら狩(こみち)   黒田邦江 68
・俳誌拝見「甘藍」4月号   森山暢子 69
句会報 函館新葉句会  70
・静岡白魚火総会記  大石登美恵 71
・「山陰のしおり」4月号転載 72
・「静岡新聞」4月8日号転載 73
・今月読んだ本       中山雅史       74
今月読んだ本     林 浩世      75
白魚火集(仁尾正文選)(巻頭句のみ掲載)
          佐藤 勲、谷山瑞枝 ほか
76
白魚火秀句 仁尾正文 123
・窓・編集手帳・余滴       

季節の一句

(松江) 福村ミサ子

 島根の県花となっています牡丹は、約三百年前に中海に浮かぶ大根島の全隆寺住職が遠州の秋葉山へ修業に訪れた際、牡丹の花を薬用として島に持ち帰り境内に植えたのが始まりと伝えられています。その後接木の技術などにより農家に普及していくと共に、島の女性達が負篭に苗木を入れて行商し、大根島の牡丹を各地に広めていきました。今は一本の道で繋がっていますので、牡丹の咲く頃ともなりますと県内外の観光客で賑わい、島中牡丹の香りに噎せ返るほどです。最近は温度管理の技術を生かし、観光園で年中見られるようになっています。他に牡丹の接木、牡丹焚火、出荷作業と牡丹に拘るものを見ることが出来て、魅力ある吟行地となっています。

緋の牡丹灰になるまで女なり 山岸美重子
         (平成十九年八月号 白光集)
 灰になるまで女なりと作者は言い切っていますが、これは即ちこの人が死に際まで美しい女でありたいとの願望が言わしめた言葉であると見ました。この熱い想いは、やはり華やかな緋牡丹ならではこそと思います。もう一句の「みつめゐて身の内昏し白牡丹」は牡丹の花の白と身の内の翳りからの昏さとの取合せの妙。屈折した心象句に魅かれます。

どの壺も似合はぬほどの牡丹かな 高野房子
        (平成十九年八月号 白魚火集)
 牡丹は芍薬とちがい、まことに花が大形なので、どの壺を出しても負けてしまうようです。牡丹の説明をせずに、壺が似合わないと嘆くことにより、却って見事な牡丹の花の姿が表現されて、牡丹の数や、色など想像が広がって来ます。気品のある白牡丹でしょうか。


鳥雲集
〔無鑑査同人 作品〕   
一部のみ。 順次掲載  


     春      安食彰彦

春光の真青な海を均しけり
春うらら水平線の船遅々と
山笑ふ小さな鳥居くぐりけり
峠一つ越せばのどけき貨物船
長閑なる狛犬さんに賽五円
引潮の波が引摺る桜貝
春涛のテトラポットを舐めつくす
よちよちの子に踏れてもたんぽぽ黄



 花  筏   青木華都子

春雷や一気に下る男坂
この坂で変はる町名蕗のたう
下萌や自転車で来る郵便夫
花粉飛ぶ樹齢三百年の杉
口あけてさす目薬や花粉症
川隔て一万坪の花菜畑
散りしきる花の真下の乳母車
蹲をこぼれ落ちたる花筏



 とどろき   白岩敏秀

薄氷の水のひかりとなりにけり
とどろきの余勢の飛沫春怒涛
啓蟄や地下に降りゆく階のあり
芹摘んで夕日の中を帰りけり
栄螺焼くうしろに波が裏返る
春日傘砂丘に海の風走る
春夕焼砂丘の空に紺残り
神木に来て囀をはじめけり



 春 雷   水鳥川弘宇

花の中二千八百字の碑文
暖かやうろ覚えなる古墳径
周平の書を積み重ね春を病む
近道の失せてをりたり蕨摘む
古里の彼岸詣の何処も留守
沓脱の僧の大下駄夕桜
春雷をしほに終りし会議かな
読みさしの妻の書を読む遅日かな



 花 辛 夷   山根仙花

海の色なる瓶に挿す黄水仙
文机に置く歳時記と黄水仙
初蝶を光の中に見失ふ
かつて雑魚つかみし小川水温む
廃校に残る一樹に囀れり
海に音山に音なき遅日かな
水の如夕べ冷えゆく花辛夷
雲影の触れては翳る花辛夷  
 春 夕 焼   上村 均
川底の揺るる日差しに蝌蚪生る
椋鳥の群翔つ春田日遍し
自転車に鍬くくりつけ春夕焼
波がしら一つ一つに春深し
浅蜊採る遠くの橋を列車過ぎ
菜の花や離岸の船が楽流す

 春 の 山  加茂都紀女
残雪の山へしつかり身拵へ
山笑ふ女人禁制いまはなく
木洩日に遠き沢音舞鶴草
芽起しの風山上の奥の院
下るほど靴の重たし春の泥
宿坊の花の薬膳料理かな

 花  冷   桐谷綾子
洗心の池のささやき花の寺
竹やぶに散り込む花の白さかな
袋帯解けばきぬずれ花衣
眠りから覚めやまぬ山辛夷咲く
花冷の薄茶音たて吸ひきりし
一碗を回し飲みして花点前

 残 り 鴨   鈴木 夢
照明を一つづつ抱き枝垂れ梅
空回りしてゐる水車ふきのたう
春は曙どうやら今日も生きてをり
四月馬鹿八十八のクラス会
咲き満ちてそよりともなき桜かな
新装の夢の浮橋残る鴨

 春  風   関口都亦絵
真つ新な巫女の緋袴風光る
囀や産土神の供へ酒
無住寺の竹のさやぎか鳥の恋
鯉の吐く泡に春風やさしかり
万葉の里に雲雀の声高し
雪吊りのほどけぬ松に春霙

 朧  夜   寺澤朝子
下萌えやここは戦時の滑走路
春の鳰一羽潜けば一羽また
しやぼん玉子のかほ大きく映りけり
幾すぢの径のあつまる花の山
灯を消してより朧夜となりにけり
常の日の些事に明け暮れ花を掃く

 初 雲 雀   野口一秋
水郷の活気付きたる初諸子
初雲雀天の扉を叩かんと
逃水の忽然と消ゆ河川敷
土筆摘む婚約指輪光らせて
みじろがぬ太公望や春しぐれ
末黒野に姿くらます鴉かな

 茎 立   福村ミサ子
舗装路のここに尽きをり雉子鳴く
染糸の縺れをほぐす木の芽風
さへづりや寺領を統ぶる大樹より
きさらぎの地べたに置かる葬のもの
捨て積みのものにも命茎立てり
田の畔を斜め上りに土筆摘む


白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
仁尾正文選

   岩 手  佐藤 勲

猫の目の爛爛として春の闇
納税期日増に細る岳の雪
片減りの靴磨きをり啄木忌
手囲ひの燭のごとくに座禅草
花菜漬つましい妻に友数多


    唐 津  谷山瑞枝

木の芽晴脚立を担ぎ庭師来る
看護師の名札ひらがな黄水仙
朝市の一把の太き紫木蓮
人事異動他人事なり四月馬鹿
ネクタイの結び目固き花疲れ


白魚火秀句
仁尾正文
当月英語ページへ

納税期日増に細る岳の雪 佐藤 勲

 二月十六日から三月十五日頃が納税期。この作者は三陸北部に住む。日本海側より積雪は遥かに少ないが寒さの方はずっと厳しい。ために一旦降った雪は中々解けないが納税期頃ともなると麓の方から一日一日痩せてゆくのが見えてくる。待ちかねていた春が漸く到来したのである。冒頭に「納税期」と置いたのは春が来た喜びに加えて納税を終えた一くつろぎをも漂わせている。下句の叙景が作者の胸中をよく伝えてきた。
 「納税期」は季語として定着していると思い込んでいたが、掲句に触発されて確かめてみた。驚いたことに『日本大歳時記』や最近出た『角川俳句大歳時記』はもとより手持の数冊の歳時記の何れにも収録されていないのである。只一つ山本健吉篇の『最新俳句歳時記』にのみ短い解説がなされているが例句はない。平成十三年俳人協会刊の『季題別現代俳句選集』に「父祖の山のみの故郷納税期 今留治子」外一句が独立季語として出ている。「花粉症」や「吹越し」が新季語に加えられているのに身近な「納税期」が認められていないのは文化的な淘汰が不十分、つまり秀れた例句がないということであろう。会員各位にはこの季語に積極的に取り組んで欲しい。

ネクタイの結び目固き花疲れ 谷山瑞枝

 花疲れは花見に行って疲れること。満開の花が放つ生気に疲れ、雑踏に疲れ、花見酒が過ぎて疲れる。
 掲句は、ネクタイの付いた服でおめかしをして花見に行った。そしてひどく花疲れをした。ネクタイを固く結びすぎたのがその最たる因だというのである。
 「半袖の看護師仕事始めかな」という拙作があるが、医師や看護師は温度調整はされているとはいえ厳寒を半袖できびきび仕事をしていることに感じ入る。また、この作者は登山愛好家で日本百名山を踏破し尽すのも間近だと聞いている。それがネクタイの固結びのため花疲れをしたというのは想定外、ユーモラスでもある。滑稽は作者が意図しないとき期せずして生れるもの、それが本物の滑稽だ。

畑打ちの携帯ラジオより俳句 松浦文月

 朝の散歩の折イヤホーンを付けてラジオを聞きながら歩く人とよく出くわす。また掲句の如く畑打ちや剪定作業の折携帯ラジオを畔の木の枝にかけて聞きながらというのもよく見かけ、そういう作品も多い。この句は「携帯ラジオから俳句」の「俳句」が常套を破って面白い。耕人も俳句好きのようで俄かに親しみを覚えたのである。

花筵花びら落ちし上に敷く 山口あきを

 花筵を敷くとき落花の上にということは当り前である。その景をあえて句にしたのは作者に「豆を煮るに萁(まめがら)をたく」という漢詩の如き屈折したものを感じたからでなかろうか。

当才馬と走る少年牧広し 赤城節子

 「当才馬」は北海道の方言であろう。「道産子」とか「凍れる」という方言も今は国語になっているので当才馬も何れ辞典に載るであろう。今年生れた当才馬と少年が広い牧場を馳け抜けている大景、如何にも北海道らしい。

つちふるや不知火型の土俵入り 後藤政春

 大陸の黄砂が偏西風に乗って日本に来るのは迷惑至極だが仕方がない。北京オリンピックではあるマラソン選手が健康を気づかって出場を止めるというニュースも流されていた。掲句の「つちふるや」はモンゴルを意識した季語である。大相撲では東西の横綱が二人ともモンゴル人、この不知火型の土俵入りするのは白鵬関である。大相撲が国際化するのは結構だが日本人力士の不甲斐なさがこの句を作らせたような気がする。

紫木蓮散りて紫うしなへり 中村國司

 紫木蓮が散って三、四日、すっかり色褪せてしまったのを「紫うしなへり」と格調高く詠み上げた。
 この作者は三十歳代前半の頃故橋田一青氏(元栃木県白魚火会長)の門を叩いて俳句に入ってきた。鹿沼における全国大会ではよく働いていた印象が残っているがある時から杳として消息を断っていた。昨夏より再び白魚火へ戻ってきたが掲句など永いブランクを感じさせない芸が見えて喜ばしい。

雪残る三百枚の棚田かな 石川寿樹

 句意は一読の通り。この句の秀句たるゆえんは、単純化が図られ、鏘然としたしらべが快いところ。人口に膾炙した尾崎迷堂の「鎌倉右大臣実朝の忌なりけり」は俳句は韻文である典型。頭掲句について同じ事がいえる。

    その他触れてみたかった秀句     
北窓を開き食欲出さうな日
ぜんまいの拳の向きのそれぞれに
室苺愛づる手窪に転がして
鳥の声人の声山笑ひけり
木瓜の花咲く裏庭の朝が好き
若者のスキー帰りの歯が白し
逃水やインクの瓶の乾きたる
三文の得は望まじ朝寝して
祖母の忌の五十回目の彼岸かな
障子開け夫に見する山桜
大村泰子
宇賀神尚雄
清水清石
根本敦子
福間都早
鶴田幸子
坪井幸子
鮎瀬 汀
松島江治
伊藤巴江


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
白岩敏秀選


       西村松子

午後よりの湖風荒し魞を挿す
永き日や翅あるものはゆるく飛び
産土神の鳥居の際を耕せり
石蓴干すどの路地行くも浜に出て
春愁や決めねばならぬこと一つ


       鈴木敬子

麦秋や火の見櫓は地図になし
それぞれの凧にそれぞれ神の風
印鑑の上下たしかむ蝶の昼
春ショール小雨の路地に替け直す
児の歌の一拍はづる花莚


白光秀句
白岩敏秀


永き日や翅あるものはゆるく飛び 西村松子
 
 春は新しい生命の誕生、復活の季節である。「翅あるもの」とは蝶、蜂などの昆虫の類を指すのであろう。
 彼等は自らの生命を確かめるようにゆっくりと翅を動かす。そして、花から花を巡るのである。あたかも、野の花にあいさつしているように……。
 麗らかな春の野に小さな昆虫たちの生命の輝きを見る作者の目は確かである。平安な心から生まれた一句といえよう。
産土神の鳥居の際を耕せり
 産土神は昔からある地域の守り神。その鳥居の際まで最新式のトラクターが耕している。変化しないものと変化するもの。この反するものが併存しながら、違和感を感じさせないのは、「際まで」としっかりした写生に支えられているからである。作者の技量の高さである。

それぞれの凧にそれぞれ神の風 鈴木敬子

 凧揚げは古くからあり、中国やヨーロッパでも行われていた。日本には中国から渡ってきたという。
 凧揚げは子どもの遊びから村対村の競技そして町おこしの凧揚げまで様々である。
 凧が揚がるのは風を捉える巧さと腕の良さと思っていたが、作者は神の風の助けだと言う。だとすると、大空の凧に唸りを与えたり、糸を通して伝わって来る風の強さは神の悪戯なのだ。凧揚げの楽しさが一つ加わった思いである。
 神を持ち出しながら重々しさがなく、俳人の目が捉えた虚と実の凧揚げである。

春の風邪癒ゆる兆しに紅を引く 郷原和子

 直ぐ治ると思っていた風邪が思いもかけず長引いた。家族にも随分と迷惑を掛けている。早く治らねばと思う。作者は病床にいてじりじりする思いであったろう。
 紅を引くのは気分が良くなって整える身だしなみであり、春の風邪ときっぱりと訣別するための覚悟の証でもあろう。
 主婦の居ない家庭はすっぽりと穴が明いた感じがするもの。改めて主婦の占める大きさを実感する。

春の雨笹小屋の神窓濡らしをり 今泉早知

 旭川で白魚火全国大会が行われたのは平成十五年六月のこと。この時初めてアイヌ墓地、笹小屋、蝦夷山椒魚を見て、ムックルの音色を聞いた。楽しく、懐かしい思い出である。 掲句の笹小屋はあの時のあの小屋であろうか。
 春雨の笹小屋の情況を淡々と描きながら、アイヌの神への敬虔な気持ちが表れている。
 そう言えば、あの時も雨が降っていた。

蓮如の忌湖に日の淡くあり 山岸美重子

 蓮如の忌日は陰暦三月十五日。浄土真宗の中興の祖(八代法主)である。一四九九年に山科御坊で亡くなった。八十五歳。
 この湖は琵琶湖であろうか。京の山科御坊からは近い距離にある。
 三月の太陽が淡々と湖を照らす。湖面に立つ小さな波が淡い光を反射して崩れる。それは無常と言うべき一瞬のはかない光り。
 「朝に紅顔ありて夕には白骨となれる身なり。既に無常の風来りぬれば……」(蓮如の「白骨の御文」)。
 掲句の「湖に日の淡くあり」は作者の地にある諏訪湖に重なる旅の孤心であろう。 

国引の海あをあをと初ざくら 小沢房子

 国引の海とは八束水臣津野命によって、そろもそろに引き寄せられた四つの国が渡った海のこと。
 無辺の海の青さに配された「初ざくら」がまことに初々しい。
 口調も朗々として八雲立つ出雲の国誉めに相応しい句である。

啓蟄や子は外が好き土が好き 池田都貴

 弾んだリズムが快く響く。子どもはまさにこの通り。
 啓蟄の頃はまだ風が冷たい。分別のある大人は風邪を引かぬか、服が汚れはせぬかと色々な心配するが、子どもはそんなことには無頓着。好きなものは好きなのである。初めは躊躇した作者も久々に童心に還り、子どもと一緒に遊びを楽しんだことだろう。作者の満足そうな顔が浮かんでくる。

花に逢ふ八十路の命たまはりて 木下緋都女

 今年もまた花に逢うことが出来た。毎年花を待ち、花を愛でそして散ってゆく花を惜しんできた。そうして積もった齢が八十路である。命のありがたさをしみじみ思う。
 掲句の「たまはりて」は「生かされて」と同義であるが、作者は深い感謝の心を込めたかったのであろう。尊い一句である。
 

     その他の感銘句
春暁の一番投網打ちにけり
泳ぎ出しお玉杓子となりにけり
雪残る彼岸詣となりにけり
高原に春きらきらと来てゐたり
口髭を揺らして泥鰌めかり時
耕せば空の広がる蓮田かな
輝うて輝うて雪解けにけり
榛の花沖に白波尖りをり
花冷や豆腐は水の中で切る
大空にきず一つなし花辛夷
瀬下光魚
安澤啓子
森 淳子
藤元基子
栗野京子
大石伊佐子
西田美木子
服部遊子
浅見善平
中曽根田美子

禁無断転載