最終更新日(Update)'17.04.01

白魚火 平成29年4月号 抜粋

 
(通巻第740号)
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 4月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    久保 徹郎 
「紙ふぶき」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集(一部掲載)坂本タカ女 ほか
白光集(村上尚子選)(巻頭句のみ掲載)
       
大隈 ひろみ 、山田 眞二  ほか    
白光秀句  村上 尚子
栃木白魚火新春句会  江連 江女
白魚火集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
     西村 ゆうき、阿部 芙美子 ほか
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(呉) 久保 徹郎   


鷹鳩と化して金貨のチョコレート  斎藤 文子
(平成二十八年六月号 白光集より)

 金貨のチョコレートには箱を開けた途端にぱっと周りが明るくなるような華やかさ賑やかさがある。海賊の宝箱からじゃらじゃらこぼれ落ちて輝いている情景を連想して心がざわつくような妖しさがある。作者はうららかな日にチョコレートの金色の包み紙を剥がしながら、陽気で鷹が鳩となるのなら、これは金貨がチョコレートになったものかも知れないなと楽しい空想をしているのだろうか。素敵な言葉の組み合わせが様々な空想の世界へ誘ってくれる。

 抜け殻のやうな服吊る花曇  西村 ゆうき
(平成二十八年六月号 白魚火集より)

 山仕事か農作業か一日の仕事を終えて、小屋に帰り作業着のつなぎを脱いで作者はTシャツとジーンズにでも着替えたところだろうか。壁掛けのフックに吊るした作業着はまだ肌の温もりが残っていて人の形をしたままでぶら下がっている。いつもと変わらぬ一日への安らぎとともに、何かしらもの憂い思いを抱きながらぼんやりと窓の外を眺めている。その思いを包むように春の曇り空が広がっている。

 青麦の真中にでんと幼稚園  金原 敬子
(平成二十八年六月号 白魚火集より)

 情景を目に浮かべた途端に思わず笑ってしまった。青麦の鮮やかな緑が一面に揺れている畑が広がる、その畑の真ん中にまるで海原に浮かぶ小さなお城のように幼稚園がある。幼稚園から見れば、周りは青麦の畑しか見えない。そこで皆で歌を歌ったり、走り回ったり、お弁当を食べたりするんだろうな。園児は、きっと青麦のようにすくすくと生命力に満ち満ちた子に育つんだろうな。でんと建っている幼稚園を眺めてみたいなと思う。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 木 曽 馬  坂本タカ女
煤逃げの口笛二階下りてくる
びつしり川岸の日暮の鴨の群
厩栓棒解きて木曽馬雪原へ
木曽馬のまなこ大人し寒の入り
顔振つて黙しとほして白梟
ためし鳴く嘴かさかさと寒鴉
紫の雲の切れ端寒夕焼
人日や電池切らして腕時計

 新年吟行会より  鈴木三都夫
手水舎の寒九の水をもて漱ぐ
舞殿へ舞ふ風花の美しく
寒鴉神木高くゐて翔たず
昼暗き脇参道や笹子鳴く
悴みて女城主の像拝す
落葉溜め戦国の世の仏たち
冬枯れてゐて名園を欺かず
直虎の菩提寺の梅ふふみ初む

 竜 の 玉  山根仙花
豆腐一丁寒暮の水に沈みをり
箒目にこぼれ安らぐ竜の玉
竜の玉ころがつてゐる犬走り
一太刀の竹の切口寒しまる
枯れといふこの安らぎの中にゐる
水餅の水替へし夜を深ねむり
梅一輪空の青さに触れて咲く
春寒し竹の切口水溜めて

 風  花  安食彰彦 
メモ読めず赤くなりたる古暦
初場所の初日いつきに突き出され
風花の白砂の庭に舞ひにけり
風花の眼鏡に触れて消えにけり
風花の葉書に触れて「様」滲む
鳥取の大雪出雲は三糎
大雪の去り青空を残しけり
雪の朝鼬か貂か狸かも

 冬  泉   村上尚子
山彦としばらく遊ぶ冬泉
白鳥の首を揃へて吹かれゆく
鳥発ちて湿原の枯れ極まりぬ
山番の薪割つてゐる深雪晴
風花や鍋の油のささにごり
一つ灯が次の灯を呼ぶ雪催
一言居士マントの裏を見せにけり
春隣水かげろふを橋の裏

 玄海の風  小浜史都女
わが畑の白菜も入れ鍋満たす
猿廻し猿と揃ひの法被着て
黒髪はむかしのことよ氷面鏡
日脚伸ぶ鳩末広に棹になり
雨脚のけぶりて春の遠からじ
玄海の風一輪の梅起こす
初東風や杉山杉をそろへたる
天山の風すかんぽの芽を真つ赤
 寒  雷  鶴見一石子
忽と消ゆ人の寿命や寒昴
喉仏寒さ一つが通りゆく
緋の色は天地の紲寒牡丹
寒雷や関八州を袈裟懸けに
闇奔る祖谷の吊橋雪しまく
炉話の小道具火箸自在鉤
遠き日の戦渦の中の菜雑炊
草餅を手に載せ倖を噛みしむる 
 
 初  蝶  渡邉春枝
朝礼の児童の中の雪達磨
待春の柱時計の進み癖
長過ぐる貨車通り過ぐ寒の月
出棺のあと初蝶の庭に来て
コンサート果つや春月ふりそそぐ
鍬の手を休め蝶々と対峙せり
梅東風や心静まるまで歩き
来し方の人を想へば亀鳴けり

 赤 き 実  渥美絹代
掃く音のしてゐる墓地や山眠る
正月の渡しに乗れば鳥の声
正月の日にあたたまる墓の石
へぎ板に包む饅頭雪催
寒晴や鳥の来てゐる枝の揺れ
赤き実の浮く寒鯉のゐるあたり
藁厚き離れの屋根や凍ゆるむ
雛を吊る桧の台の香りけり

 去年今年   今井星女
去年今年仏間の明り煌煌と
去年今年ウィーンフィルに酔ひにけり
去年今年ベートーベンは永遠に
神だのみ心に秘めて初詣
着ぶくれて本殿までの列つづく
「中吉」とありて頷く初みくじ
食積をしばし眺めて老の箸
手に余る大筆持ちて書き初めす

 湯 湯 婆  金田野歩女
朝靄の川面を奔る冬景色
斜に構へ大きな腹の鱈捌く
湯湯婆を抱へ寝付きの佳き日かな
人日ややつぱり好きな厨事
難問のクロスワードや小正月
鶴唳の空へ向けては直ぐ凍つる
落語会の余韻ほつこり雪明り
流氷の塊打上がる風の向き

 梅 二 月  寺澤朝子
境内に細き流れや寒明くる
観梅のこよなき日和賜りぬ
込み合うて湯島は梅の花ざかり
等身の鏡花筆塚梅二月
梅白し樹下に嫁御の綿帽子
ちゝと跳びくゝとついばみ梅に鳥
梅が香や甘酒クレープよく売れて
撫で牛の背に散る梅の二三片


鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

 寒 の 水 (宇都宮)星田 一草
初護摩の銅鑼本堂を満たしたり
奥の院の榾火の温みふところに
双耳立つ筑波山の裾の初霞
クレーンの動き出したる四日かな
大枯野玩具のやうな電車ゆく
轆轤場のバケツに濁る寒の水

 寒  昴 (東広島)奥田  積
元旦の空や鳶の大きな輪
SLのゆらしてゆける冬木の芽
石庭の白砂のまぶし竜の玉
寒晴や町で人気の珈琲館
ほんたうののぞみはむねに寒昴
宿坊の朝勤行の冴返る

 若 菜 粥 (松 江)梶川 裕子
極月や庭師のたたむ長梯子
冬の雲割つて日の射す天守閣
宍道湖の冬波均す鳶の笛
破魔矢持つ人の駈け出す発車ベル
初詣絵馬の一つに異国文字
花柄の土鍋一人の若菜粥

 寒  夜 (藤 枝)横田 じゅんこ
かいつむり見詰められては潜きをり
たまさかに独りの不安膝毛布
相槌を打つ人のなき寒夜かな
大寒や外して重きイヤリング
切手から鳥の飛び立つ寒の明け
一山の芽吹きに序列ありにけり

 迎 春 花 (苫小牧)浅野 数方
神座拭く巫女の黙礼室の花
雪女郎一望千里の白き闇
厄払真つ正面にオホーツク
九十五歳の五体満足鬼は外
ちりちりと蒟蒻炒め余寒かな
迎春花晩年といふ贈り物

 冬に詠む (松 江)池田都瑠女
冬紅葉隠岐にやさしき京言葉
炬燵船冬日を曳きて堀めぐる
冬帽を押さへ大橋渡りけり
麻酔から覚め冬薔薇の香の中に
活け直す水仙外へ向きにけり
菰を着て恥ぢらふ如き冬牡丹
 鳶 の 笛 (多 久)大石 ひろ女
風紋に拾ふ貝殻日脚伸ぶ
ささやきのごとき潮風冬椿
風花や吾に弧を描く鳶の笛
犬死すといふ哀しみの寒昴
亡骸に持たする念珠や寒の菊
大寒の空鈍色に日暮れ来る

 偉さうに (群 馬)奥木 温子
偉さうに冬将軍の胴間声
凩は前山に住み我に吹く
一穂の灯明揺るる隙間風
雪掻いて洗濯物を干しに行く
石垣の雪の剥がれて空つ風
月痩せて春待つ光輝かす

 ど ん ど (牧之原)辻  すみよ
ご祈祷の太鼓漏れくる初詣
どんど火や焼き損ねたる餅転ぶ
照り翳りして風花の舞ふ日和
参拝の人に焚火のおもてなし
ひとつ咲きひとつ蕾の冬牡丹
釈迦牟尼の障子明りに御座しけり

 春 の 雪 (東広島)源  伸枝
段畑の風の荒さや冬すみれ
昼灯す牛舎や小さき軒氷柱
蔵町の星のきらめき春近し
春立つや背伸びして拭く硝子窓
舟洗ふ早春の水はじかせて
手紙書く窓辺に舞へり春の雪

 吹  矢 (松 江)森山 暢子
冬眠に仮眠といふはなかりけり
奥底の戦は遠し冬蕨
極月や吹矢の手入れしてをりぬ
狐火や子に持たせやる熱冷まし
端銭数へ直して女正月
人麿の終の住処も雪二尺

 薺  粥 (栃 木)柴山 要作
楮煮る八溝峯の風に湯気飛ばし
紙を漉くちやこんちやこんと水をどる
漉き重ね嵩なす紙の滴れる
野仏の新なる頭巾明の春
人日や焼芋売りの声のどか
それなりに癒えて二人の薺粥


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 大隈 ひろみ(呉)

耳もとに越の海鳴り蕪鮨
鶴首の古き一壺や水仙花
冬籠羊羹厚く切り分けて
冬の日や廊下に拾ふ子の玩具
大寺の畳を歩く余寒かな


 山田 眞二(浜 松)

決めし事小さく唱へて初山河
日の丸のはためく仕事始かな
風花や木剣高く振りかざす
正眼の構へを正す寒稽古
大寒の庭に干さるる剣道具



白光秀句
村上尚子


冬籠羊羹厚く切り分けて  大隈ひろみ(呉)

 呉市にお住まいの作者にとっての「冬籠」は、北国の過ごし方とはおのずと違うはずである。しかし、寒い間はどこに住んでいても閉じ込もりがちになり、気分も冴えない。そんな時、ほんの少し日常と違ったことがあることで、楽しい時間を過ごすことができる。「羊羹厚く切り分けて」、には作者の心遣いとやさしさが見える。回りにいる家族の弾んだ声も表情も窺える。文章にすれば何倍もの言葉を要するところである。
 今年の各地の雪の量は並み外れている。「冬籠」ばかりしていては命にもかかわる。一日も早い春の訪れを待つばかりである。
  耳もとに越の海鳴り蕪鮨
 北陸の旅の一齣を、波音と「蕪鮨」という郷土料理により、分かりやすく表現している。

日の丸のはためく仕事始かな  山田 眞二(浜 松)

 祝日に町並で「日の丸」をあまり見掛けなくなったのはいつ頃からだろうか、と考えている。我が家の箪笥にも眠ったままである。祝日は随分増えているというのに…。作者が警察官であるということから、この場所は警察署である。一句からは「日の丸」を正視する姿と、仕事に対する覚悟と緊張感が伝わってくる。我々の暮しは、そのような中で守られて成り立っている。
  正眼の構へを正す寒稽古
 励んでこられた剣道も六段という。「正眼の構へを正す」は、掲出句に加え、厳しさをも感じさせる。又、寸暇を惜しみ、俳句に集中する姿にも重なって見える。

大きめの棕梠の束子や女正月  佐藤 琴美(札 幌)

 「棕梠の束子」とは俗にいう亀の子束子であろう。最近は見た目にきれいな束子はたくさん売られているが、いつの時代になっても良いものは良い。「大きめ」というところ、そして「女正月」との取り合わせにより、異彩を放った。主婦はやはり忙しい。

日向ぼこ大法螺吹きがゐてたのし  鈴木 ヒサ(牧之原)

 一人だけでする「日向ぼこ」ものんびりして良いが、気心が許せる仲間とするのはまた楽しい。この句の眼目は何と言っても「大法螺吹き」にある。作者が九十歳と知り、また驚いた。賑やかな声がいつ迄も耳元に残る。

日向ぼこしり取りことば出し尽くし  須藤 靖子(雲 南)

 同じ「日向ぼこ」でも、ここでは「しり取り」をしていた。その言葉も「出し尽くし」とは、かなり長い時間が経っていたのであろう。頭の運動にもなって良い。いずれも作品も賑やかである。

傘の雪落とし山門潜りけり  中村美奈子(東広島)

 どの位の距離を歩いて来られたのだろう。山門の前に着いた時は雪で傘が重くなっていた。言葉は少ないが、この時の作者の敬虔な姿がよく見えてくる。

初鏡つくづく後期高齢者  高田 茂子(磐 田)

 毎朝向かう鏡も、新年には特別な気持になる。作品もおのずと晴れやかなものが多く見られる。又、改めて年齢を再確認するものも多いが、掲句はずばりと「後期高齢者」と言っている。「つくづく」には、大いに共感させられた。

頭より外す手拭年暮るる  宮﨑鳳仙花(群 馬)

 普段も元気で外のお仕事をされているのであろう。家に入る時、かぶっていた「手拭」を外すことはいつもしていることかも知れないが、気持の上ではいつもと違った。今年も元気で働けた、という思いが「年暮るる」により、作者の思いとして表現されている。

手に受けてより風花の募りけり  榛葉 君江(浜 松)

 「風花」のことを群馬県では〝吹越〟と呼ぶそうだが、この現象は太平洋側で見られるもの。それにしても作者にとって「風花」は珍しい。思わず「手に受けて」喜んでいるのである。しばし雑念を忘れ、童話の主人公の少女になり切っている。

なまはげの面をはづせば人となる  杉山 俊子(宇都宮)

 「なまはげ」は、秋田県男鹿半島に伝わる正月の行事。テレビでしか見たことがないが、あの声と姿で目の前に迫られたら、大人でも尻込みしてしまうだろう。役目を終えて面を外した時のギャップが面白い。

待春やクロワッサンのやうな雲  小松みち女(小 城)

 比喩にもいろいろあるが、この「クロワッサン」は新鮮である。誰が読んでも情景がよくわかる。「待春」の季語と「や」の切れも効果的であり、文字通り、春を待つ気持が伝わってくる。


    その他の感銘句
猫舌もゐて鮟鱇鍋のクラス会
元朝や事のはじめは厨から
覚えたてのじやんけんはぱあ春隣
寒垢離の口元かたくしてゐたり
立春大吉句座に青年一人ゐて
えべすさまの耳たぶを撫で残り福
髪切つて風邪の神とも縁を切る
初競の金魚尾鰭を振つて見せ
雪雲や緊急ヘリの点となる
病院の花活け替はる二月かな
風花や約束忘れられしまま
手放せぬ母の形見のちやんちやんこ
話すこと尽きてしまひぬ日向ぼこ
雪のせて一番電車の通り過ぐ
雪の日は頭突きのやうにして歩く
吉川 紀子
水出もとめ
池森二三子
植田美佐子
小林さつき
阿部芙美子
広瀬むつき
鈴木 敬子
栂野 絹子
荻原 富江
稗田 秋美
斉藤かつみ
落合 勝子
原田 妙子
小嶋都志子


白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 鳥 取  西村 ゆうき

飽食の胃の腑へ落つる七日粥
少女らのくすくす笑ひ日脚伸ぶ
軋ませて木橋を渡る猫柳
山焼や太陽白く烟らせて
春寒や煎じ薬のふつふつと

 
 浜 松  阿部 芙美子

水鳥の湖は比叡の影に入り
焚火番どかと坐りて差配かな
雪吊に縄のゆるみの二三本
北斎の男波女波や年明くる
寒林の影の等しくありにけり



白魚火秀句
白岩敏秀


飽食の胃の腑へ落つる七日粥  西村ゆうき(鳥 取)

 戦後の食料不足の時代を過ぎて、現代は飽食の時代と言われている。何時でも十分に食料が手に入り、飢えることを知らない日本人の生活。そんな美食、飽食になれた胃に七日粥が落ちてきた。万病や一年の邪気を払う七日粥は正月腹を労るようでもあり、飽食の戒めのようでもある。思わずお腹に手を当ててしまいそうだ。
  春寒や煎じ薬のふつふつと
 家人の誰かが病気なのだろう。はじまったばかりの春の寒さのなかで、病人の身を案じながら煎じ薬の煮え立つ音を聞いている。病人のことも、なかなか効き目を現さない煎じ薬のことも、全て「春寒や」のなかにある。

雪吊に縄のゆるみの二三本  阿部芙美子(浜 松)

 雪吊りは雪折れを防ぐため、庭木などの枝を縄などで添え木や木の幹からつり上げておくこと。円錐形にぴんと張った縄が冬空に美しい。ところが、そのなかの二三本の縄に弛みを見つけた。枝に積もった雪が融けて、縄に余裕ができたのである。少しずつ近づいてくる春を、雪吊りのゆるみに発見している。
  小さな縄の弛みが春という大きな喜びに繋がっている。

冬かもめ鳴き合ふ海の碧さかな  原  和子(出 雲)

 『白魚火』の二月号の句会報に「白魚火坑道句会再開」が載った。再開までの苦労や経緯が、渡部幸子さんの丁寧な文章でよく分かる。「坑道句会」は故小林梨花先生が仁尾先生のあとを引き継いで育てて来られた句会である。
 句会当日の前日の雨も上がって、からりとした冬晴れであった。遠くに十六島の海を眺めて、湾内は深く沈んだような碧さの凪。たくさんのかもめが鳴いていた。おだやかな日和のなかに「坑道句会」は再開した。

深雪晴声のよく似る嫁姑  藤尾千代子(東広島)

 嫁姑とはよく言うが、婿姑は言わない。婿姑は仲が良いのだろうか、不思議である。この句の嫁姑は声が似るほど仲がよいのであろう。ご主人たちはよく似た嫁姑の声を上手に聞き分けている。仲のよいことはよいことだ。雪国に住む平和な家族の平和な一日がある。

節分や今年も鬼の役となり  井本 京子(唐 津)

大好きな先生が鬼豆打てり  大石 益江(牧之原)

 両句とも幼稚園での節分の情景。
 一句目。井本京子さんは保育士さん。元気な園児たちに囲まれての毎日である。今日は恒例の節分の豆撒きの日。福豆も鬼の面も準備して、さて、鬼は誰がなるか…。「あ~ やっぱり わたしだ」
 園児たちの撒く豆に追われたり、鬼の面で驚かしたり、幼稚園は大騒ぎ。園児たちの楽しい思い出となる節分である。
 二句目の大石益江さんの句は、お孫さんが話してくれたことかも知れない。
 「あのね 今日、幼稚園で豆撒きしたの。そしたらね、大好きな先生が鬼になっちゃったの」と続く話に、頷きながら聞き入っている。大好きな先生と過ごす子どもたちの元気な姿が想像できて、微笑ましい。

冬耕のうしろ姿に挨拶す  清水 純子(浜 松)

 冬空に耕耘機の音を響かせて田を耕している人がいる。同じ集落に住む人は顔を見なくても、姿形で誰彼と分かる。だから、うしろ姿に声を掛けたのである。相手もさる者、振り向きもせず、片手を上げて応えてくれた。声の主が誰か分かっているのである。農村に住み、農村のよさを伝えている一句。

電線の張り弛みなき霜夜かな  中村 和三(長 野)

 身を切るような冷たさのなかを街灯に照らされながら帰る。星空を仰いだ目に、電線が弛みなく強く張っている。
 霜夜の凜冽な冷気を「電線の張り弛みなき」と目に見える形で、具体的に表現してみごと。

さくらの芽タイムカプセルこの辺り  熊倉 一彦(日 光)

 学校を卒業して、何年後に開けようと約束して埋めたタイムカプセル。流れ去った歳月が埋めた場所を曖昧にしてしまった。幼い時の夢や希望が叶った者、叶わなかった者。埋めた者に変化があっても、桜は変わることなく芽吹きをはじめている。

笑顔よき人の来てをり春炬燵  高野 房子(新 潟)

 春になっても抜け出すことができない炬燵での生活。そんなある日、友達が訪ねてきた。気の置けない友なので会話も弾む。話しながら見せてくれる笑顔も素敵。日の永くなった部屋の炬燵でついつい長話…。


    その他触れたかった秀句     

歳旦の闇を澄ませて技芸天
切株に腰を掛くれば笹子鳴く
海苔掻女しぶき浴びつつ島移る
二人居て二つの椅子や日向ぼこ
声にする立春といふひびきかな
シーソーの声跳ね上がる春隣
亡き母の昭和を生きしちやんちやんこ
日めくりの薄きをゆらす隙間風
若菜摘む土橋一本渡りけり
まゆ玉の下を通りしのみに揺れ
山茶花や目の高さより咲き出せり
受験生無人駅より発ちにけり
ときどきは振り向くやうに冱て返る
いくたびも積もる雪掻き帰り待つ
猫柳小流れに音生まれけり

檜林 弘一
松本 義久
福間 弘子
髙島 文江
萩原 峯子
鈴木喜久栄
富士 美鈴
土江 比露
飯塚比呂子
佐々木克子
青木 幸代
久保美津女
高内 尚子
朝日 幸子
谷田部シツイ

禁無断転載