最終更新日(Update)'17.03.01

白魚火 平成29年3月号 抜粋

 
(通巻第739号)
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 3月号目次
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季節の一句    柴山 要作 
「短 き 橋」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集(一部掲載)坂本タカ女 ほか
白光集(村上尚子選)(巻頭句のみ掲載)
       
後藤 政春 、吉田 美鈴  ほか    
白光秀句  村上 尚子
旭川白魚火忘年・新年句会  沼澤 敏美
浜松白魚火初生句会  松本 義久
白魚火集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
     斎藤 文子、落合 勝子 ほか
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(栃 木) 柴山 要作   


梅咲いて師の一周忌近づきぬ  大澄 滋世
(平成二十八年五月号 白光集より)

 掲句は一読して故名誉主宰仁尾正文先生のことを詠んだ句であることが分る。ご存知のとおり仁尾先生は平成二十七年二月二十一日にご逝去され、同二十四日、仁尾家と白魚火社との合同葬が多数の参列者のもと、しめやかに執り行われた。
 作者は早咲きの梅の花を見た時、敬愛してやまない先生のお姿が目に浮かび、もう一年経つのかと、強く感じたのではないか。「梅咲いて」のフレーズは実景を詠んだものであろうが、先生のお人柄、さらには凜として骨太な先生の俳句を想起させる。
 私も行事部を担当させていただいた時、先生のご指導に預かる機会が多々あり、改めて先生のご恩に感謝し、ご冥福をお祈りしたい。

舌出して逃げ足速き畦火追ふ  町田  宏
(平成二十八年五月号 白光集より)

 「畦火」は「畑焼く」の傍題で、害虫の卵や幼虫を絶滅させるため畦の枯草などを焼き払うことで、早春の大事な農作業である。
 掲句はまさに、この光景を活写したもので、畦焼きがそろそろ終わりに近づいた頃の様子だろうか。消えかかった畦火がまたちょろちょろ風に煽られ燃え出し、それを必死に追いかけ消そうとしている様がよく描かれている。「舌出して逃げ足速き」が絶妙な表現で、体験者でないととても詠めないのではないか。

一斉に飛び立つ羽音春浅し  谷田部 シツイ
(平成二十八年五月号 白魚火集より)

 一読、何のてらいも無く、木々または田畑などから小鳥が一斉に飛び立つ光景を「羽音」に焦点を絞って詠んだものである。まだ風は冷たいが春が来た喜び、さあ頑張るぞとの作者の気持が伝わってきて楽しい。
 あまり息張らず、自然の推移や日常の生活をよく見て、心に感じたことを素直に詠んでいくことの大切さを示した作品と言えよう。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 ひよんの実  坂本タカ女
ひよんの実や滅多にあけぬ小抽出
よく眠るやう枝くくる雪囲
年月を経し表札や注連飾
僅かばかりの明日の米とぐ虎落笛
牛飼ひに牛が甘ゆる遠雪嶺
失はれゆくアイヌ語や雪しまく
電柱に雪しがみつき吹雪止む
雪虫や万年筆のインク切れ

 空 つ 風  鈴木三都夫
山芋の届けてありし勝手口
雨に濡れ色の戻りし落葉かな
いろいろな色の落葉を踏みにけり
寒々と粧ひ落す銀杏かな
潔く裸木となりおほせたる
屋敷より続く山畑笹子鳴く
山の日のやうやく届く日向ぼこ
名にし負ふここ遠州の空つ風

 初  湯  山根仙花
目の前の大きな山の眠りけり
寒禽の声の行き交ふ雑木山
短日の針穴に糸通しけり
こぼれ出て山の日を受く竜の玉
他所の子が来て笑ひ初め泣き初め
九十の痩身初湯溢れしむ
老いて尚書くこと多し初日記
豆腐二丁離れて沈む三日かな

 年  玉  安食彰彦 
くさめして電話の言葉聞きもらす
懐炉貼る心も所作もあらたまり
白魚火誌一寸重たき新年号
戸主の座も主婦の座もなく年迎ふ
年玉も福澤翁がよろこばれ
心には羽織と袴大旦
胎内に光を宿し年迎ふ
幸は今ここにあり松の内

 鰤 起 し   村上尚子
御明かしの一列に年改まる
雪激し闇にまたたく灯が一つ
雪深くなる六日町十日町
寒灯を寄せ酒蔵の段梯子
寒造湯気天井を舐め尽す
風音や越後の夜の白障子
目の前に佐渡見えてをり鰤起し
日本海の波音に雪舞ひ上がる

 天  山  小浜史都女
枯色はあたたかきいろ明るき色
裸木に匂ふばかりの星一つ
猪垣は胸の高さや山眠る
霜踏んでオリオンの座をたしかむる
竹やぶの上に杉山笹子鳴く
天山の泰然とあり初茜
天山を降りてきたりし雪女郎
源流はダムのある山若菜摘
 年惜しむ  鶴見一石子
冬木立新粧なりし加波神社
霜柱踏み来し方を噛みしむる
蕎麦掻は生醤油が美味七味好し
年の瀬の祢宜の直言福賜ふ
ステーキを孫と楽しみ年惜しむ
初日出づる気配潮筋動き出す
倖せは家族揃ひし屠蘇の膳
磯節の聞こゆる沖の初明り 
 
 初  日  渡邉春枝
初日待つ静かな刻のありにけり
初茜傘寿の命永らへて
見馴れたる山々を染め初日の出
初日さす庭の隅なる我が句碑に
はやばやと灯す佛間に淑気満つ
添書の言葉うれしき賀状かな
今も掌に母のぬくもり年酒酌む
元日といふも変らぬ物を着て

 竜 の 玉  渥美絹代
磐座にくひ込む木の根冬夕焼
十二月八日ま直ぐに煙立つ
ひとつ欲し師の句碑の辺の竜の玉
蕎麦を打つ板間のつやや十二月
銅像の肩に枯木の影届く
かくも目のつみたる板戸山眠る
注連作るあをさ足らざる藁をもて
寒の堂借り新作の能面展

 神の留守   今井星女
好きなだけ寝て好きなだけ食べて秋
女医として俳人として菊の宴
勝相撲羽織袴でインタビュー
関取りの素顔愛らし秋日和
縁結び定むるといふ神の旅
神の旅新幹線か飛行機か
神主も旅行に出たる神の留守
推敲に推敲重ね神の留守

 特 等 席  金田野歩女
冬日和落款息を整へて
届いたる蜜たつぷりの冬林檎
マスクして待合室の混み合へる
地球儀のやうな杉玉空つ風
誰彼と声掛けらるる初詣
何時の間に声変りして初電話
読初や二冊一気に師の句集
窓際の特等席へ室の木瓜

 歌かるた  寺澤朝子
東国に嬥歌のむかし山眠る
寺町の夜道明るし臘八会
漱石忌ときに伸びして悴け猫
小刻みに地震のくるなり年の瀬も
明かあかと灯る交番除夜詣
曖昧な初夢であり夢は夢
父在らば父が読み手の歌かるた
松過ぎてやうやうひらく新刊書


鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

 山 眠 る (牧之原)桧林ひろ子
夕闇の濃くなるばかり枇杷の花
枝振りを顕に冬の木となれり
装ひを少し残して山眠る
常に見る景あらたまるお元日
落椿向きそれぞれに散らばれる
落椿墓の周りを明るうす

 団扇太鼓 (出 雲)武永 江邨
痩せ腕で団扇太鼓や初詣
境内に明かり連なる初詣
賀状読む一瞬顔のよぎりをり
慣れといふことの怖さよ豆行火
気遣ひの温度低めの初湯かな
お客はや帰り支度の三日かな

 初  詣 (出 雲)三島 玉絵
初凪や石投げて聞く湖の声
八雲山にぽつと日の射す初社
初暦子の嫁ぐ日を二重丸
番内と共に撮らるる初詣
触れて聞く神馬の息や初詣
狛犬の裏白乾ぶ四日かな

 炬  燵 (浜 松)織田美智子
ひもとけばすぐ眠くなる炬燵かな
冬木立歩幅大きく人の過ぐ
足裏のよろこぶ落葉踏みゆけり
虎落笛日記がはりの句をしるす
大方は省いてしまふ年用意
見るたびにほほゑみ返す冬牡丹

 冬  日 (浜 松)上村  均
冬耕や地をゆるがして電車過ぎ
重たげに三脚担ぎ行く枯野
虎刈のやうな杉山冬の鳶
寒禽や手すり頼りに坂登り
大海の波の白きに冬日落つ
いと狭き浜辺の畑に雪舞へり

 初 護 摩 (宇都宮)加茂都紀女
ならひ哭く茶臼岳はマグマ懐に
声張つて般若心経読始
不動明王正面の大鏡餅
初護摩の烈火を煽る鬼太鼓
書初や尼僧の無垢の白襷
裏茶臼岳登る吹雪を身にまとひ
 冬 の 梅 (群 馬)関口都亦絵
里宮の四手の雪白冬の梅
笹子鳴く忠治処刑の跡地かな
触れてみる観音堂の狐罠
去年今年良き榾を焚き神の庭
大利根の水の碧に初明り
主菓子はこがらしといふ初点前

 初  暦 (松 江)福村ミサ子
初暦めくるや今年動き出す
ハスキーな声も混れる初諷經
湖見ゆる席譲らるる初電車
読初や栞入れたる頁より
七日粥阿蘇の小国の草入れて
しら魚の不漁を託つ湖漁師

 香 炉 灰 (群 馬)金井 秀穂
借景の榛名遠目に松手入
吹越の先は榛名に及びけり
旋風落葉巻き込み庭走る
香炉灰篩ひ浄めて掃納
息白く箱根の山を駆け下る
賀状はたと途絶えし人のこと想ふ

 裸  木 (牧之原)坂下 昇子
吟行の皆が付けたる草虱
早々と暮るる山の日冬紅葉
日に消えてまた現るる雪蛍
裸木となりて樹齢をあらはにす
舞ひ上がり舞ひ散る木の葉冬の瀧
冬砂丘弘法麦が種こぼす

 数 へ 日 (八幡浜)二宮てつ郎
老眼鏡掛けて外して十二月
寒禽の声雨上がり来たりけり
戸を打てる音の初雪らしきかな
昼の声夜の声枯木何話す
何となく日の過ぎやすし冬至以後
数へ日の今日は墓石の光る日か

 初  雀 (浜 松)野沢 建代
ひと雲も置かぬ空ありお元日
登城路の石に角なし初雀
注連縄の幣に風ある城の井戸
式台に初春の日の廻り来し
武者隠しに簾を垂らし三日果つ
二の丸の茶室へつづく牡丹の芽


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 後藤 政春(高 松)

十二月八日抜歯の親不知
干されたるジーンズに這ふ冬の蜂
手づかみで呉るる海鼠の重さかな
日溜りに動かぬ爺と冬の蝶
寒さうな子連れの猿と目が合ひぬ


 吉田 美鈴(東広島)

冬木立道まつすぐに明の廟
木守柚明るき星の出でにけり
小春日や水面を走る鳥の影
初稽古ピアノのペダル深く踏み
ふるさとへ近づく列車毛糸編む



白光秀句
村上尚子


十二月八日抜歯の親不知  後藤 政春(高 松)

 「親不知」は人間の三十二本の歯のうち、最も遅く生える上下左右四本の奥歯を指す。歯ブラシが届きにくいためか、虫歯になりやすいという。作者はこの日思い切ってその歯を抜いた。
 昭和十六年「十二月八日」は、日本軍が真珠湾においてアメリカ艦隊を奇襲し、太平洋戦争へと突入した日である。その歴史とほぼ一緒に人生を歩んできた。七十五年以上経過した現在も、真珠湾には撃沈された戦艦の油が海に漏れ続けているという。
  寒さうな子連れの猿と目が合ひぬ
 最近は餌の不足により、動物が人里へも出没する。そのなかの「子連れの猿」と目が合ってしまった。表現は平明だが、その視線がいつまでも心から離れなかった。作者のやさしさが垣間見える作品である。

木守柚明るき星の出でにけり  吉田 美鈴(東広島)

 柿も柚子も秋の季語だが、「木守柿」「木守柚」は冬の季語となる。その風景には秋の華やかさはないが、特に俳人にとってはありがたい句材の一つでもある。作者はこの日、一つだけとなった柚子に注目していた。やがて一番星が点り始め、昼間見ていた柚子の明るさは、いつしか星の明るさに変わっていった。切字により、言葉少なく深まりゆく冬の景が的確に表現されている。
  ふるさとへ近づく列車毛糸編む
 作者は、時々車窓の景色に目をやりながら指を動かしている。マフラーか、あるいは帽子だろうか。ふるさとへ近付く喜びと、少しずつ形になってゆくものが見えてくる。一人だけの心満たされた時間である。

若木切る音山中に響きけり  佐川 春子(飯 田)

 正月を迎えるために用いる木を切ったのである。長野県の山々に囲まれて暮している作者だが、今日は特別な思いでこの音を受け止めている。南アルプスや中央アルプスも、日に日に雪の白さを増すことであろう。

一の宮二の宮もみぢ散りしきる  原田 妙子(広 島)

 一読して先ずリズムが良い。無駄な言葉が無い。景が良く見える。「一の宮二の宮」からは、この土地への畏敬の念と親しみが感じられる。

吸ひつきし酢蛸包丁はじめかな  髙島 文江(鹿 沼)

 元日の家事を省くために、年末のうちに準備をすますのだが、全てそれに頼ることもできない。掲句の「包丁はじめ」に先ず登場したのが「酢蛸」であり、吸いつかれたと大げさに表現したところが面白い。

鰤起し東尋坊を叩きをり  髙部 宗夫(浜 松)

 「鰤起し」は、能登をはじめとする北陸地方で鰤の漁期に発生する雷のこと。また「東尋坊」は、福井県の海食崖の景勝地である。擬人化された雷がそこを叩いたと言ったところにこの句の面白みがある。

長老の声に張りあり謡初  古家美智子(東広島)

 「長老」とは、その道で経験を積んだ人や年老いた人の敬称である。目の前のその長老の声にすっかり聞き入っているのであろう。流行歌ではなく、最近聞く機会も少なくなった謡曲だったというところも正月らしい。

すが漏りの野菜売場を移しけり  山羽 法子(函 館)

 温かい地方に住む者にとっては馴染のない季語である。「すが漏り」とは、軒先にできた氷の堤のようなものが、室内の暖かさで解ける現象だという。それでは大切な商品が濡れてしまう。急いで野菜売場を移した。北海道ならではの作品である。

かつぱう着脱ぎて加はる初写真  町田由美子(群 馬)

 主婦なら誰でもきっと経験があることだろう。お正月とは言え、とにかく主婦は忙がしい。急かされてどうにかその場の端に加わった。「かつぱう着脱ぎて」が全てを語っている。賑やかな声が写真へも納められた。

床の間の空の大甕年つまる  佐藤 琴美(札 幌)

 主婦にとっての年末は、何かとめまぐるしい。作者は掃除をしながら、床の間の「大甕」が気になった。甕は空でも充分存在感があるはずである。しかし年末ならではの思いが、念頭をかけめぐっているようだ。

お正月膝から膝へ赤子来る  櫻井 三枝(牧之原)

 日頃離れて暮らしている親族が、一同に顔を合わせるのも「お正月」の楽しみの一つである。そこへ新たに赤ちゃんが加わった。「膝から膝へ」はいたって具象的であり、一族の繁栄にもつながる喜びそのものである。


    その他の感銘句
小晦日ふはふはすするカプチーノ
喪の便り雪の便りと届きけり
父の忌や大きストーブ囲みをり
すつと抜く海老の背腸や冬に入る
初鏡老いを顕に写しけり
冬将軍来たり赤子の蹴るは蹴るは
初売の菓子の袋に小さき鈴
メモ置きて帰る見舞や十二月
北風の瀬戸に下るればやはらかく
聴診器ぴたりと咳の胸を押す
草もみぢ猫の寝床となりてをり
前厄に入るや砕くる冬の海
福だるま鼻の高さで決めにけり
煤逃の爪弾くギター二階より
泣初の「兄ちやんが」しか聞き取れず
牧沢 純江
吉田 智子
鈴木 敦子
秋穂 幸恵
大石美枝子
永島 典男
稗田 秋美
佐藤陸前子
池森二三子
石田 博人
広川 くら
計田 芳樹
三浦 紗和
秋葉 咲女
塚本美知子


白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 磐 田  斎藤 文子

冬霧の中より汽笛フェリー来る
岬回に小春の貝を拾ひけり
待ち合はすホテル聖樹に灯の入り
初鏡祖母に似てきし顔のあり
欅の木枝張りきつて初御空

 
 牧之原  落合 勝子

籾殻を焚く人影の老いにけり
初霜や夕べの寒さ予感して
ゆるゆると時が流れて松の内
水仙の香りの中に人の住む
おだやかな日と書き出して初日記



白魚火秀句
白岩敏秀


岬回に小春の貝を拾ひけり  斎藤 文子(磐 田)

 岬回(みさきみ)は岬のまわり、岬の周辺のことをいう。岬の雑木もそろそろと葉を落とし始めた。波音も少し尖って来た感じがする。そんなことを考えながら散策の途中で拾った貝殻。日常的な行為が「小春の貝」と表現されてロマンチックな詩情の世界を広げた。言葉のもつ魔力である。
  待ち合はすホテル聖樹に灯の入り
 まだ来ない友を待ちながら、クリスマスツリーをぼんやりと眺めている。短い冬の日はあっという間に暮れて聖樹に灯が入った。それに合わせたようにロビーに友達の声が弾けた。途端に待っていた時間も弾けて消えたことだろう。クリスマスの楽しい時間が始まる瞬間である。

籾殻を焚く人影の老いにけり  落合 勝子(牧之原)

 籾殻を焼けば今年の農作業は終わりとなる。長い米作りの一年であった。今、籾殻を焼いている人影はご主人なのだろう。若い時分には頑丈だった足腰も随分と弱くなった。
 「老いにけり」に一緒に人生を歩んで夫への深い労りと感謝の念が籠もる。
里神楽指の先まで鬼になり古家美智子
(東広島)
 里神楽は神を題材にしたものが多いが、鬼の出てくる神楽もある。これは地方に長くから伝承されてきた神楽なのであろう。忙しい仕事の合い間に稽古をして、今日は晴れの舞台である。「指の先まで鬼になり」に舞い手の気迫が出ている。鬼になりきること、伝統を守っていくこと、どちらにも熱意が籠もる里神楽である。

母はまだ何かしてをり除夜の鐘  荒瀬 勝枝(出 雲)

 母はいつ寝て、いつ起きるのだろうと思う程よく働いている。年用意も終わって、皆が除夜の鐘を聞いているのに、台所でまだ何かしている。いつも助けられている母に感謝しながら、母の無理を心配している娘。年中無休の主婦業は、なかなかゆっくりと休んでいられないのである。

初風呂や仕事を持たぬ素手素足  花木 研二(北 見)

 現役の頃は仕事一筋で過ごしてきた。職を退いてゆっくりと入る初風呂。かつては、仕事のために一生懸命に働いた手足も、今は仕事を持たぬ手足となってしまった。「素手素足」には身を鎧うものを捨てて、一日一日を大切に生きていこうという気持ちが滲んでいよう。

惜しみなく部屋あたためて年送る  渡辺 晴峰(津 山)

 家族揃っての年越し蕎麦も終わり、あとは静かに年を送るだけである。家族全員が暖かい居間に集まり、除夜の鐘に去っていく一年に思いを巡らす。惜しみなく暖められた部屋は、去っていく年が仕合わせだったことを物語っている。

若水を汲んで気概の詣でかな  杉原 栄子(出 雲)

 元旦の朝一番に汲んだ若水。その若水で雑煮を祝い、産土へ初詣でに行く。今年の目標の貫徹を祈願して、鈴を強く振り柏手を大きく打つ。強い気概を持っての初詣でである。これでは、神様も無下に放ってはおけないことだろう。

風生句集買ふあたたかき年の暮  加茂川かつ(牧之原)

 富安風生は先師西本一都の師にあたる。
 作者は風生の句集一冊を買った。或いは富安風生句集『愛は一如』(鈴木貞雄編 ふらんす堂)だったかも知れない。
 いずれにしても、「白魚火」とゆかりのある風生の句集に作者はこころ惹かれたのである。気候のあたたかさに師の師という絆のあたたかさが加わっている句。

故郷の近くに住みてちやんちやんこ  中嶋 清子(多 久)

 〈ふるさとは遠きにありて思ふもの…〉と室生犀星は詩に書いた。作者は故郷の近くに住んでちゃんちゃんこを着ているという。ちゃんちゃんこという気取らない恰好が、故郷への親しみを一層近くしている。〈ふだん着でふだんの心桃の花 細見綾子〉の故郷である。


    その他触れたかった秀句     

暮れ残る湖の白さや浮寝鳥
水鳥は池の真中に暮れにけり
一湾を海鳥よぎる小春凪
湯上がりの母に手渡す初鏡
初日さす誰もよき顔持ちゐたる
クリスマス菓舗のひかりの中へ入る
銃声の谺走りて山眠る
みごもりし牛に初日の燦々と
神橋の朱の匂ひ立つ淑気かな
山茶花の散り敷く道を乳母車
日向ぼこまことしやかな噂して
庭に飛ぶ夕日の中の雪蛍
父の声父のマフラー手にすれば
海峡の漁り火消えて冬立ちぬ
寒雀来てゐる無人精米所
漁休む日は段畑に大根引く
嬰抱いて温もりもらふ室の花
白鳥の警戒の首あげにけり

三原 白鴉
鈴木  誠
牧野 邦子
内田 景子
秋穂 幸恵
西村ゆうき
松崎  勝
福嶋ふさ子
上武 峰雪
杉山 和美
井上 科子
関 登志子
早川三知子
山越ケイ子
徳永 敏子
安食希久江
小松みち女
川本すみ江

禁無断転載