最終更新日(Update)'18.01.01

白魚火 平成30年1月号 抜粋

 
(通巻第749号)
H29.10月号へ
H29.11月号へ
H29.12月号へ
H30. 2月号へ

 1月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    奥野 津矢子 
「青き地球」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集(一部掲載)坂本タカ女 ほか
白光集(村上尚子選)(巻頭句のみ掲載)
       
坂田 吉康、大河内ひろし  ほか    
白光秀句  村上 尚子
白魚火全国俳句大会(於鳥取)参加記
白魚火集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
     計田 美保、渥美 尚作  ほか
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(札 幌) 奥野津矢子   


縁側に日のまはり来る障子かな  横田 じゅんこ
(平成二十九年三月号 鳥雲集より)

 日本家屋特有の縁側のある家は、随分少なくなってきたように思います。「縁側」と聞いただけで、懐かしく、郷愁にかられる方もおられるのではないでしょうか。掲句は、正月を迎える為に張り替えられた新しい障子に、日が当たっている状態だと思いますが、中七の「日のまはり来る」の措辞が世間の喧騒から離れた、ゆったりとした時間を過ごしている作者の世界を感じます。本当は「もうこんな時間に・・・」と思っているのかもしれませんが。

読初の父の句稿の楷書文字  田口  耕
(平成二十九年三月号 白魚火集より)

 新年を迎えて初めての読物がお父様の句稿とは、何と倖せな時間なのでしょう。作者のお父様は白魚火の重鎮であられた田口一桜様で、「父の指導の下、俳句を始めて十二年目。父急逝の後は白魚火誌と俳句教本が頼りでした」と、昨年度の白魚火賞の受賞のことばにありました。
 「俳句とは父思ふこと寒に入る 耕」の句からも、お父様への深い哀惜と、俳句に取組む意欲、気魄を感じます。因みに、平成十八年の白魚火東京全国大会の折、私は田口一桜様より「神来しと風は火の雲流しけり 一桜」の短冊を頂戴致しました。大切な一枚です。

抱へきれぬほどの郵便事務始め  吉川 紀子
(平成二十九年三月号 白光集より)

 「抱へきれぬほどの郵便」と、字余りの表現が、沢山の郵便物が届いた状態を強調しており素直に同感しました。思い起こせば昔、仕事始めの日は着物を着て、上司のお宅を回って新年の御挨拶、屠蘇など戴いて帰宅。実際の仕事は次の日からでした。
 事務を担当する作者は、先ず書類整理から始めなければ仕事になりません。沢山の年賀状も届いている事でしょう。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 ならひ吹く  坂本タカ女
艶失せし津軽塗箸新豆腐
穴に入る蛇が道草してをりぬ
強風につかまり立ちの高紫苑
銀杏をつついて落とす棒つなぐ
音たてて風走りだす落葉かな
寝る前のパソコン日記ならひ吹く
冬帽子顔になじみてきたりけり
尾を振りてこたふる猫や冬ぬくし

  月  鈴木三都夫
豚草も一叢なれば憎からず
月天心一穢の雲も許さざる
草の名の定かなけれど花野かな
水引の一粒づつに結ぶ雨
と見かう見千草の径を行き戻り
手庇の中の十月桜かな
鵙猛る空に一番近くゐて
鴨ゐるはゐるは河口を使ひきり

 火 吹 竹  山根 仙花
眠りても覚めても長き夜となりぬ
農道の一直線や鰯雲
靴音の谺となりし秋の空
返り咲くものに夕月上りけり
山畑に煙の上る小春かな
茶の花や峡も奥なる四、五戸の灯
漬物石傾くままや山眠る
焚口に転がつてゐる火吹竹

 冬 銀 河  安食 彰彦
異国よりの荷物小春を連れ来たる
小春日の厨の硝子手に温し
北鮮の方より来たる寒気団
冬来たるやぶれ障子の向うから
御駕籠吊る武者門にある寒さかな
部活より冬の銀河を連れ帰る
日の丸を振りし駅今冬銀河
年賀状喪中につきと友の妻

 糸 瓜 棚  村上 尚子
塩振つて魚引きしまる厄日かな
日の当たるところの木の実拾ひけり
万歩計ではかる吊橋秋の空
山城の坂の始めの露を踏む
褒めながら通してもらふ糸瓜棚
高原の風ごと刈られ花すすき
衣被みんな喋つてしまひけり
行く秋のこけし小さく口結ぶ

 野菜づくり  小浜史都女
色変へぬ旧街道のしだれ松
柚子入りのこんにやく匂ふ十三夜
風急に冷えきし釣瓶落しかな
窯裏の水音秋の深まりぬ
野菜づくりほめられてをり冬隣
冬ごもりせむと一こゑ畑蛙
梟も祀り只今神の留守
冬うらら歯医者泣かせといはれけり

 リハビリ  鶴見一石子
文化の日なれどリハビリ重き脚
冬天や雲の造形限りなし
看護師も医師も目深に大マスク
塩鮭が食べたき膳に塩気なし
切干しの飴色膳を明るうす
枯芝を歩けリハビリ一歩二歩
八溝山系肩寄せあつて山眠る
鷹渡る磐城の天の真青なる

 石蕗の花  渡邉 春枝
蟷螂の斧に刃こぼれありにけり
雲一つなき晩秋の神の山
海へ向く一人のベンチ鳥渡る
秋のばら束ね遠き日の温み
名水の一口づつに秋惜しむ
立冬の一際白き蔵通り
冬鳥来本陣跡のあづさの木
延宝の井戸守る杜氏石蕗の花

 鋲のあと  渥美 絹代
草の実のとび回廊のきしみけり
道巾に木の塀の影なつめの実
台風の近づく東司借りにけり
榠樝の実ころがる観音堂の裏
城山に鳶の舞ふ日や豆を引く
鵙鳴くや鯉はをりをり背鰭出し
ゆく秋の鴨居に残る鋲のあと
にはとりのみじかく飛べる冬隣

 鳥取砂丘  今井 星女
鳥取の砂丘を歩き秋惜しむ
秋暑し風紋のなき砂丘かな
秋惜しむ砂丘の砂を握りしめ
秋高し砂丘に影のなかりけり
大砂丘はるか遠くに秋の潮
秋の潮見んと砂丘に歩をのばし
たくましや砂丘に育つ秋の草
足跡を砂丘に残す秋の人

 音 楽 堂  金田野歩女
蝦夷栗鼠の胡桃筋目を齧り切る
風抜くる盆栽菊の松林
紅葉山迷路のやうな遊歩道
鶴頸の楓を褒めて打ち解けて
黄落や音楽堂へ並木道
秋寂びやてんでん向きの牧の牛
大鷲と目の合ひさうな距離にをり
枯蔓とぬかるみ猛獣館の檻

 秋 遊 び  寺澤 朝子
築山へつづく延べ段鵙の声
立礼の野点のすすむ秋の園
半東のしづかな立ち居秋澄めり
秋遊び池に蓬莱竹生島
神田上水引きし流れや萩は実に
水漬きつつ穭穂となる光圀田
天高し涸れず溢れず「不老水」
木隠れに蘆の丸屋や石蕗の花



鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

 火 恋 し (松 江)森山 暢子
秋の人砂丘の裏に消えにけり
鵙鳴くや胸に一物あるらしき
水槽に底物を飼ふ野分かな
遠山は遠きままなり火恋し
露けしや太鼓叩いて諸味売
見積りに女が来たり漸寒し

 秋  天 (出 雲)荒木 千都江
音もせず敷石濡らす秋の雨
川底の水も空色秋澄めり
秋天に背中預けて憩ひけり
逆上りぐるりと秋の回りけり
好日の暮れてそのまま良夜かな
行きずりの会釈にも秋深まりぬ

 漁  夫 (出 雲)久家 希世
網繕ふ漁夫の太声海桐の実
潮入川の波の荒くれ草もみぢ
捨鉢に色濃き残菊浦の路地
漁網朽ち桜もみぢの散るばかり
干されたる網の魚臭や返り花
里に風湧き茶の花の匂ひ立つ

 枯 野 原 (群 馬)篠原 庄治
底なしの空の碧さや鵙高音
さざなみは湖のつぶやき秋日和
穭田の畦ゆく老いの二本杖
一本の径あるだけのすすき原
一木に孤高はじまる枯野原
一杓の手向けの水や墓碑寒し

 秋  桜 (松 江)竹元 抽彩
秋桜盛りを風が誉めそやす
鵙の贄屋根で鴉の見てをりぬ
悪童をぞろぞろ連れて穴まどひ
秋風や更地となりし駐在所
退屈と言ふ仕合せの新走
中天に投網打ちたや鰯雲

 衣手の句碑 (浜 松)福田  勇
海鳴りを遠くに聞くや小望月
衣手の句碑の辺りの初紅葉
新酒酌む人間国宝作の盃
新調の鋏鳴らして松手入
腰伸ばすことのしきりや稲を刈る
蹲に落つる水音石蕗の花

 二 等 席 (唐 津)谷山 瑞枝
土星の輪うつすら見ゆる寒露かな
聞か猿の舌出してをり草雲雀
波に船擦れ合つてをり雁渡る
からすうり鬼の窟に石の壁
行秋の旅のフェリーの二等席
酔ひ止めを分けて貰ふや神渡し

 秋 の 海 (江田島)出口 サツヱ
秋の海鬼の曳き来し島置きて
種採るや夕日の中の戻り船
柿百箇捥いで吊して日暮かな
新米の光おほきく握りけり
鍋の火を細めてよりの夜長かな
冬瓜のとろりと煮えて暮れにけり

 秋  祭 (函 館)森  淳子
荒縄に干したる昆布乾きけり
口紅の色をかへたる今朝の秋
秋祭馬曳く役に徹しけり
舟揚げて人影もなき秋の浜
赤い羽根回覧板と共にくる
地に落ちて紅を散らせし七竃

 天 高 し (浜 松)大村 泰子
きちきちの飛ぶや電工宙吊りに
山まろき因幡街道鳥渡る
式部の実こぼれはじめて海近し
天高し搾乳の山羊目を閉づる
家苞に鱁鮧ひと瓶買ひにけり
行く秋のぽきぽき畳む旅の傘

 福 分 け (札 幌)奥野 津矢子
鮭の川辿る長靴沈めつつ
鬼やんま重たさうなる井戸の蓋
牛に牛ついてゆきたり石たたき
福分けの茸エプロンより貰ふ
まだ開かぬ浜の食堂荻のこゑ
冬近し浜の鴉のよく騒ぐ

 石の里大谷 (鹿 沼)齋藤  都
色鳥や名水湧ける石の里
切株の年輪数ふ秋思かな
秋の空長き影引く大けやき
石の里の小鳥来てゐる屏風岩
晩秋の影濃くなれり観音像
台風の兆しの湿り一都句碑

 た  び (江 別)西田 美木子
南限といふ鳥取の実玫瑰
人待ちの時間も楽し色葉散る
参拝のゑのころ草を胸に挿し
爽涼の砂丘に入り日待ちてをり
窓叩く雨音の律夜長かな
空つ風の攫うてゆきし木の葉かな



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 坂田 吉康(浜 松)

大会を終へさはやかに師の墓前
塀越しに採らせてもらふ棗の実
草の実やタイヤ摩れたる猫車
紺碧の空を引き寄せ蔓たぐり
十六夜や盆に木目の渦二つ


 大河内ひろし(函 館)

村芝居子供にパパと名指しされ  
窓開けて秋の夕焼を招き入れ
書き順の迷ふ凸凹秋うらら
朝顔のさまよふ蔓に紐を足す
コスモスの風を抱へて手放して



白光秀句
村上尚子


十六夜や盆に木目の渦二つ  坂田 吉康(浜 松)

 この日の作者は主としての立場なのか、あるいは客としての立場なのかは分からない。いずれにしても目の付け所がユニークである。盆などの塗物は輪島塗のように、何度も漆を塗り重ねたものもあるが、掲句は春慶塗のように透明の漆を塗って、木地そのものを生かしたものであろう。そこに見えていたのが「渦二つ」である。又、季語が十五夜ではつき過ぎ。「十六夜」ならではの余裕から生まれた作品と言えよう。
  大会を終へさはやかに師の墓前
 この「大会」は鳥取大会のことであろう。作者は行事部の会計として大役を熟された。後日、無事に終わったことを仁尾先生に報告する為「墓前」へ向かった。天気も心の内も「さはやか」そのものであった。

村芝居子供にパパと名指しされ  大河内ひろし(函 館)

 「村芝居」は秋の収穫を終えた後、村人が集まってする行事である。出演者は顔馴染みの人ばかりであり、日頃とは全く別の姿が見られるのも楽しみの一つである。ある場面に登場してきたが、白塗りをしたちょんまげ姿の男性だった。客席が騒つくなかで、子供の突然の一声が「パパ」だった。周囲に一層笑いの声が上がったことは間違いない。「村芝居」ならではの光景である。
  書き順の迷ふ凸凹秋うらら
 何度書いても迷うのは作者だけではない。私も正確な書き順を知らないまま、今に至っている。それを素直に一句に仕立てたのである。今年の秋は短かったが、特別な「秋うらら」の作品となった。

橋見えて村見えてくる蕎麦の花  若林 眞弓(鳥 取)

 この句の叙法は、三つの名詞を一つずつ呈示することにより、それぞれの場面を印象付けながら展開させている。最後に見えてきたのが「蕎麦の花」である。日本の典型的な農村風景を、ワイドスクリーンで見ているような鮮やかな作品である。

秋蝶に越され鳳凰堂に入る  石川 寿樹(出 雲)

 「鳳凰堂」は平等院の阿弥陀堂のことである。水面に写されたその景は、西方浄土をこの世に出現させたようだとも言われている。そこに表れた「秋蝶」に導かれるように堂内へ入った。作者はしばし、平安の世に思いを馳せたことであろう。

晩秋の橋潜り来る小舟かな  松尾 純子(出 雲)

 季語が、初秋、あるいは仲秋だったらどうだろうか。やはり「晩秋」であり、橋を潜ってきたのが「小舟」だったことにより、抒情豊かな作品となったことがよく分かる。声にしてみた時の収まりも良い。

子の声に顔を上げたる蓮根掘  山田ヨシコ(牧之原)

 「蓮根掘」は種類にもよるが、正月の需要を控え、寒くなってからが最盛期となる。大変な作業の為、周囲に見向きも出来ないが、突然の子供の声に顔を上げた。子供の声はやはり周囲を元気にする力がある。

棉吹いてより晴天のつづきけり  村松ヒサ子(浜 松)

 季語の豊かな言葉に心を惹かれることが多いが、「棉吹く」もその一つ。棉の花が終ると、桃に似たような実ができ、やがてそれがはぜて中から棉が吹き出してくる。〝桃吹く〟〝棉の桃〟などとも言う。「晴天のつづきけり」により、順調に作業が続いたであろうことが窺える。

小銭入れ重し勤労感謝の日  井上 科子(中津川)

 〈総身にシャボン勤労感謝の日 仁尾正文〉が、すぐ頭に浮かんだ。この句にはまん中に軽い切れがあるが、内容はいたって分かりやすい。それに比べ掲句は少し難しい。どう解釈するかは自由である。その感覚を養えば、俳句はもっともっと楽しくなる。

秋収めの煙や電車折り返す  小玉みづえ(松 江)

 収穫作業のなかでも、特に稲作は秋が節目となる。機械化が進んだ今もその喜びは同じであり、その証徴が田に上がる「煙」である。「電車折り返す」により、この土地の景色を明確に表している。

括られてコスモスぎこちなく揺るる  島  澄江(鹿 沼)

 「コスモス」に風はよく似合うが、括ってみるとその趣は全く変わってしまった。自由に風に吹かれている姿こそコスモスに相応しい。「ぎこちなく揺るる」とは実に言い得て妙。

秋茄子を隙間に詰めて荷の届く  河野 幸子(浜 田)

 荷造りをしたら少し隙間が出来てしまった。はたと思い付き、畑から「秋茄子」を採ってきて詰めた。親しい間柄であることがよく分かるのが、この句の良さである。



    その他の感銘句
草の穂のなびけば光生まれけり
草の実の飛び付く紺の背広かな
縁の日をからめて毛糸編みにけり
傘立に母の杖あり秋日和
張り替へて松の影引く白障子
焼きたてのパン手作りの林檎ジャム
一歳の子にもあしあと今年米
今生の尻を据ゑたる瓢かな
秋薔薇や誰もすわらぬ椅子二つ
長押より下ろす遺影や秋時雨
献立を決めて大根抜きにけり
裏年の柿を烏と分かちけり
今年米花咲くやうに炊き上がる
芒野に身を潜むれば波の音
大根蒔く白寿の叔母の確かな手
植田さなえ
渥美 尚作
飯塚比呂子
鈴木  誠
金子きよ子
市野 惠子
永島 典男
山西 悦子
森田 陽子
大庭 南子
堀口 もと
山本 美好
荒木 悦子
佐々木よう子
髙部 宗夫


白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 東広島  計田 美保

笛方の子の眼きらきら里神楽
よく笑ふ姉さん被り大根干す
石州の光芒紡ぐ紙漉女
両の手に塗香すり込む神無月
生者死者励ます羅漢冬ぬくし

 
 浜 松  渥美 尚作

榠樝の実香る因幡の山庄屋
豊年や春慶塗の違ひ棚
金木犀散るや傘干す庫裏の前
池の鯉跳ねて榠樝の実の落つる
樗の実落ち昼休み終りけり



白魚火秀句
白岩敏秀


石州の光芒紡ぐ紙漉女  計田 美保(東広島)

 石州はかつての石見国。現在の島根県西部地方になる。石州和紙は万葉歌人柿本人麻呂によって奈良時代に伝わったとされる。
 水槽の原料は漉きげたが動けばキラキラと光を吸い込んで、あたかも光を紡いでいるようだという。紙漉女の熟練した技がそう思わせるのだろう。この「光芒紡ぐ」には物理的な光のみでなく、千三百年あまり続く伝統の重みをも感じさせる。石州和紙はユネスコ無形文化遺産に登録されている。
  よく笑ふ姉さん被り大根干す
 家族総出の大根干しなのだろう。大根が重いと言っては笑い、掛けた大根が落ちそうだと言っては笑う。姉さん被りはめったに見られなくなったが、若い娘さんだろうか。兎に角、明るい家族である。

榠櫨の実香る因幡の山庄屋  渥美 尚作(浜 松)

 この句は因幡街道の智頭宿にある国の重要文化財の石谷家住宅で詠まれたものである。
 石谷家は江戸時代「塩屋」という商人であったが、明治以降は山林経営で栄え山庄屋と呼ばれた。三千坪の敷地に四十余の部屋をもつ近代和風建築であり、七つの土蔵がある。
 揚句は石谷家を〝山庄屋〟と称え、因幡の旅の最初の地である杉の町、智頭宿への良質な挨拶句となっている。

今切りし竹もまじへて稲架を組む  山田ヨシコ(牧之原)

 稲刈りは農作業の最後の仕上げである。今は機械化で稲刈りや脱穀を同時にしてしまうが、揚句は天日干しの稲。
 灰色になった古い稲架竹にまじって、今切ったばかりの青竹が組まれている。青竹は豊作の稲束をがっしりと受け止めることだろう。青々とした稲架竹と黄金の稲穂のコントラストが美しい。

嬰といふ魔法使ひや小鳥来る  渡辺 加代(鹿 沼)

 赤ん坊は百面相をすると言われている。笑う顔、泣く顔、喜ぶ顔そして気張っている顔。どの顔を見ても大人達は一喜一憂する。大人たちの気持ちを明るくも、悲しくもさせる赤ん坊はまさに魔法使いである。そんな小さな魔法使いを小鳥が窓から覗いている。

貼り終へし障子に影の夫帰る  山﨑 カネ(浜 松)

 「影の夫」を失礼ながら、亡くなった夫と解釈している。作者が年配の方だからである。張り替えた障子に映った影は夫のもの! 長年連れ添った夫婦だったからこそ分かる直感なのだろう。
 作者の背景を分からなければ理解出来ない句は困るが、それが分かればより理解が深まる句もある。白魚火の投句用紙でそれが分かるよすがは年齢である。年齢は忘れずに書いて欲しい。

秋の水石がま漁の石積みに  広川 くら(函 館)

 鳥取市の西郊に湖山池がある。湖山池は美田が一夜にして池になったという湖山長者の伝説が知られている。その池の北西部の三津というところに石がまはある。石組魚礁で鮒などを獲る漁法で、厳冬期に行われる。
 作者は鳥取大会の吟行に、ここまで足を運んだようだ。
 季は秋。石がまに小さな波が打ち寄せては小さな音をたてる。沖には雁や鴨が無心に泳いでいる。豊かな自然の中に豊かな気持ち。吟行は新鮮な発想を得るための手段である。

一軒へ郵便バイク谷紅葉  山崎てる子(江 津)

 山あいにある集落なのだろう。バタバタと郵便バイクの音が一軒の家に入っていった。句は寡黙だが、おそらく配達が終わるまで誰にも会わないような小さな集落。郵便バイクの動きはただ谷紅葉だけが知っているのみ。過疎の進む集落の有り様が伝わってくる。

新米の旗立て直す米屋かな  浜野まや子(三 郷)

 米は、今ではスーパーマーケットやドラッグストアで買える時代である。だから、米屋さんも大変だろうと思う。しかし、新米の季節は劣勢を挽回するとき。その意気込みが「旗立て直す」に出ている。立て直された旗は威勢よく風にはためいている。思わず米屋を応援したくなる句である。

蒲団干す隣の家も干してをり  天倉 明代(三 原)

 今日の晴天を逃すまじと家中の蒲団を干している。ふと横をみると、何とお隣さんも負けじと蒲団を干しているではないか。お互いに顔を見合わせてにっこりとなる。うららかな小春日和の出来事。


    その他触れたかった秀句     

小鳥来る校門前の文具店
師の句碑に櫨の実鳴らす風の出て
木洩れ日の揺れて木の実の落つる音
一輪の野菊のための青き空
雁渡る空真つ直ぐに暮れにけり
トンネルの紅葉明りの出口かな
青みかん島に小さな土産店
籾摺りの音に重なる雨の音
背の埃払ひ合ひつつ秋収め
物置に馬具ひつそりと秋深し
笛の子の山車にあふるる秋祭
花石蕗や雨の近付く匂ひして
舟寄せて雨の小島の松手入
新藁の甘き匂ひを束ねけり
石蕗明り暮れてより来る郵便夫
大利根の光りの帯や秋の夕

遠坂 耕筰
佐藤陸前子
友貞クニ子
金子きよ子
山田 哲夫
高田 喜代
大庭 成友
山羽 法子
川本すみ江
加藤 葉子
鳥越 千波
永戸 淳子
樫本 恭子
多久田豊子
水出もとめ
関 うたの 

禁無断転載