最終更新日(Update)'23.12.01

白魚火 令和5年12月号 抜粋

 
(通巻第820号)
R5.9月号へ
R5.10月号へ
R5.11月号へ
R6.1月号へ

12月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句   浅井 勝子
「輪中村」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭10句のみ掲載) 安食 彰彦ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
       
青木 いく代、佐藤 琴美
白光秀句  村上 尚子
第三十一回「みずうみ賞」発表
令和五年度栃木白魚火第二回鍛錬吟行会 松本 光子
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
       
浅井 勝子、相澤 よし子
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(磐田)浅井 勝子

此の冬を乗り切る構へ九十九  鮎瀬 汀
          (令和五年二月号 白光集より)
 まずは白寿おめでとうございます。一句に年令を越えた力強さが漲っています。お元気がなによりと存じます。下五の九十九がどっしりと据えられて貫祿十分。昨今は人生百年時代などと言われていますが、鮎瀬様はまさに白魚火会員全てのお手本です。この冬も元気に過ごされますよう、又一層の御活躍を祈っております。

冬ぬくし膝に手仕事ありてなほ  小嶋 都志子
          (令和五年二月号 白魚火集より)
 寒さの続くこの頃、今日は珍しく小春日のようなあたたかさ。冬日の差す静かな窓辺で編物などをされておいでなのでしょう。きっと手先の器用な方と想像いたします。おしゃべりをしながらでも編み棒がリズミカルに動いているかもしれません。穏やかでしあわせな暮しの一齣が一七音にあふれています。無器用な者にとって羨望の的である句です。

やはらかな風に束ぬる冬の菊  工藤 智子
          (令和五年二月号 白魚火集より)
 冬菊のまとふはおのがひかりのみ 水原秋櫻子
 冬の菊となればすぐこの句が浮かびますが、智子様の冬の菊にはぬくもりがあります。平穏な冬の日の街の花屋さんでの一景かしら。近年はほぼ一年中出回っている菊の花ですが、やはり冬菊は彩りも控え目でしょう。供華になされるのか御自宅に飾られるものかはわかりませんが、「やはらかな風」とした事で作者のやさしい心根が伝わって参ります。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 一人の餉 (出雲)安食 彰彦
子蟷螂身構へてゐる強さうな
栗飯や電話は友の訃報告ぐ
五輪塔に温りのあり秋彼岸
妻はいま身ほとりにゐぬちんちろりん
田の検見の二間竿など飾りけり
天高しさびしき散歩地蔵まで
稲刈の済みたる出雲空碧し
酒を酌み秋茄子を焼き一人の餉

 まゝならぬ癖毛 (浜松)村上 尚子
まゝならぬ癖毛とんぼが来て止まる
ぬか雨の斜めに過る稲の花
マネキンの担がれてゆく残暑かな
本を読む背に初風を聴きながら
早稲の香や国旗につよき畳皺
間引菜を洗ふ蛇口を開け放し
吹くほどに音逃げてゆくひよんの笛
虫の音や「おくのほそ道」途中まで

 秋 (浜松)渥美 絹代
しだれ萩流れに先の触れてをり
桐の実に草燃す煙触れてゆく
もろこしを吊る茅葺きの深庇
御師の家出であららぎの実を含む
みづうみに静かな満ち干鳥渡る
鰡とんで鳶は低く輪をかきぬ
豊の秋小雨の中を煙のぼる
山水の音を近くに走り蕎麦

 怖いもの (唐津)小浜 史都女
一湾の大いなる夏終りけり
家中を灯して露の夜なりけり
萩しだる石ゆるぎなき眼鏡橋
生卵こつんと九月来たりけり
稔り田に来てゐる雀鷺鴉
破芭蕉やぶれかぶれとなつてをり
蛇穴に入り怖いものなくなりぬ
時雨来と青ざむ白磁観世音

 今年酒 (名張)檜林 弘
秋灯や躙り口より人の影
秋高し校歌の同じ古希同士
群れてゐてそれぞれ気まま秋桜
海原に秋の日差しのまろびけり
畦道に棒となりたる穴まどひ
長々し敬老の日のアンケート
鉛筆をひと舐めもして夜長かな
今年酒心の隅へ及びけり

 序説 (宇都宮)中村 國司
わがさとの文學序説野紺菊
心地よき言葉の重ね白木槿
結界の内へぽとりと秋の蟬
毒茸との風評や蹴られあり
飛石は少年のもの蜻蛉追ふ
鴉二羽あそべ刈田の水溜り
忘れ得ぬ盗人萩といふ名付
熊吉は函館義侠ななかまど

 秋入日 (東広島)渡邉 春枝
虫の音に覚め虫の音にまた眠る
公園の木椅子に一人づつの秋
色変へぬ松のみ残る屋敷あと
途中下車したる渓谷紅葉燃ゆ
秋天にドローン飛び交ふ耕作地
ままならぬ身辺整理秋入日
短冊のまだ白きまま秋深し
紅芙蓉べにの雫をこぼしけり

 裏小路 (北見)金田 野歩女
渚にて跣を波にあづけをり
仲秋や足湯に肩の力抜け
虫の音の小庭に立てばはたと止み
松籟を聞きつつ丘へ秋彼岸
黍嵐釘に掛けある野良着かな
天高し行きあぐねたる蔓のもの
風に揺れ風に捩れて鳥威し
野茨の実の傾れをる裏小路

 夜寒 (東京)寺澤 朝子
熊野社(葛飾熊野社)の御前に閉づる秋扇
膝に手を置きて聞き入るつくつくし
群れ咲きて花のさみしや曼珠沙華
星飛ぶや地階へ沈むエレベーター
模擬店にクレープ立食ひ秋高し
爽やかや封書でとどく佳き便り
雲切れていま耿々と居待月
文机に点す夜寒の燭一つ

 萩の主 (旭川)平間 純一
立ちつくす岩跳ペンギン秋暑し
紅白の紺屋の路地のしだれ萩
萩の主酒壺を並べし土留めとす
酒人の前掛け新た稲つるび
鬼やんま学府の池に楕円描く
雲遊ぶ行合ひの空秋ざくら
彼方此方の虫鳴く声のあらそはず
初生りの葡萄ひと房供へけり

 鷺一歩 (宇都宮)星田 一草
ことさらに終戦の日の雲白し
日の匂ひ草に残りて秋暑し
なでしこの河原蝶々低く飛ぶ
水澄むや首より動く鷺一歩
初紅葉賽銭こぼれ道祖神
露けしや鹿振り返る樺林
電柱の影を棲み処に昼ちちろ
残照や鶏頭の槍勢ぞろひ

 泣き相撲 (栃木)柴山 要作
滾つ瀬や釣船草の揺れやまず
搦手は鬼怒の断崖葛あらし
吟行の帽子に肩に秋あかね
一暼の後は泰然秋あかね
水澄むや底ひ突き抜く杉の影
きりり尖る筑波の双耳野分晴
泣きつつも目は母を追ふ泣き相撲
泣き相撲けふは烏も寄りつかず

 吾亦紅 (群馬)篠原 庄治
焼茄子に乘する鰹節踊り出す
穂芒にはや風癖のつきにけり
溶岩原の草丈低し吾亦紅
山間の盆地浮きたつ蕎麦の花
紺碧の空へ筒抜け鵙高音
一筋の径の行きつく花野かな
独り寝の引き込まれたる虫の闇
有るなしの風に無心のねこじやらし

 月光 (浜松)弓場 忠義
秋めくと水底の石近くして
月光に触れて草木の立ち上がり
一艘の湖心へ向かふ良夜かな
引き潮にころがる小石秋の暮
読み聞かせの一人三役秋ともし
身に入むや父の砥石の細りをり
おしろいの咲けば夕闇下りてくる
萩の花こぼれて水の軽くなり

 金鈴子 (東広島)奥田 積
一面の花野となりし屋敷跡
境内に崩れし土俵小鳥来る
酒蔵の連らなる街や秋燈
色づきし稲田に遊ぶ作り鷹
刈稲の藁ともならず田に撒かれ
新涼や髪をたばねし女学生
八十の妻と良夜を酌みにけり
坂の町の空をうばひし金鈴子

 月を待つ (出雲)渡部 美知子
稲の花一里塚まであと少し
鳴きやむを待てば次なるつくつくし
胸底に沈むひと言花カンナ
一天を揺さぶり合うて竹の春
荒神の先はおどろや秋日濃し
うすれゆく残照を背に月を待つ
月見酒縁に座布団持ち寄りて
沈々と名月わたる神の里

 近道 (出雲)三原 白鴉
日捲りの今日の格言芙蓉咲く
さよならの後の近道赤のまま
爽やかに波に乗りくる波の音
名月の大きく山を離れけり
築地松の影黒々と良夜かな
堰板を抜けば音立て落し水
石叩たたき疲れて飛びにけり
日沉宮ひしづみのみやの丹の門薄紅葉



鳥雲集

巻頭1位から10位のみ
渥美絹代選

 花野道 (鳥取)西村 ゆうき
夜の辻の影法師めく踊かな
下りきたる山の名前の新豆腐
草の花揺れやむときに雲流れ
吹かるるといふ歩き方花野道
大根蒔くまだ捨てきれぬ山の畑
大粒の雨が夜長をはしり抜け

 肖像画 (磐田)齋藤 文子
ジャングルジムに上りて秋の雲に触れ
解体の隣家に井戸や秋暑し
長き夜を斜に見てゐる肖像画
三枚に鯛を下ろして秋の雷
一本の棒を拾へば木の実落つ
ふろ敷に名前の刺繍菊日和

 虫時雨 (東広島)吉田 美鈴
我が腕を蹴つて飛び立つ螇蚸かな
ヘリコプターの旋回しきり菜を間引く
厨の灯消すやたちまち虫時雨
秋の宵篠笛の音は中空へ
倒木の鉄路を塞ぐ野分かな
酒樽も担ぎ出されて秋祭

 風祭 (浜松)林 浩世
白秋の風打菓子の鳩と菊
厄日過ぐ波打際に拾ふ貝
熱の身を横たへてをり風祭
とんばうの水辺に小さき風起こす
古墳の空帰燕の空となりにけり
鳥小屋の静まつてをり碇星

 秋彼岸 (浜松)佐藤 升子
梵鐘の銘のうすれや今日の月
上枝より鳥のこぼれて秋彼岸
トロ箱の太刀魚に傷一つ無し
秋の日や胃カメラ喉をとほりゆく
草原に続く青空馬肥ゆる
色鳥の水飲んでゐるささら川

 色なき風 (松江)西村 松子
野菊咲く海苔場へ身幅ほどの径
忘るるといふ安らぎや鰯雲
地獄絵の中を色なき風過る
賢治忌や見上ぐるたびに星殖えて
ゆゑのなきいらだち一人葡萄食む
癒ゆるとは心にゆとり花野行く

 露踏んで (呉)大隈 ひろみ
稲の香や石州瓦てらてらと
庭石を移る日差しや竹の春
黒葡萄一粒ごとに夜の更けて
露踏んで今朝の仏花を剪りにけり
月のぼる水の向かうに能舞台
木道を風通り抜く草の花

 栗 (中津川)吉村 道子
九十九折の道の先なる蕎麦の花
大き石据る遺跡や秋の風
みどりごの足裏動き木の実落つ
途切れたる脇街道に栗拾ふ
さん付けで呼び合ふ夫婦小鳥来る
鳥渡るポプラ並木の農学部

 走り蕎麦 (浜松)野沢 建代
とまと・きうり浮かせて水を溢れさす
富士あざみ富士時々は顔を見す
富士あざみにするどき棘や昼の雨
富士山をかくす野分の雲早し
茅葺きの土間のでこぼこ走り蕎麦
練香に小さき擂鉢ちちろ鳴く

 キャッシュレス (唐津)谷山 瑞枝
爽やかや少し慣れたるキャッシュレス
波音の届かぬ玻璃に秋日濃し
毬栗を木の根元まで蹴り返す
曼珠沙華囃子の稽古口伝へ
十六夜や素面も混じる梯子酒
うそ寒の生姜煎餅後を引く



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 青木 いく代(浜松)
一つ食べひとつのすき間黒葡萄
ピアノの音棚の瓢をゆらしをり
濁流にすぐ立ち上がる葛の花
遠慮せず冬瓜小さい方をもらふ
生き生きと水の湧く音秋高し

 佐藤 琴美(札幌)
風に色残し底紅散りにけり
邯鄲に闇の近づく窓の下
さはやかや机上に揺るる樹々の影
うすもみぢ椀のやうなる椅子に坐す
錦木の色づく庵のにじり口



白光秀句
村上尚子

遠慮せず冬瓜小さい方をもらふ 青木いく代(浜松)

 一般的に物を貰うとき、大きい方が欲しいと思うのは人の常。しかし冬瓜となると一瞬踏み留まる。これは一つのものを半分に切ってあるのだろうか。それにしても大きい。あれこれと冬瓜料理がひらめくが、やはり大き過ぎると判断した。遠慮せずにものが言えるのは日頃の良いお付き合いがあってのこと。お互いの家でどんな料理が出来上がったことか。双方の後日談が聞こえてきそうである。
  一つ食べひとつのすき間黒葡萄
 葡萄の食べ方として一粒ずつ食べるのはごく普通。一粒食べるたびに隙間が増える。あまりに当り前で誰もが見過ごしてきた。最近は小粒なものより大粒なものが主流になってきて居り、その粒の一つ一つの存在感が際立つ。俳句としても異彩を放っている。

風に色残し底紅散りにけり 佐藤 琴美(札幌)

 秋の季語の〝色なき風〟の副題に〝風の色〟がある。これは秋の風の特徴を指している。しかしこの句は「底紅」の散ってゆくときの風の様子を、作者ならではの感覚で捉えたもの。底紅は一本の木に多くの蕾をつけ次々と咲き続けるが、一つの花は一日だけの命である。「風に色残し」にはその儚さが読み取れる。一瞬の景を見逃さずに出来上がった、神経のゆき届いた作品である。
  さはやかや机上に揺るる樹々の影
 窓際に置かれた机に映る樹々の影が、風が吹くたびに揺れ動いているのが見える。取り立てて珍しい景ではないが、「さはやか」と感じたのは、特に札幌にお住まいの作者ならではのことだろう。北国の秋はあっという間に過ぎてしまう。この樹々もやがて冬木の影となってゆくのであろう。

硯洗ふ胸に入り日の差し来る 野田 美子(愛知)

 「硯洗ふ」は七夕の前日に普段使い馴れている硯を洗い清めること。作者も明日に備えて洗っている。「胸に入り日の…」は事実であっても気付かなければ言葉にならない。一瞬の出来事を取り合わせの妙味で一句を成した。女性ならではの感覚である。

水辺より暮れはじめたり虫すだく 高橋 茂子(呉)

 日暮をどこで感じるかはその時自分がいる場所で変わってくる。この句は日常の景の中にあると解釈した。本来、虫は音を愛でるのが本意だが、ここでは様々な状態をさしている。時間と共にいよいよ秋の深まりを感じさせる。

身を軽く回す採寸秋日和 浅井 勝子(磐田)

 既製服が豊富に出回るようになった昨今では採寸をしてもらうことも減った。しかしこのように言われてすっかり忘れていたことを思い出し合点が行く。「秋日和」に誘われ出来上がった服を着て行く日が待ち遠しい。

落花生鎧のままに湯に躍る 大江 孝子(東広島)

 落花生は炒って食べるのが一般的かも知れないが、これは取れ立てを塩茹でにする方法。沸湯している鍋の中でそれぞれがぶつかり合っている〝殻〟と言えばその通りだが、「鎧」と捉えたところがユニークである。

夜田刈や肩に大きな湿布薬 三島 明美(出雲)

 いよいよ稲刈りのシーズンが来た。米の品質を守るには刈り取りの時季が大切である。短い時間に一気に済まさなければならない。故に昼に限らず夜まで続くことになる。肩に貼られた「大きな湿布薬」が何よりの味方。

鉛筆のやうな秋刀魚の出て来たり 山田 眞二(浜松)

 年々秋刀魚の不漁が続いている。値段も驚くほど高く、最早高級魚とも言える。しかしその姿の惨めなこと。「鉛筆のやうな」とは全く言い得て妙。その姿を目の前に益々話は弾む。

日展の人波にゐて迷ひけり 乾 坊女(鹿沼)

 芸術の秋と言われるように、各地で恒例の美術展が開かれる。日展は明治時代から幾多の変遷をしつつ現在に至っている。この機会を逃すまいとどの会場も賑わう。観賞に集中し、つい仲間とはぐれてしまった。

鞄よりはみ出すバット秋高し 安藤 春芦(横浜)

 はみ出しているのは野球のバットだと想像する。少年達のこの様な姿は幾度も見てきたが、俳句としては初めて見た。「秋高し」はスポーツの秋に打って付け。少年とそれを見る二十六歳の作者の視線がまぶしい。

秋簾娑婆の暮しに少し倦み 勝部アサ子(出雲)

 広辞苑によると「娑婆」とは、苦しみが多く忍耐すべき世界とある。作者はその場に飽きたと言っている。九十三歳ならではの言葉。そう言わずにもう少し俳句をお楽しみ下さい。


その他の感銘句

秋暑し分厚き辞書の逆しまに
瓢簞のくびれ期待に応へけり
姿良き色良き秋刀魚見て通る
夕風や狗尾草は愛想よし
百歳の叔母と輪に入る風の盆
丘陵のコスモスに波生まれけり
一歳になる子九月の地に立ちぬ
抱く母の遺影は若し秋桜
分かれ道蜻蛉について行くと決む
値札見て買ふ初ものの秋刀魚かな
鳳仙花ことば足らずに別れけり
ちちろ鳴き吾は二合の米を研ぐ
伝へたき事のあるかに帰り花
秋高し高速でゆくクラス会
水澄みて男体山を逆しまに

原田 妙子
鈴木 利久
中村美奈子
大滝 久江
髙部 宗夫
池森二三子
工藤 智子
周藤早百合
宇於崎桂子
江⻆トモ子
鈴木  誠
中西 晃子
冨田 松江
山口 和恵
菊池 まゆ



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

 磐田 浅井 勝子
初鵙や乙張つくる日曜日
台風一過柱の多き家に住み
近道の校庭を抜け茸狩
流されて風にふくらむ稲雀
月白や明日出漁の船並ぶ

 牧之原 相澤 よし子
向日葵の漲る力十万本
手に受けて葡萄思はぬ重さかな
全山の波打つごとし野分だつ
風の声聞こゆる岬カンナ咲く
踊る手に男の色気風の盆



白魚火秀句
白岩敏秀

流されて風にふくらむ稲雀 浅井 勝子(磐田)

そろそろ稲刈りと思うころ、群れをつくってやってくる稲雀。一羽一羽では怖いがみんなで渡れば怖くないというところか。今も一枚の田に団体で降りようとしたところに一陣の風がきて群れが流されてしまった。散って膨らんだ群れを再度、集結させる稲雀の指揮官の苦労。人間社会にも通用しそうである。
 台風一過柱の多き家に住み
我々は昔から木の家に住んでいた。そして、木から作る紙で明りを取り風や寒さをしのいでいた。木の家には長所もあるが、欠点もある。それが台風である。台風の風に家の軋みに耐えながら台風の過ぎることを待つばかり。

踊る手に男の色気風の盆 相澤よし子(牧之原)

風の盆が始まると秋の訪れを感じる。編み笠に哀愁のある胡弓や三味線の音が加わり、情緒ある踊りである。女踊りは艶っぽく上品に踊ることをむねとし、男踊りは振りを大きく端正に踊る。半天から覗く逞しい腕、ぐいっと伸ばした指。「踊る手に男の色気」…宜なるかなである。
 手に受けて葡萄思はぬ重さかな
梨や林檎は丸々として見た目にも重そう。葡萄は一粒づつが小さく重いとはとても思われないが、手に乗せると意外と重い。人間社会にも思わぬ人が思わぬ才能を持っていることがある。小粒といえど侮ること勿れということか。

秋うらら音軽々と耕運機 三島 信恵(出雲)

秋の取入れが終わった後に土を鋤き返す。固くなった土をほぐしたり、土中の空気を入れ換えて次の収穫の準備をする。揚句は耕運機の軽快な音を背景に豊作の喜びを季語の「秋うらら」に語らせている。

秋寂ぶや釜の火落とすそば処 高橋 見城(群馬)

このそば処は峠茶屋のようなところか。周囲が蕭条とした秋の気配に包まれている峠。日も暮れて先ほどまで賑わっていた客足も途絶えた。茹で釜の火を落とした厨房は静まりかえっている。「秋寂ぶ」と目に見えない季語を「釜の火落とす」と見える形に示して巧み。

ふと風のやさしさにあふ残暑かな 牛尾 澄子(益田)

今年の夏は暑く長かった。しかも、秋になっても暑さが続いた。そんななかで、ふと出会った風のやさしさ。「やさしき風」でないことに注目したい。〈秋来ぬと目にはさやかに見えねども風のおとにぞおどろかれぬる 藤原敏行〉。揚句は聴覚で捉えた風ではなく、こころで捉えた風である。

小鳥来る窓の大きな新居かな 古橋 清隆(浜松)

澄み切った青空へ向けられた新居の大きな窓。これからの新しい生活がここから始まる。渡って来た小鳥や山から降りて来た小鳥たちの姿が大きな窓からちらほら見える。まるで秋晴れのような明るい句。

どんぐりを握りちんちん電車待つ 乾 坊女(鹿沼)

どんぐりは子どもにとって宝もの。なくさないようにしっかりと手に握っている。ちんちん電車を待っているので近くの遊園地からの帰りなのだろう。一日をたっぷりと楽しく遊んだ思い出がどんぐりに詰まっている。

稲刈を終へて静かな田となりぬ 中島 恵子(出雲)

種選びから始まった米作りの最後の仕上げが稲刈り。一斉にコンバインの音が響き稲田が刈り取られていく。稲刈りの終わった田は静かな刈田となって冬を迎える。農家の安らぎが伝わってくる作品。

満月やすべり台から女の子 樋野美保子(出雲)

今夜は名月ということで家族で公園で月見をしたのだろう。月見に夢中となっている両親を尻目に女の子は滑り台で遊び始めた。滑り台から降りて来た女の子は両親にとって月から来た天女とも見えたことだろう。眼に入れても痛くない愛娘である。

波音の転がる渚秋を待つ 春日 満子(出雲)

賑やかだった海水浴シーズンが去った渚。かつては渚には波と戯れる人声が満ちていたが、今は波の音だけとなった。「波音の転がる」にシーズンオフとなった渚が、波を相手に独り遊びしているようなさびしさがある。


    その他触れたかった句     

せせらぎが水の香運ぶ星月夜
土砂降りの後のしじまや桐一葉
秋思ふとあかねの空が消ゆるとき
丹念に鎌を研ぎけり白露の日
羽一枚落として秋の燕かな
失敗を笑ひに換へて秋うらら
野分あと大きな夕日残しけり
彼岸花厨の窓の夕あかり
針が拾ふレコードの音終戦日
遠近にぬたを打たれし稲田かな
まつ直ぐに岬へ続く彼岸花
月天心赤ちやん象は女の子
曲がりたる川に沿ひたる草紅葉
秋風の色を見たくて眼鏡拭く
秋の田の一枚に来る雲の影
うららけし手を振つて行く縄電車
満月や百戸の村を照らしをり

山口 悦夫
檜山 芳子
山西 悦子
松本 義久
熊倉 一彦
朝日 幸子
柴田まさ江
神保紀和子
鈴木 竜川
池森二三子
金原 敬子
中西 芳之
伊藤みつ子
杉原  潔
安藤 春芦
井原 栄子
川谷 文江


禁無断転載