最終更新日(Update)'24.05.01

白魚火 令和6年5月号 抜粋

 
(通巻第825号)
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5月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句  吉田 美鈴
弥生土器 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭10句のみ掲載) 安食 彰彦ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
  浅井 勝子、加藤 三惠子
白光秀句  村上 尚子
島根地区白魚火俳句大会開催 ―白岩主宰を迎えて― 森脇 あき
雛流し吟行句会記 仲島 伸枝
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
  坂口 悦子、小林 さつき
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(東広島)吉田 美鈴

靴音の弾む木道水芭蕉  佐藤 琴美
          (令和五年七月号 白光集より)
 水芭蕉は「夏が来れば思い出すはるかな尾瀬」で始まる唱歌「夏の思い出」(江間章子作詞、中田喜直作曲)により親しまれるようになった花で、中国地方以北の湿原に群生する。
 雪解けを待って花序(花をつける茎)を出し、純白の苞に包まれて立つ。その姿は誰の目にも清楚な印象で美しい。花が終わると芭蕉の葉に似た葉を出すため水芭蕉と名付けられた。
 二つの百名山、至仏山と燧ヶ岳に囲まれた広大な湿原、尾瀬ヶ原には水芭蕉の咲く季節になると待ちかねた多くのハイカーがやって来る。湿原を守るために六十五キロメートルにも及ぶ木道が取り付けられており、大勢が列をなしてコツコツと渡っていく様子が目に見えるようである。きっと心も弾んでいることだろう。
 掲句は青空の下、鳥の鳴き声を聞きながら真白な水芭蕉が咲く湿原を筆者も一緒に歩いているような気持にさせてくれた。

源は大雪山や田水張る  萩原 峯子
          (令和五年八月号 白光集より)
 気温の低い北海道はもともと亜熱帯原産の米作りに適した気候とはいえず、冷害の苦労が絶えなかった。しかし、農業関係者の努力により近年の水稲収穫量は新潟県に次いで北海道が全国二位を占めている。例えば「ゆめぴりか」はブランド米として有名である。
 広大なお花畑、日本一早い紅葉や壮大な山岳風景で知られる大雪山連峰の雪解け水には雪が解ける過程で大量の酸素が溶け込み、また大地から溶け出したミネラル分が多く含まれている。この水と肥沃な土壌に恵まれていることから北海道の米作りが盛んになったといえよう。その基盤には稲作北上政策とそれに携わった人々を忘れてはならない。
 掲句は簡潔な言葉を用いて雄大な光景が描かれており、気持の良い一句に仕上がった。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 梅 (出雲)安食 彰彦
梅真白逢ひたき人は先に逝く
梅一輪どこへも行けぬ吾に活く
梅白し昭和の戦殉国碑
紅梅やほほゑましきは稚の指
不意打の春雷本を崩しけり
雁帰る出雲の空に道ありて
春夕焼合併校舎工事中
春の虹宍道湖またぐ良き予感

 大き過ぎる切手 (浜松)村上 尚子
みづうみの端より春のきてゐたり
折紙の家に窓描き春兆す
梅が香をひと間に満たし客を待つ
大き過ぎる切手建国記念の日
耕人の己が影より打ち始む
棟上げの空晴れてをり百千鳥
鳥雲に入るや水面に風の道
丸付けて決まる船の名燕くる

 雛 (浜松)渥美 絹代
寒明くる紙飛行機の風に乗り
茅葺きの切り口厚し春一番
日の当たる畳に解く雛の箱
鳥声に雛飾る窓少しあけ
下萌に普請のかんな屑のとぶ
囀やゆれつつのぼる観覧車
卒業歌をはりて鳥の声きこゆ
山笑ふ鯉はをりをり背鰭見せ

 渡し跡 (唐津)小浜 史都女
梅匂ふけふおだやかに筑後川
草青む筑紫次郎に渡し跡
思ひまた母につながり雛飾る
かんむりは膝元にあり古代雛
禄高は六萬石や雛飾
結界の青竹匂ふひなまつり
父のこゑ忘れてしまひ蝌蚪に脚
牛飼をやめて春田を打つてをり

 三月来 (名張)檜林 弘一
香具山に日のよく亘る二月尽
辛夷の芽一寸ほどに揃ひけり
春泥を進み仏足石ひとつ
塗椀に大蛤の開きをり
盆梅の幹一尺の岩を抱く
幾たびも春の小波を打つ渚
波光る大海原の風光る
春光へ音楽会の幕開く

 夢の者 (宇都宮)中村 國司
立春の日にこそ食はめ恵方巻
それでもや七十五歳春来る
鳴き竜のくわつと眼の玉冴返る
春暁の白湯汲み呉れし夢の者
それぞれの春風をゆく登校子
淡雪の止みたる隙の街を撮る
信号機春よ花よといろ変へて
花鳥をゆびさす指や選ぶなく

 花菜風 (東広島)渡邉 春枝
水仙の咲いて一日を恙なく
節分の豆の散らばる佛の間
四世代ひとつの卓に節分会
友よりの長き電話や鳥帰る
今日のこと今日片づけて春の月
抱くたびに重くなる児よ花菜風
新生児の手形足形風光る
行く春の本屋にめくる旅の本

 冬苺 (北見)金田 野歩女
大氷柱音のくぐもる町工場
冬苺届く緩衝材の窪
球根のカタログ開く春隣
園長が園児を泣かす鬼は外
雪解の水に膨らむ山上湖
雛古りて長女五十路を健やかに
立子忌や古き季寄を伴として
春の雪身丈委ぬる歯科の椅子

 二月尽く (東京)寺澤 朝子
冴返る父の蔵書に養生訓
春一番フランスパンを横抱きに
るると説く釈迦の生涯涅槃寺
やはらかき古草踏みて夕散歩
よく伸ぶる爪よと切りぬ春の雷
囀や机辺に昼の日差し来る
さも用事ありげに急ぐ浮かれ猫
祝の文喪の文重ね二月尽く

 雪のこゑ (旭川)平間 純一
雪のこゑ唐突にある師の訃報
寒紅を少し濃くして逝きにけり
院号に「俳」の一字や雪女郎
寒椿別れを惜しみ頰にふれ
雪女うすくれなゐの骨壺に
木の根明く仔牛に乳を腹いつぱい
谷間の林檎剪定こだまして
指摘うくる校正漏れや牡丹の芽

 笹子鳴く (宇都宮)星田 一草
四隅より罅走りある寒の餅
番鴨羽ばたきしげく春近し
笹子鳴く何か探してゐるやうに
はだら雪雀飛び立つ校舎うら
鴨載せて沼の薄氷離れゆく
一人ごと言うてひとりの冴返る
水音の綺羅ます春の小川かな
白銀の遠嶺のまぶし猫柳

 しやぼん玉 (栃木)柴山 要作
凍返る梁剝き出しの藍甕場
白鳥引くただひたすらに水蹴つて
春寒しデイサービスの妻は今
両の手でコーヒーカップ春霙
はだれ野や下校の子らの列伸ぶる
古墳めぐる銀輪の父子風光る
好きな子に吹きて見せたるしやぼん玉
疑ふをまだ知らぬ子らしやぼん玉

 冬すみれ (群馬)篠原 庄治
師の句碑の仮名文字やさし冬すみれ
風花の肩で消えたる野天風呂
法の池沈む朽葉や水温む
休耕田くづれ畦径花なづな
春泥を跳び損ねたり老いの足
野火を追ふ漢畷をひた走る
句帳を手に吾が後生楽うららけし
灯に映ゆる面輪ゆかしきひひなかな

 魚氷に上る (浜松)弓場 忠義
魚氷に上るこの小川もう飛べぬ
浅草寺の鐘の音聞ゆ針供養
地球儀を廻せば戦火建国祭
白梅をこぼして昨夜の雨あがる
音もなく啓蟄の土ぬれてをり
足あとを残しゆき交ふ春の雪
春水を遡りゆく雑魚の群れ
白鳥引く湖北の空をつかひきり

 クロッカス (東広島)奥田 積
よく晴れて朝日かがよふ梅の花
梅の花吾が来し方のにほふなり
清流に清流の魚水ぬるむ
紅梅の散り敷く寺の駐車場
一枚の切手に載する春だより
黒土に帆をはらませてクロッカス
七重の塔の礎石や春の雨
茎立ちてジョウロの水をはじくなり

 ひと揺らぎ (出雲)渡部 美知子
一湾に鳥声わたる寒の明
冴返る山襞著き伯耆富士
薄氷の音なく水に戻りゆく
余寒なほらふそくの火のひと揺らぎ
四百字きちつと埋めて二月尽
音一つ確かめに出づ春の闇
離れてはまたかたまりて蜆舟
飛行雲の崩るる先の春の海

 夢中 (出雲)三原 白鴉
風の息見せて畦火の猛りけり
しじみ汁いつもの朝の明けにけり
国庁址衛士の如くに土筆立つ
啓蟄や貸農園のみな埋まり
霾や喉のひりつく粉薬
風呂敷を解くより香る桜餅
うららかや門を潜れば木魚の音
児に吹いていつしか夢中しやぼん玉



鳥雲集

巻頭1位から10位のみ
渥美絹代選

 初音 (東広島)吉田 美鈴
足場組む金属音や寒日和
青竹を男結びに垣手入
草萌や石に躓く水の音
暖かや畝の長さを歩で測り
早暁の初音ありしと農日記
碇泊の豪華客船春の雪

 早春 (出雲)生馬 明子
鴨の水輪ぶつかり合うて光り合ふ
寝室に水仙活けて明かり消す
通院の空に野道に春兆す
入れかはりふんはり浮かぶ春の雲
春告ぐる畑の草はぬかずおく
手をつなぎ唱歌うたひて木の芽道

 福寿草 (北見)花木 研二
オホーツクの海光届く福寿草
冬の雲形崩さず山を越す
全身で笑ふ赤子や春隣
合格子仏壇磨いてをりにけり
黒板に牛の受胎日暖かし
木の根明く松は明治の根を張りて

 蝶の昼 (浜松)大村 泰子
立春大吉水を窪ませ風すぐる
行脚僧の鉄鉢にすぢ鳥曇
雛飾る声は母似といはれけり
荷ほどきの固き結び目鳥帰る
もも色の山羊の乳房や花菜風
経師屋の糊鉢乾く蝶の昼

 春の川 (鳥取)保木本 さなえ
沢音のころがしてゐる雪解水
春泥を嚙みたるままの猫車
灯を入れて一間を雛に譲りけり
風紋を砂丘に刻む春一番
きらきらと稚魚の散りゆく春の川
リュックからおにぎり出せば風光る

 いぬふぐり (浜松)林 浩世
零れさうなオープンサンド春近し
日の当たるところに群れて残る鴨
木の芽風ナックルフォアの戻り来る
寝ころべば風やはらかしいぬふぐり
英字紙に包まれ届く花ミモザ
仏間いま雛の間となり灯りをり

 寒卵 (出雲)原 和子
寒卵かたき音して割れにけり
一雨に色を見せたる枝垂梅
竹林のかすかなそよぎ浅き春
翠いろ帯びたる湖心蘆の角
母山羊の柵に角研ぐ木の芽風
山笑ふ驢馬は眼を見開きて

 蕗の薹 (牧之原)坂下 昇子
寒椿開き切れずに落ちにけり
風過ぐる時白梅の匂ひけり
早春や水面を走る鳥の影
声近くして鶯の見当たらず
谷川の水の弾めり蕗の薹
跳び越えて渡るせせらぎ水草生ふ

 木の根明く (群馬)鈴木 百合子
参磴の登り口から木の根明く
涅槃絵にみあかしの影揺れ止まず
神饌は山の水なり祈年祭
毛の国の畝まつすぐに麦青む
走筆の音のほかなし春障子
窓際の漱石全集木の芽風

 立春 (松江)西村 松子
春立つや皿洗ふ水まろやかに
立春の日差しを皺の手に受くる
春日濃し頂上の木のくつきりと
簸川野の空のやはらぎ雁帰る
桜漬ゆるりとひらき母遠し
海苔搔女波に呼吸を合はせけり



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 浅井 勝子(磐田)
百色の色鉛筆や春立ちぬ
舌を嚙みさう花種の「ラ」行の名
一瞥を投げて日ぐれのうかれ猫
地虫穴を出づ幅寄せのぎりぎりに
足下へ波うらうらと寄せて来ぬ

 加藤 三惠子(東広島)
一枚の紙を折る指春を待つ
寒戻る買うて使はぬ筆の束
沈丁の花の香りに立ち止まる
川筋の曲がる辺りや花菜風
囀や風は時折向きを変へ



白光秀句
村上尚子

舌を嚙みさう花種の「ラ」行の名 浅井 勝子(磐田)

 洋花の普及から、あらゆる場面で馴染のない花を見かけることが多くなった。
 一度耳から聞いただけでは復誦するのも難しい。片仮名ばかりで書かれていては、それも読みにくい。「ラ行」の花の正体はどんなものだろうか……。
 それにしても今迄「花種」をこのように詠んだ俳句を見たことがない。作者の奇抜な発想にはいつも驚かされる。
  一瞥を投げて日ぐれのうかれ猫
 猫の繁殖期は年に数回あるというが、俳句では特に春の行動を差す。季語の主題は「猫の恋」だが、「うかれ猫」という呼び方はいかにも俳諧的である。
 数日間の猫の真剣な恋の行動を、人間の方が遠慮しつつ一瞥しているようで面白い。

一枚の紙を折る指春を待つ 加藤三惠子(東広島)

 「春を待つ」という季語は目に見えるものではなく、いよいよ春が近付いてくるという主観である。冬の間出来なかったことも暖かくなれば出来ることがある。「一枚の紙を折る」ことから始められることは何だろう。即座に思い付くのは折紙だが、この句は出来上がるものではなく、紙に触れている「指」だけに焦点を絞っている。一枚の紙がどのようになってゆくのかは全く不明だが、作者の明朗な中にも繊細な一面を垣間見た。
  寒戻る買うて使はぬ筆の束
 「筆の束」とは戸外での絵画の写生で使おうとしているものだろうか。先の掲出句にもつながるような気もする。
 「寒戻る」は暖かくなってから再び寒さを感じることで、一度暖かさを知った身にはことさら堪える。本当の春はもうすぐそこである。筆も出番を待っている。

寄せ返す波の先より春立ちぬ 山田 眞二(浜松)

 「春立ちぬ」は立春の副題で、一年で最初の二十四節気の一つ。寒さは厳しいとは言え、今日が立春と思えばそれなりに春の兆しを感じる。その感じ方は人それぞれだが、「波の先」としたところに神経の細やかさが窺える。

春北風のど飴口にバスを待つ 中林 延子(雲南)

 最近は色々なのど飴を売っており、選ぶ楽しみもある。「春北風」はひと口で言えば春の強風だが、土地によって吹き方も寒暖の差もまちまち。決してあなどることはできない。外出するにあたり飴で調子を整えている。

うすらひや朝一番の光浴ぶ 八下田善水(桐生)

 暮しの近くに見る池や水たまりにある「うすらひ」。日が差してくるといつの間にか消えてしまう。「朝一番の光」としたところにはかないものに対する心の動きが見える。「厚氷」では詩としての効果に欠ける。

囀や小鼻膨るる鬼瓦 野田 美子(愛知)

 鬼瓦は屋根の棟の両側に飾りとして据えるもの。その様相は魔除けの役を担っているだけに決して穏やかではない。しかし周囲の「囀」に応えるかのように小鼻を膨らませて喜んでいる、と作者には見えた。

遅き日の郵便受けを二度のぞく 清水 京子(磐田)

 心待ちにしている便りがあるらしい。少し前に覗いたはずのポストを又のぞいている。もし「暮早し」だとしたら読み手の解釈も変わってくるだろう。「遅き日」により心のゆとりが見え、良い便りであることが窺える。

尾を立てて歩く野良猫春日和 渡辺 伸江(浜松)

 猫が尾を立てて歩くのは縄張りを主張している時や自信がある時だという。「春日和」に誘われ自由であるはずの野良猫もいつもより遠出をしている。逆に尾を下げている時は深刻なことがあるらしい。

ものの芽や風吹きぬくる水車小屋 市川 節子(苫小牧)

 春を待ちかねていたように様々な木や草が萌え出す。その中に昔から使われていたような水車小屋がある。入口も窓も明けっ放し。日毎に春らしくなったが北国の風は冷たい。そう思いながらも春の訪れを喜んでいる。

二杯分できて独りや玉子酒 舛岡美恵子(福島)

 昔から玉子酒は滋養強壮と体を温めるものとして飲まれてきた。風邪には打って付け。思い立って作ってみたものの昔からの癖でつい多く出来てしまった。この時改めて今は一人であることに気が付いた。

啓蟄やついでに磨く祖父の靴 冨田 松江(牧之原)

 啓蟄は冬の間地中に眠っていた虫も外へ出て動き出すこと。取り合せには都合の良い季語だが、この句の何げない下十二の惜辞には敬服した。一つの言葉で一気に輝きを増した。


その他の感銘句

解けゆく飛行機雲やひばり東風
しやぼん玉吾子の笑顔が逆しまに
テーラーの小さき神棚針供養
うららかや泥かぴかぴの牛の尻
鳴り止まぬ目覚し時計建国祭
口ごもる言葉をマスクの所為にする
アイロンの蒸気吹き上ぐ蝶の昼
矢印の順路逸れたる梅見かな
春の雪パエリアぱつと炊き上がる
氏神に烏建国記念の日
横顔の写真が好きで桜餅
蕎麦打ちの特訓二月逃げてゆく
雛飾る簞笥長持つまみあげ
鴉の口に一片のパン寒明くる
口直しの煎餅バレンタインの日

菊池 まゆ
熊倉 一彦
坂口 悦子
鈴木 竜川
花輪 宏子
萩原 峯子
松山記代美
山田 哲夫
大嶋惠美子
武村 光隆
藤原 益世
佐藤 琴美
江連 江女
石田 千穂
遠坂 耕筰



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

 苫小牧 坂口 悦子
春めくや御堂に響くハンドベル
畳屋の背中に屋号針供養
ミモザ咲く茶房にパリの風景画
野外劇始まる予感木の根明く
やはらかな春日重ねて産着縫ふ

 旭川 小林 さつき
ダイヤモンドダスト散華のやうに降る
鮮やかな紅引き逝くや雪女
背を押してくれし日のこと名残の雪
灯す家灯されぬ家涅槃雪
喪の花を抱きて帰る余寒かな



白魚火秀句
白岩敏秀

畳屋の背中に屋号針供養 坂口 悦子(苫小牧)

針供養は関東では二月八日、関西では十二月八日に行う。針供養に訪れる女性が多いなかに男性は目立つもの、まして半纏を着ていれば、いやが応でも目立つ。無骨な手で大きな畳針を懇ろに納める。初めは周囲の目を奪っただろうが、半纏の屋号を見て納得。針仕事に携わる人達の連帯感を感じさせる。
 ミモザ咲く茶房にパリの風景画
ミモザは南フランスでは切り花として出荷されているという。花言葉も日本では「優雅」「友情」、フランスでは「思いやり」「感受性」。明るい花言葉を持つミモザとフランスの風景画の洒落た組み合わせが遠い国への想像を広げる。

ダイヤモンドダスト散華のやうに降る 小林さつき(旭川)

極寒期になると水蒸気が結氷して、その細かな氷の結晶が太陽の光をキラキラ反射させながら降ってくる。ダイヤモンドダストである。「散華」とは仏を供養するために花をまき散らすことをいうが、それほどに尊く美しく感じたのだろう。北海道に住む人ならではの句である。
 喪の花を抱きて帰る余寒かな
曙同人の坂本タカ女先生が亡くなられた。よき指導者であり、「白魚火」の宝であった。この句に前書きはないが、先生の葬儀に参列した帰りだろう。教えを受けた先生の回復を願いつつそれが叶わなかった無念さ。心の奥底まで浸み入る余寒である。

牧の春牧夫子牛を撫でて去る 土江 比露(出雲)

牧開き。子牛にとっては初めて見る広々とした世界であり、好奇心があるものの未知の世界の怖さもある。そんな子牛を安心させるように優しく撫でて行った牧夫。牧夫にとって子牛はわが子のような存在なのだ。春の牧場に新しい命の躍動が眩しい。

春寒しタッチパネルの無反応 中村 早苗(宇都宮)

例えば、回転寿司屋とかレストラン。席について、さあ注文しようとすると、タッチパネルが横に置いてある。分かった積もりで操作するものの一向に反応してくれず、結局店員に注文することに…。勘定は機械に支払い、機械の音声で礼を言われ、春寒しのなかを帰ってゆくことになる。直近の未来のこと。

母がゐるただそれだけで春の色 中村喜久子(浜松)

「元始、女性は実に太陽であった」の平塚らいてうの言葉は有名。母親も家庭の太陽なのかも知れない。〈母さんと居るだけでいい餅を焼く 矢島三榮代〉〈母の日の何もしないで母のそば 宮谷昌代〉。母が居るそれだけで十分に幸せ。うららかな春の気分に包まれているような一句である。

山笑ふ後部座席に母の声 清水 京子(磐田)

天気も落ち着き「山笑ふ」の春の季節になり、家族で遠出して楽しもうということになった。後部座席から母親の嬉しそうな声がする。母親の喜びは同時に子どもの喜び。それがリズムのよさに感じられる。

雪解けて素顔の街となりにけり 萩原 峯子(旭川)

街中にうずたかく積もった雪も徐々に解けてきて、物の形が分かるほどになった。やがて地面が表れ、街全体が見えてくる。久し振りに見る見覚えある街のたたずまい。雪で厚化粧された街から開放された安堵が「素顔の街」にある。

卒業の証書抱きて撮りにけり 島津 直子(江津)

卒業は学業を修めた区切りの一つ。その証が卒業証書である。証書を胸に抱いて、卒業式の看板を背景に両親と一緒に記念写真を撮る。一つの終わりであり、また一つの前途ある出発でもある。桜が咲いている頃のこと。

鷹化して鳩と為る如税還付 磯野 陽子(浜松)

確定申告の時期が終わった。一年間懸命に働き、苦労して書類を揃えて税務署に申告する。ところがしばらくしてから、税が還付された。あのお堅い税務署から還付金を受け取るとは、猛禽の鷹が優しい鳩になったかと思うほどである。思いがけない税の還付に税金に追われる庶民の哀感がこもる。

雪解水集め豊かな信濃川 岩島 照子(上越)

信濃川は甲武信ヶ岳(二、四七五㍍)に源を発して、長野県と新潟県を流れる一級河川。両県の雪解水を集めて流れる様子を「豊かな信濃川」と堂々とふる里を詠みあげた。信濃川は日本で一番長い川。


    その他触れたかった句     

踏青や明るきニュースけふも聴く
梢より土に親しき寒雀
春寒や備蓄の水を買ひ足しぬ
どかどかと襖開けたり鬼やらひ
蕗の薹小溝で分かつ美濃近江
羊羹を買うて赤坂一の午
菜の花に菜の花色の夜明けかな
古川句碑の「昭和」の文字や辛夷の芽
道草のやうな余生や日脚伸ぶ
いぬふぐり踏みて園児の縄電車
嬰児の爪の桃色うららけし
まだ履けぬ靴も並べて初雛
仲直り出来て購ふ福寿草
春浅し煮炊きにくもる硝子窓
蕗の薹若草色に水はじく
簗番の胴長靴に潮雫

髙添すみれ
山口 悦夫
山田 惠子
品川美保子
後藤 春子
岡  弘文
加藤三惠子
山本 絹子
落合 勝子
大滝 久江
𠮷田 智子
難波紀久子
青木 敏子
周藤早百合
有川 幸子
脇山 石菖


禁無断転載