最終更新日(Update)'24.02.01

白魚火 令和6年2月号 抜粋

 
(通巻第822号)
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2月号目次
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季節の一句  本倉 裕子
ガスの音 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集 (巻頭10句のみ掲載) 安食 彰彦ほか
白光集 (村上尚子選) (巻頭句のみ掲載)
  鈴木 誠、沼澤 敏美
白光秀句  村上 尚子
令和6年度「同人賞」・「新鋭賞」発表
令和5年札幌全国大会参加記
令和五年度静岡白魚火忘年俳句大会 相澤よし子
令和五年度栃木県白魚火忘年俳句大会・忘年会報告 杉山 和美
秋の吟行俳句会~今高野山~ 真野 麻紀
坑道句会十一月例会報 杉原 栄子
白魚火集(白岩敏秀選) (巻頭句のみ掲載)
  宇於崎 桂子、柴田 まさ江
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(栃木)本倉 裕子

筆立の鉛筆2B日脚伸ぶ  武村 光隆
          (令和四年四月号 白魚火集より)
 掲句は映画の、特に情景描写のファーストシーンを見ているようで気になった句である。
 2Bというのは図画の時間に使った記憶があるので、作者は多分絵を描く人ではあるまいか。
 寒さが厳しい時期に作者は、自室で過ごすよりも大半を家族と共に居間で過ごした。
 ところが一月末のある日、何げなく部屋に立ち寄ると机の上の筆立に長い影が差している。それを見て思わず作者ははっとした。「そろそろ絵筆を取ったら?」と、囁かれた気がしたのだ。
 たった一本の2Bの鉛筆が季節の移り変わりの中で人を動かした。時には誰の言葉よりも強く、そんな有らぬ想像をさせる一句である。

穏やかに暮れゆく島の四温かな  三浦 マリ子
          (令和四年四月号 白魚火集より)
 この句を一読して、まだ見ぬ島が一瞬で目の前に広がった。
 それは瀬戸内の風であったり、穏やかな気候であったり、また人々の暮し、人情全てを感じさせてくれた。
 牡蠣の養殖やオリーブ栽培でも知られるこの江田島は、漁業、農業に従事している方が大半だと思う。人々は絶えず空の色を、海の様子を窺う暮しだと思う。
 掲句は昨日まで厳しい寒さが続いた後の四温だったに違いない。この日は一日中、お年寄りの笑い声が聞こえてくるような日だった。
 「穏やかに暮れゆく」とは、島にとって何事もなく一日が過ぎゆくということだ。
 そんなのんびりした一日の、圧倒的な夕日を思い浮かべて、こちらもなぜか安堵感を覚えた一句である。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 酒を酌む (出雲)安食 彰彦
侍の首塚紅葉のふところに
借景の山水は美し紅葉晴
紅葉庭まつただ中にわれの句碑
紅葉せり絶景絶景中座敷
見飽きたる庭下駄を履き夕紅葉
夕紅葉うつくしければ酒を酌む
みぎひだり紅葉黄葉の勝手口
酒のあと月を眺めて上厠

 響き合ふ (浜松)村上 尚子
一通の文をポストへ今朝の冬
日本の地図を畳に神の留守
冬日向机の上の天球儀
泡ひとつ吐いて鯉寄る小春かな
嫁の好きなカレー勤労感謝の日
放牧の馬の背に乗る冬日かな
水槽の隅へ海鼠の寄りたがる
枯れ切つて深山端山の響き合ふ

 牡蠣田 (浜松)渥美 絹代
手漕ぎポンプしかしか押せば木の実降る
紅葉かつ散る遠ざかる船の音
向き変へて光る小春のグライダー
鳥声のをさまり牡蠣田暮れにけり
地獄絵図見てより仰ぐ返り花
舟を出す五六羽ほどの鴨たたせ
解体の跡地に蛇口冬の月
鬼の出で星の増えゆく里神楽

 天山に (唐津)小浜 史都女
うなづいてくるる母なく林檎むく
紅葉且つ散る本丸のカノン砲
狛犬に石蕗のつぼみの立ちあがる
竜の玉かくれごころのうすみどり
天山にみな胸向けて浮寝鳥
逃げ隠れもせぬいろ冬のからすうり
裸木に胴上げされしごとき月
極月の水を摑んであめんぼう

 冬めく (名張)檜林 弘一
威銃わが胸板を打ちにけり
父の忌の日記三行小六月
細波の光より出づ鴨の陣
神殿の奥に神殿冬日和
木洩れ日に色まだ若き青木の実
冬薔薇の六分に開き香を放つ
積荷より葱のはみだす京の路地
燗酒のもう一本を締めとせむ

 地球変 (宇都宮)中村 國司
出城跡まで九十九折散紅葉
青邨が句碑の楓も散る最中
関東を透く多気城址冬木立
冬ざれて穭がみのる地球変
大谷一郎句碑
若きらの通る師の句碑冬菫
鰭酒や店暗ければ肴いらず
家中の耳の起ちたる母の咳
電線とからすの黒し冬夕焼

 星月夜 (東広島)渡邉 春枝
体調に合はする歩幅花野径
秋燈下いく度も読む師の句集
姉の忌を修してよりの星月夜
野には野の山には山の秋の風
立冬の背筋を正す佛の間
散り急ぐ山茶花朝の風を呼ぶ
風邪ぎみの嬰を預かる日曜日
着ぶくれて古き話の盛り上がる

 製糖所 (北見)金田 野歩女
垣越えを手繰り寄せたる種瓢
製糖所よりの白煙今朝の冬
若鷲の翼に若さありにけり
清らかな疏水に添うて石蕗の花
雪雲の低く懸かれど恙無し
セーターを詰め膨らみぬ旅鞄
冬囲縄屑拾ふお手伝ひ
聖夜かな牧師の聖書傷みをり

 冬銀河 (東京)寺澤 朝子
古酒旨し猪口一杯を定量に
明々と庫裏を灯せり十夜寺
神在の国に生まれて永らうて
神木の樹齢千年神の留守
木の葉散るこの道けふの足馴らし
冬日斯くもゆたかに卒寿一つ過ぐ
冬帽子銀座に宝くじの列
句友追悼
詮無かりし別れの一つ冬銀河

 冬の雷 (旭川)平間 純一
黄落やカステラ色の北の街
さわさわとアイヌ墓域の落葉かな
がさごそと落葉漕ぎゆくビッキ墓碑
朽ちゆける木墓に冬日地に温み
銀杏の木あつけらかんと冬日浴ぶ
嫗置き夫息子逝く冬の雷
初雪の乱吹ける朝や身構ふる
雪の降る降る昔みな少年だった

 秋の夜半 (宇都宮)星田 一草
いま生きてゐるといふこと秋の夜半
草紅葉して尊徳の土饅頭
一山を一枚に展べ湖紅葉
しもつけの野に野紺菊愛でにけり
閑かさの中を静かに赤とんぼ
冬浅し耳を寄せ合ふ羅漢かな
林床に冬日の影のみな斜め
堰音の静かさにあり冬の川

 綿虫 (栃木)柴山 要作
新米炊く一粒毎に顔のあり
大鋸屑おがくづ焚き藍養生の今朝の冬
侍塚さむらひづか菰巻く子らの声満ちて
捨て窯の中まで日の矢小六月
茶が咲けり八十路の初心忘るまじ
枯菊やひくひく光る蜂の尻
枯蟷螂眼は未だ枯れ切れず
掬はんと綿虫と息同じうす

 落葉掃く (群馬)篠原 庄治
湖に静けさもどる冬木立
陽の当たり音して落つる霜雫
炉開やお籠り堂の煤光り
日溜りに残るひともと冬紅葉
さざ波は浮寝の鴨の子守唄
小春日や裏山藤の実爆ずる音
落葉掃く風叱りつつ宥めつつ
熔岩原のどの径行くも枯芒

 浜千鳥 (浜松)弓場 忠義
我が影を伸ばしてゐたり冬に入る
時雨傘さしてふたりの旅半ば
冬耕の畝柔らかに立ち上がり
釣銭を祝儀としたり酉の市
火を使はぬことも勤労感謝の日
波に消ゆ足跡なれど浜千鳥
冬紅葉せせらぎの音細くして
鈴懸の枯葉舞ふ夜となりにけり

 初雪 (東広島)奥田 積
橋渡ればすぐに総門もみぢ寺
太鼓橋の朱を引き立てて山紅葉
重文の結界石や冷えまさる
背山より初雪の舞ふ御影堂
雪が降るかつて七堂伽藍とや
軒下に蜂の骸や冬日差し
寝てゐても銀杏落葉を踏んでをり
こもれ日の落葉色分けしてをりぬ

 動かぬ日 (出雲)渡部 美知子
乳母車銀杏落葉の只中に
神在の日ざしあまねき水面かな
一斉に声を放つや冬木立
石段の先を争ふ落葉かな
遠めがねの丸き世界に遊ぶ鴨
夜の雨に湿りがちなる神楽笛
風を乗せ夕日をのせて冬の川
ちやんちやんこ今日は動かぬ日と決めて

 走り根 (出雲)三原 白鴉
山茶花の散るに暗さのなかりけり
冬の雁胸を汚して田を漁る
頸きつと立てて見張りの冬の雁
風いなす力まだあり枯芒
冬の日を散らし漁舟の湖を搔く
浜千鳥夕日に影を曳き走る
赤き花花舗に溢るる師走かな
走り根の脈打つ如し大冬木



鳥雲集

巻頭1位から10位のみ
渥美絹代選

 角伐 (浜松)阿部 芙美子
鹿に水含ませ角を伐りにけり
バーゲンの渦中にをりぬ文化の日
音立てて閉まる扉や冬に入る
小春日や野良猫に鈴付けてあり
バズーカ砲に似たるカメラの鷹を追ふ
一陽来復豚汁の具だくさん

 唐紙 (群馬)鈴木 百合子
ひとすぢの雲の撫で行く月の面
幕間の長き地芝居夕烏
父祖の墓に大き鳶の輪草紅葉
神杉を透かして紅葉且つ散れる
枕辺の本の崩るる霜夜かな
唐紙の中より墨書幾重にも

 金柑 (藤枝)横田 じゅんこ
威銃ひびき崩るる空模様
金柑を煮つむる夜のひとりごと
茶の花や山鳩の声遠く聞く
冬あたたか杜氏四五人顔そろへ
息白くやさしきことばいただきぬ
みかん狩いちにち雲の流れをり

 太白 (浜松)坂田 吉康
伊那谷を遥か眼下に林檎捥ぐ
今朝の冬昨日の雀来たりけり
酒蔵に黒き格子戸山眠る
錠剤を呑んでむせたる寒さかな
重ねたる反古に墨の香冬ぬくし
太白に煙のとどく浜焚火

 木の実独楽 (牧之原)坂下 昇子
夕陽背に鴨の一陣着きにけり
取り替へてもらつても負け木の実独楽
足袋の指余つてをりぬ七五三
雲は行き日向ぼつこのつづきけり
干大根今日の日差しに皺増やす
一枚の落葉動かすほどの風

 かりがね (松江)西村 松子
かりがねや砂丘は夜も波を描き
ひよんの実を誰にともなく吹きにけり
父のやうな冬木にしばし凭れたる
うつすらと隠岐見ゆる日や鰤捌く
菜を茹づる湯の滾りをり初霰
凍蝶に息かかるほど屈みけり

 絵本 (宇都宮)星 揚子
銀杏ちる絵本開きしまま駆くる
小春日や跳ねて引きたる人力車
卵塔に丸く日の射す石蕗の花
水重く揺らして均す紙漉女
マンホール下の水音十二月
目は何か捕へてをりぬ枯蟷螂

 雪吊 (多摩)寺田 佳代子
弥陀仏へ十一月のとんびの輪
海風に音をあげたる蓮の骨
モノレールの終点は海冬落暉
雪吊を終へ庭園の引き締まる
診察日枯葉を肩に帰りけり
走り根の隠れてゐたり落葉道

 冬日和 (呉)久保 徹郎
野面積みに銀杏黄葉の降り積もる
またひとつ帽子増えをり木の葉髪
冬ざれや煉瓦倉庫のアーチ窓
潜水艦の先に鳥浮く冬日和
父の名の残る行李や煤払
寒鯉の太く水吐き消えにけり

 小春 (東広島)溝西 澄恵
蹲ひに落つる水音冬に入る
癒え兆す母と豆選る小春かな
所在無き一日もよろし小六月
昼時を知る遠汽笛みかん山
笹鳴や篁深く日の差して
おでん酒愚痴をぽつりと老教師



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 鈴木 誠(浜松)
木の実独楽回す子が居て母が居て
神の留守ごろ寝してゐる妻と猫
小春日や我より前を歩く妻
槌音の聞こゆ勤労感謝の日
着ぶくれてエレベーターに乗り合はす

 沼澤 敏美(旭川)
ここからは熊の聖域きのこ山
遠景は十勝連山薄原
犬ころのモンローウォーク冬隣
初雪や転げるやうに犬駆くる
柴犬の思案してゐる雪催



白光秀句
村上尚子

神の留守ごろ寝してゐる妻と猫 鈴木 誠(浜松)

 全国の神々が出雲大社へ集まり、諸国の神社は神が留守になることから「神の留守」となる。
取り合わせの句には都合のよい季語だが、得てしてつき過ぎ・・・・となるので注意したい。
 この景は誰でもすぐ想像できるほほえましい奥様の姿だが、それをさらりと言い切ったところが作者の技量である。日頃の信頼と寛容さから生まれた一句。
 神様が帰られてからも見られる景かも知れない。
  木の実独楽回す子が居て母が居て
 あまり見られなくなった木の実独楽だが、一人ではなく仲間が居ればなお楽しい。この句の中で喜んでいるのは子供と母親だが、それを見ている作者も喜んでいるのが分かる。

ここからは熊の聖域きのこ山 沼澤 敏美(旭川)

冬の間たびたび熊の出没のニュースを見聞きし、多くの犠牲者も出た。旭川市にお住まいの作者は日々の暮しの中でも身近に感じておられることだろう。都会では全てが人間だけのものと思いがちだが、決してそうではない。作者が「熊の聖域・・」としたところに自然への心得と覚悟が強く表現されている。我々が守るべき掟があってこそ、楽しくきのこ採りをすることができる。
  柴犬の思案してゐる雪催
 家で飼われている柴犬であろう。北海道の冬は寒い。しかし寒いが故に楽しめることもたくさんあるはずだが、日常はやはり暖かい方がありがたい。「雪催」となれば事と次第によっては後回しにする場合もある。寒さには強いと思っていた犬でさえ、今日の空模様を見て戸惑っているように見える。人間も同じである。

着ぶくれて土鍋重たくなりにけり 三関ソノ江(北海道)

 鍋料理になくてはならない土鍋。最近はおしゃれなものが出回っているが、やはり使い馴れたものは捨てがたい。しかし九十五歳の作者には確かに重い。それを歳のせいではなく「着ぶくれて」と躱したところは、さすがである。

参拝のひとりひとりに散る紅葉 山田 眞二(浜松)

 この時期の参拝者と言えば七五三の祝か、紅葉を愛でながらの参拝者か。いずれにしてもその人達の喜びの声に応えるように紅葉が散っている。それを然も人為的のように表現したところに詩がある。

十二月ぷつと膨るるピザの耳 熊倉 一彦(日光)

 窯の中を覗きながらピザの焼ける様子を見ている。乗せてある材料によって火の回り具合いは違うが、やがて周囲の生地が焼き上がってきた。「ぷつと膨るる」とピザに意志があるかのような表現が面白い。

美濃焼のぐい飲みふたつ夜半の冬 松山記代美(磐田)

 ご主人とお酒を飲んでいるのだろう。気が付けば既に夜更けとなっていた。二人の前に置かれたぐい飲みはかつて旅をした時の思い出に繫がるものだろう。楽しそうな笑いと話し声が聞こえてくる。

振りむけば猫も振り向く小六月 池森二三子(東広島)

 冬とは言え穏やかな日和が続くことがある。そんな時はふらりと外へ出てみたくなる。猫とて同じらしい。すれ違ったあと振り向くと猫も振り向いた。何か感じるものがあったのだろう。「小六月」ならではのシーン。

鐘の音や落葉の中を牧師来る 長島 啓子(栃木)

 教会の広い敷地なのだろうか。きれいだった紅葉も今はすっかり地上を彩っている。その中を牧師が近付いてくる。まるで一枚の絵を見ているようだ。「鐘の音」が画面の広がりを感じさせる。

亡き夫の手帳勤労感謝の日 徳永 敏子(東広島)

上八文字に作者の思いが集約され、季語へと展開している。感情は一切表現していないがその重みは充分に伝わってくる。俳句に切れ・・があることの効果でもある。

冬北斗憂き事ひとつ消えにけり 久保美津女(唐津)

 冬に見る星は他の季節とは違う趣がある。
 北斗七星は北極星を見つける目印とされ、一番身近に感じられる星である。しばらく見つめている間に元の自分を取り戻したという。

手をすべる薄き石けん秋惜しむ 仙田美名代(群馬)

 毎日使ってきた石けんがいよいよ使いにくくなってきた。長い間コロナ禍にあり使うことが多かった。制約の多かった日々を振り返り「秋惜しむ」の境地に至った。


その他の感銘句

水口の新しき幣鵙猛る
新しき石鹼勤労感謝の日
冬蝶の黄をやはらかく日に返す
風にすぐ消ゆるむぐりの波紋かな
風音の大きくなりぬ神送
木枯やライブハウスに灯のともる
電線を引き合ふ小路冬に入る
水鳥の群れ一斉に飛び立てり
静けさや渚を伝ひ冬が来る
神の旅大きな雲の動き出す
熱気球上がる勤労感謝の日
去年今年柱時計が刻む音
日のかげるとき冬山の貌となる
畑から大根二本ぶら下げて
仏壇の二人の母へ野紺菊

安部実知子
工藤 智子
阿部 晴江
鈴木 利久
山田 惠子
花輪 宏子
岡  久子
岩井 秀明
髙橋とし子
青木 敏子
太田尾千代女
唐澤富美女
上尾 勝彦
加藤 明子
富岡のり子



白魚火集
〔同人・会員作品〕  巻頭句
白岩敏秀選

 浜松 宇於崎 桂子
立冬や一番出しの濃く香る
神の留守クリームパンにある隙間
鴨の群れ二手に分かれ落ち着きぬ
搔き寄する落葉の中にボールペン
柿落葉搔き寄せ庭を寂しくす

 牧之原 柴田 まさ江
遠州の風たつぷりと甘藷干す
おしやべりの聞こえてきさう紅葉山
蔓引けば山の声する烏瓜
海よりの光に弾け海桐の実
肩書は主婦や勤労感謝の日



白魚火秀句
白岩敏秀

 柿落葉搔き寄せ庭を寂しくす 宇於崎桂子(浜松)

柿落葉の艶やかな美しさを楽しんでいたが、何時までも放置しておけないので箒を持ちだして落葉を残らず搔き寄せた。庭はきれいになったが、色を失って寂しい庭になってしまった。失って初めて気付く大事なことがある。
 神の留守クリームパンにある隙間
餡パンには臍があり、クリームパンには隙間がある。言われてみればそうだと気付く。こんな些細なことに気付くのも神の留守の故か。神の留守に行われた悪戯とも…。

おしやべりの聞こえてきさう紅葉山 柴田まさ江(牧之原)

紅葉山のお喋りが聞こえてきそうだという。平安朝の宮廷の女房たちが着重ねた衣の配色をあれこれと話したように、山が紅葉の濃淡や配色をささめきあっているのだろう。山を擬人化して紅葉の美しさを称えている。
 蔓引けば山の声する烏瓜
周囲の木々が枯れ尽くしてしまった中に、ひときわ赤い烏瓜が目につく。山路を歩きながら目についた烏瓜の蔓を引くとかさかさと枯れた音を伴って烏瓜が近づいて来る。蔓の音を山の声と捉えて、山の静けさを強調した。

喜びを言葉に変へて落葉踏む 村上千柄子(磐田)

喜びを心の内に仕舞っていても人には伝わらない。言葉で表すか、行動で示すか。言葉には言霊が宿る。心のこもった言葉に良い言霊が宿る。落葉を踏む足取りが軽い。

文化の日茶飲み話に加はりぬ 三関ソノ江(北海道)

「文化の日」には文化に貢献した人達に勲章が授けられる。勲章に縁のない我々は祭日を楽しむ。今日も近所の仲良しが集まって世間話に余念がない。気負いのない生活が気負いなく詠まれている。

落葉して寡黙となりぬ雑木山 山田 哲夫(鳥取)

青葉や紅葉の季節には賑やかで饒舌だったが、落葉すると寡黙になった雑木山。寡黙は来たるべき春のために力を溜めている雌伏のすがた。寡黙となって雌伏する雑木山に作者の今を投影しているのだろうか。

全身を映して決むる冬帽子 小杉 好恵(札幌)

冬帽子は春帽子や夏帽子ほどの派手やかさはない。どう被っても冬帽子である。そこで決め手になるのは全身の身のこなし。全身の映る鏡に向かって正面から眺めたり、横向きに眺めたり…。時間をかけて選んだお気に入りの冬帽子である。

座つても立つても忙し十二月 沢中キヨヱ(函館)

十二月に入るとなすべき仕事を考えるが、まだ行動には移さない。中頃にはそろそろと思うが、まだ大丈夫と気持ちに余裕がある。
いよいよ年も押し迫ってくると座っても立っても忙しくなる。席を暖める暇もなしとはこのこと。

仏壇の花をたやさず十二月 吉原絵美子(唐津)

十二月は何かと忙しい。しかも花のない季節。そんな中でも毎日仏壇に花を欠かさず供えている。信仰心の篤さもさることながら、深く先祖を敬う気持ちが日々の供花に現れている。忙しい十二月にそうであればそれ以外の月にも花が飾られていたことは言うまでもない。

松手入庭師と松の長き黙 池本 則子 (所沢)

松手入に庭師がやってきて、松に長い梯子を掛けた。早速に作業を始めるかと見ていると、腕組みをしてじっと松を見上げている。庭師が松と会話して、松が最も好むスタイルを決めているところ。芭蕉の「松のことは松に習へ」を体得した老練な庭師のようだ。

山からの水を豊かにばつたんこ 加藤 明子(牧之原)

山から流れる豊かな水音を気持ちよく聞かせながらいきなりの「ばったんこ」。突然の大きな音に驚かされては鳥もけものもたちどころに逃げてしまう。庭園などにあれば風流な装置も田畑に置かれると役目も変わる。世の中にも立場が変われば態度の変わる人がいることはいる。


    その他触れたかった句     

落慶の檜のにほひ霜日和
旅の靴軽く紅葉の街歩く
初時雨立て掛けて置く庭の下駄
マッチ箱のやうな交番ななかまど
ポケットの団栗出して旅終ふる
凍雲の鯨のやうに漂へり
街道に残る酒蔵水の秋
鯛焼屋人出を待ちて屋台組む
跳ねしまま竿に干さるる津田蕪
振り向けば手を振る母や冬紅葉
時雨るるや置き忘れたる三輪車
山よりの風乾きをり今朝の冬
寒紅を引きて米寿の姉祝ふ
縁談の話まとまる白障子
病床の枕に払ふ木の葉髪
日差しもう海に傾き石蕗の花
落鮎のきらりと光る川面かな

野田 美子
工藤 智子
森下美紀子
山田 眞二
富田 倫代
安藤 春芦
古川美弥子
勝部アサ子
藤原 益世
西澤 寿江
永戸 淳子
岩井 秀明
三浦マリ子
春日 満子
太田尾利恵
藤田 光代
杉原由利子


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