最終更新日(Update)'16.02.01

白魚火 平成28年2月号 抜粋

 
(通巻第726号)
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 2月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    鈴木 百合子 
「陶器市」(作品) 白岩敏秀
曙集鳥雲集(一部掲載)坂本タカ女 ほか
白光集(村上尚子選)(巻頭句のみ掲載)
       
保木本さなえ 、鈴木 敬子  ほか    
白光秀句  村上 尚子
栃木白魚火忘年句会報  中村 國司
白魚火集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
     鈴木 喜久栄、町田 由美子 ほか
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(群 馬) 鈴木 百合子   


寒鯉の雲を壊してまた沈む  中村 國司
(平成二十七年四月号 白光集より)

 静寂の漂う古刹の大きな池の景と解したい。
 見映えの好い冬の雲が真っ平な池の面に映っていた。冬の雲は、多くは灰色に垂れ込め陰鬱なものであるが晴れた日には、やんわりとして色も形も美しい。池を一つの額に仕立て、美しい雲そして少し離れたところには、枝振りの好い老松の緑も配したい。そこに、今まで池の底にじっと身じろぎもせずに潜っていた寒鯉が、柔らかな暖かい冬の陽が差している水面にぬっと現れ一呼吸。
 そして、何もなかったかのように水中に姿を消した。鯉の大きな水輪だけが残され、池の面の景は一瞬にして壊されてしまった。
 ただ、古刹の静けさだけは永遠に続いているのである。
 殺伐とした昨今筆者もいっとき、そのような景の中に浸りたいものである。

薄暗き一間に炭の爆ぜにけり  古川 志美子
(平成二十七年四月号 白魚火集より)

 草庵の小間におけるしめやかな茶席。
 丸太や竹など素朴な材料を使って土壁で囲って建てられた草庵。縁側からの採光を遮り、様々な窓によって光の調整がなされるという。
 茶席では、明りの加減を大切にして明る過ぎない、ほの暗さが求められてきた。千利休は、「この明るさこそ茶の湯の空間の命である。」と師から教えられたという。その薄暗い小間において茶人による小さな茶会が開かれている。
 煤竹の花入れに茶花なる一輪の椿が朱を放っている。侘び・寂びの静寂のなかに凜とした空気が張り詰めている。そんななか、小間に切られた目の前の炉の炭が熾こり、かそけき音を立てて爆ぜたのである。
 釜の湯の沸く松風の美しい音の流れるなか、亭主・客の一人一人が一服のお茶を介して今、この刻の一期一会の縁に思いをめぐらせていたのではないだろうか。
 茶の湯の心得のない筆者も若かりし頃、茶の湯の先生のお宅で、一服のお茶を御馳走になったことがあった。その折、「鼻から飲まなければいいのですよ。美味しく召し上がって下さい。」と寛待を受けた。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 式部の実  坂本タカ女
おつぼぐちなる花の筒式部の実
強風につかまり立ちの高紫苑
隣る木に宿りしつるうめもどき実に
濃黄葉ののぼりつめたるつるでまり
消し忘れある車内灯ちちろ鳴く
人気なき果樹園つるべ落しかな
枕に句帳添はせ霜くる夜と思ふ
鬚根とる手元のつるべ落しかな

 十 月 桜  鈴木三都夫
道々の草と遊びて里の秋
せせらぎの作る川風蓼の花
遠来の鴨を迎へし沼の朝
鷭と鳰数の減つたり増えたりす
パスポート要らぬ鴨らの浮寝かな
ぱらぱらと咲き継ぎ十月桜かな
蓮の骨水に交叉の影乱す
石蕗の咲く日向恋しくなりにけり

 返 り 花  山根仙花
みづうみと言ふ大いなる水の秋
みづうみの平らを渡る時雨かな
みづうみに浮かぶ冬雲だけの空
薄紅葉濃紅葉句帳開きけり
ゆく秋の日に馴染みたる古川句碑
手箒で払ふ落葉や古川句碑
落葉降るかそけき音や句碑の森
暮れてゆく今日といふ日や返り花

 雑  炊  安食彰彦 
冬雲を神奈備山は羽織りけり
客帰る冬日の影の去りにけり
梟の鳴き声昨夜は聞かざりし
波まぶし番の鴨の波にのり
竹箒忘れてありし枯木立
さがりたる枯蔓引けば枯るる音
ほうほうと言ひ雑炊を啜りけり
熱燗をなぜか勧むる縄暖簾

 落  椿   青木華都子
戦争と平和と秋の舞扇
つきたての餅仏壇に供へらる
手を上げて渡る信号年明くる
囀に囀どの木からとなく
芽吹き急なべてものの芽紅の濃し
白よりも紅のさびしき落椿
雨上がる三つ四つ五つつ椿落つ
地に落ちで未だ咲いてをり白椿

 冬に入る  村上尚子
冬に入る一つの山に日を乗せて
神の留守研屋へ出刃と花鋏
山襞の影濃くなりぬ神無月
子供らのこゑを水辺に冬ぬくし
返り花藁屋根の日がすべりきし
朴落葉拾ひて歳を重ねけり
つはぶきに波寄する音返す音
臘梅の蕾に日差し揃ひけり

  母 の 忌  小浜史都女
野紺菊踏みつけ猪の道新た
かりがねや便りみじかく書き終る
冬に入る雀はすずめいろのまま
返り花日暮拒んでゐたりけり
母の忌の枇杷ふつくらと咲いてをり
冬紅葉山影迫る観世音
落葉道ふり向かれたる淋しさよ
火の玉のやうなり冬のからすうり 
 冬すみれ  小林 梨花
供へたる鬼柚子どかつと御神前
二人には二人の灯下親しめり
名湯に浸りて聴くも神楽笛
救はれし命大事に十二月
邂逅の恩師と握手小春かな
師の恩に返す術なく冬すみれ
老い夫と二人に余るかぶら汁
冬芽張る花の枝透け青き海

 阿 羅 漢  鶴見一石子
夜もすがら波の花跳ぶ日本海
蓮根掘り阿羅漢となり舟を曳く
天地の神を信じし冬北斗
妖怪は死なず鬼太郎冬銀河
懸大根雲脚早き岩木山
晩節は杖と仲良し冬帽子
鮟鱇鍋酒の匂へる疊部屋
大礁小礁ゆする北風かな

 冬ごもり  渡邉春枝
着ぶくれて町内会の纏め役
女生徒のどつと追ひ越す小春かな
欠席の一人気がかり花八つ手
冬ぬくし残業の灯の点りゐて
冬うらら部屋ごとに鳴る掛時計
年の瀬の筆師の語る筆の町
手びねりの茶碗重たき冬ごもり
菓子箱を文筥として年暮るる

 銀杏散る   渥美絹代
縁日の寺でいただく零余子飯
新蕎麦を打つ床の間に祝樽
銀杏散る鋸の目立の音の中
ひひらぎの花や庄屋の裏鬼門
大根引く観音堂の下の畑
垣を結ふ竹あをあをと十二月
鍬使ふ音を近くに布団干す
波際に呉須の陶片冬日和

 沼 の 秋  今井星女
秋の駒ケ岳切つ先尖る剣が峰
秋の駒ケ岳一筋だけの登山道
駒ケ岳どこからも見ゆ沼の秋
紅葉せる島から島へ太鼓橋
手を引いて橋を渡れる沼の秋
沼の秋虚子曽遊の径歩む
どんぐりを宝のやうに撫でにけり
秋澄めり吹奏楽は女子生徒

 双 眼 鏡  金田野歩女
色鳥の貯食つぶさに双眼鏡
脇役の裳裾の長き菊人形
大根漬く重石夫の手を借りて
小春日や墨磨る小筆に馴染むまで
父と子のひたひた走る落葉道
昼の火事路地塞ぎをる消防車
葉脈の強霜解けてゆく朝
海浅き遺愛の硯賀状書く

 年 忘 れ  寺澤朝子
土踏まぬ暮しに馴れて冬木の芽
返り咲く花に日ざしのやはらかし
引越しは三軒お隣花八つ手
咲き残る花を街路に師走来る
ほのぼのと文字も酔うたり年忘れ
胸あたたかたとへ辺りは枯れようと
父亡くてはや二十五年木の葉髪
父偲ぶ花の絵柄の掛布団


鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

 懸巣飛ぶ  奥野 津矢子
懸巣飛ぶ媼ふたりの畑仕事
鉢伏せて石置くことも冬用意
踏み甲斐のある鈴懸の落葉かな
報恩講母の身支度簡素なり
稚児笹の枯れて五位鷺身じろがず
ふくろふの冥き瞬き雨催ひ

 冬  隣  安澤 啓子
合掌の二階百畳冬隣
鯊釣つてまあまあと言ふ三年生
巡回の研ぎ屋の来る冬隣
木守柿軒端余さず薪を積む
携帯も時計も持たず小六月
囲炉裏辺の嫁座の脇に薪置場

 初 時 雨  宇賀神 尚雄
勿来への道を湿らす初時雨
堂塔の影すつきりと冬に入る
冬濤の礁を掴み覆ひける
神無月の陽だまりとなる長屋門
磴のぼる袴姿の七五三
木戸口に闇の来てゐる冬茜

 冬 の 日  佐藤 升子
踏切のかねの鳴り出す初時雨
綿虫や郵便受けの蓋開いて
花八つ手叔母の訃報を母に言ふ
茶の花や原稿用紙白きまま
正坐して膝のうすさや石蕗の花
冬の日を畳み込みては陶土練る

 神 在 月  出口 廣志
神在の出雲の国へ旅心
晩じるてふ優しきことば冬紅葉
山陽の陽差しは多し十二月
かもめどち白さ極めて冬ざるる
人生の岐路幾度か虎落笛
傘寿過ぎ徐々に身軽に枇杷の花

 花八ツ手  星  揚子
花八ツ手知る人ぞ知る路地のあり
柔らかな葉の少し出て返り花
どさと脱ぐ一夜の銀杏落葉かな
遠富士のくつきり浮かぶ木守柿
軽やかに落葉踏みゆく少女かな
ゐるだけでその場を支配冬の蠅

 冬ざるる  本杉 郁代
穭田となりて田んぼの休まらず
鴨の水脈水面の景を崩しけり
身に沁むやつかねばならぬ嘘一つ
風傷み潮いたみせし冬椿
寺と宮隣り合はせて冬ざるる
じやんけんの最初はぐうや師走来る

 神 在 月  渡部 美知子
神議りの神を労ふ冬日かな
冬空へ千木黒々と威を放つ
神在やふいと出会へるそぞろ神
寒波急神のいたづらやもしれぬ
虎落笛神話の里の闇を曳く
築地松黙して冬の風を聞く
 冬ぬくし  荒井 孝子
丸窓の小さな宇宙冬紅葉
枯れ急ぐものの一つに筧水
忌を修し母を語れば時雨けり
母の忌の葛湯をゆるく溶きにけり
気付かるることなく消ゆる冬の虹
全身で笑ふあかんばう冬ぬくし

 冬 の 虹  生馬 明子
船通山の風に弾くる檀の実
駅弁の立売の声秋惜しむ
身に入むや盲人の吹くハーモニカ
十九社の四手強く揺れ神迎
捨舟のかげに日暮の鴨の声
北山の風車にかかる冬の虹

 龍 の 玉  鈴木 百合子
朝寒の塔婆の墨のかをりけり
外濠に内濠に冬来りけり
寒鯉のぬつと現れぬつと消ゆ
龍の玉四十七士を対幅に
綿虫や香煙絶えぬ義士の墓
やはらかき夕日のなかに枇杷の花

 年 の 暮  挾間 敏子
漱石忌一書探して小半日
針持てば幸せ少し冬の夜
山茶花や表札いつか代替り
小火鉢やつくづく母に似て来し手
畑へ出る戸の開きどほし小六月
処方薬山ほどもらふ年の暮

 ぶつきらぼう  平間 純一
着ぶくれてぶつきらぼうにして優し
酒一合のあと一椀の根深汁
ぶつ切の根深の饅やひとり食む
日を追つてはたはたと舞ふ冬の蝶
白鳥渡るショパンのピアノ曲きこゆ
音のなきアイヌの墓域根雪来る

 神の留守  松本 光子
なかんづく紅葉明りの太鼓橋
秋さぶや水琴窟の音もまた
冬に入る五指もて拭ふバスの窓
神留守の怒濤の迫る旅枕
囮鵜の鳥屋に羽撃く小春かな
鮟鱇鍋とろり濤音遠ざかる

 十 二 月  弓場 忠義
縁側より伸ぶる釣竿冬うらら
引く波に小石ころがる十二月
金色の寒満月を畏れけり
十二月八日の朝のラジオかな
二日目の煮返しおでん娘来る
茎の石ははの暮しを思ひけり


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 保木本さなえ

立冬の子の声路地を走りけり
木の葉散る森に日差しを置き去りに
短日の鋏の音が樹を移る
日をのせて柿の落葉のひるがへる
ふり返るたびに広がりゆく枯野


 鈴木 敬子

熟柿もぐ眞青な空を顔に乘せ
赤べこの首振る夜の神渡し
いたち罠掛けて講釈はじまりぬ
炉話や明珍火箸手に持ちて
寒波くる錠剤手より零れけり



白光秀句
村上尚子


ふり返るたびに広がりゆく枯野保  木本さなえ

 〈遠山に日の当りたる枯野かな〉これは虚子の一代傑作であり、この句にいたり始めてその本領を発揮したと言われている。
 掲句を読み終え、虚子の「枯野」とさなえさんの「枯野」が重なって見えた。前者は一点に立ってじっと見ている。その枯野の向こうには日の当たる山が見えていることで、寒寒としたなかにも明るさが感じられる。それに対して後者は一本の道を歩きながら、時々ふり返って見ている。そのなかには自身の老いを重ねている姿が見えるような気がする。
立冬の子の声路地を走りけり
日を乗せて柿の落葉のひるがへる
 これらの感性豊かな作品からは、晩年など微塵も感じられない。今後の作品が楽しみである。

赤べこの首振る夜の神渡し  鈴木 敬子

 「赤べこ」は会津地方の郷土玩具で、赤く塗った張り子の牛のこと。この場面は部屋に置かれているより、夜店などに並べられている方が面白い。
 「神渡し」は「神立風」というように、陰暦十月に吹く風であり、この風に乗って全国の神さまが出雲へ向かうのだという。この夜風に吹かれてそれぞれの「赤べこ」は、あたかも分かっているように「そうだ、そうだ」と首を振っているのである。季語の取合せにより、明快のなかにも広い世界を感じさせてくれる。
いたち罠掛けて講釈はじまりぬ
炉話や明珍火箸手に持ちて
 いずれも作者の個性が光る作品である。

塔の影猟男が踏んで行きにけり  宮澤  薫

 「猟男」はこの日も狩のために銃を担いで出掛けたのであろう。その行く手には「塔の影」がさしかかっていた。それを気にすることもなく踏んで行った。どのような塔であったかにより風景は大きく変わってくるが、この場合はこれで充分。

燃え上がる藁火にのせて菊を焚く  渡辺 晴峰

 「菊焚く」は、枯れた菊を焚くことにより、なお残る色香に昔日を惜しむこと。ごみ袋へ入れたのでもなく、そのまま畑へ捨てたのでもない。「藁火にのせて」というところに作者の思いが込められている。

鮭のぼる隙間を水の流れけり  塩野 昌治

 鮭が産卵のために遡上してくるさまは壮観である。その様子を「隙間を水の流れけり」と表現した。この十七文字だけで臨場感を全て言い尽した。まさに俳句の醍醐味である。

燗熱くして馴初めの話など  横田 茂世

 熱燗は冬の寒さをしのぐために飲むお酒のことだが、掲句は本来の目的から外れているところが面白い。少し酔わなければ言えないことも、お酒の力で解決するというもの。それが「馴初めの話」とは……。回りの人達も身を乗り出して聞いている。

鋼索の見えかづら橋しぐれけり  高田 茂子

 徳島県の祖谷渓の絶壁にかけられている「かづら橋」。猿梨の蔓で編まれており、橋の最も原始的な姿である。「鋼索の見え」はその補強からであろう。折しも「しぐれ」である。趣の深い季語により、この土地の長い歴史を物語っているような気がする。

駅長にしてストーブの焚き上手  花木 研二

 ストーブの燃料には石炭、石油、ガス、電熱などがあるが、掲句は「焚き上手」と言っていることと、作者のお住まいが北見市ということから考えると、やはり薪であろう。長年この土地の人達と、鉄道を愛されてきた駅長さんのお人柄が、ストーブの温かさに加えありありと見えてくる。

すぐ捨ててしまふ木の実を拾ひをり  牧野 邦子

 「木の実」にもいろいろあるが、大方は鳥や獣のご馳走となる。その一部をたまに人間が拾わせてもらう。どうせ「すぐ捨ててしまふ」と思いながらも、やっぱり拾ってみたくなるのが「木の実」である。

裏庭に棕櫚剥ぐ梯子掛けにけり  栂野 絹子

 「棕櫚」の皮は丈夫で腐りにくいため、かつては需要が多く、専門の棕櫚剥ぎがいたのを記憶している。ちなみに我が家には今も棕櫚の帚が納戸にかかっている。

何か嬉し葉つきみかんといふのみに  山田 春子

 同じみかんでも「葉つきみかん」が一つあるだけで感激。何の飾り気もなく「何か嬉し」としたところにこの句の良さがある。本音に勝るものはない。



    その他の感銘句
白妙の和紙に裹まれ今年酒
猪の息荒し正倉院間近
大根干す母の真白き割烹着
湖渡る風に刃のあり龍の玉
手土産の隠岐の藻塩や風邪ごこち
ラジオより賛美歌流れ十二月
夫の手にのる白菜の尻の張り
熱燗が好きで寡黙でありにけり
出勤のドアノブ握る今朝の冬
信長も愛でしチェンバロ冬桜
山茶花の垣水平に影をひく
悪口の集ひとなりし外は雪
ありがたうは妻に勤労感謝の日
おさんどん楽し勤労感謝の日
毛糸編む人の手もとをみて楽し
佐藤陸前子
寺田佳代子
内田 景子
高橋 陽子
船木 淑子
吉川 紀子
吉野すみれ
松原はじめ
福本 國愛
佐藤 琴美
竹内 芳子
中西 晃子
貞広 晃平
柴田まさ江
平塚世都子


白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 磐 田  鈴木 喜久栄

かはらけを投ぐる谷間の照紅葉
漬物の石の傾く今朝の冬
石段を落葉掃きつつ下りて来し
美しき年輪重ね佐倉炭
対岸の声透き通る枯尾花

 
 群 馬  町田 由美子

冬日差す山懐の廃校舎
葬果てて時雨の中の靴の音
雨ふふむ落葉踏み行く女坂
立ち読みや外とつぷりと暮れて冬
座する石の仄かな温み冬桜



白魚火秀句
白岩敏秀


かはらけを投ぐる谷間の照紅葉  鈴木 喜久栄

 「かわらけ投げ」は高所から土器を投げて、その風にひるがえるさまを興じ楽しむ遊戯と辞書にある。いまでも厄除けの願いを込めて、高所にある寺社などで行われている。
 足のすくむような高さから、点となって谷底へ吸い込まれていくかわらけ。かわらけの見えなくなった瞬間に広がる谷間の照紅葉。点から面への転換描写がうまい。
  美しき年輪重ね佐倉炭
 炭には黒炭、白炭、竹炭などがある。佐倉炭は千葉県佐倉地方で作られる黒炭である。クヌギを焼いた炭で、放射状に走る割れ目が菊の花に似ているところから、菊炭といわれている。菊炭には樹皮も年輪も残っている。作者は佐倉炭の美しさを年輪に見て取った。「美しき年輪」で艶やかな佐倉炭の整った形が見えてくる。一所を撞いて全体を響かせる謂である。

冬日差す山懐の廃校舎  町田 由美子

 近頃は小・中学校の統廃合が進んでいる。そして、これに関する俳句も多く寄せられている。この句は「山懐」とあるから、どこか山間の廃校舎らしい。最近まで聞こえた子ども達の声が今はない。
 祖父も父も通った校舎。校舎に差す冬日が終演のスポットライトのようであわれ深い。

坊守の嬰見せに来る冬座敷  小松 みち女

 所用があって檀那寺に行ったところ、通されたのが檀家用の座敷ではなく庫裡の冬座敷。緊張した面持ちで待っていると、坊守が赤子を抱いて入ってきた。「見せに来る」で、坊守の明るい性格や作者との距離の近さが見えてくる。やがて、この子も立派に寺の跡を継いでくれることだろう。

天高し漢不惑の撥さばき  森脇 和惠

 前後の句から見ると、松江祭の鼕行列のようだ。仁尾先生がかつて、出雲には句材が豊富で羨ましいと言われたことがあった。この鼕行列もその一つ。四尺から六尺の鼕と呼ばれる太鼓を打ち鳴らし、笛やチャンガラで囃しながら街中を湧き立たす。「漢不惑の撥さばき」が勇壮。十月の秋天に満ち満ちる鼕の響きである。

短日やすぐ過ぎて行く豆腐売り  吉田 博子

 日の暮れも早い。豆腐屋の足取りも速い。ラッパの音で、急いで容器も持って出てみると、見えたのは豆腐売りの後ろ姿。ラッパの音が角を曲がっていった。
 豆腐売りの忙しそうな足取りを描写して、短日の季感を伝えている。

背負ふ子の足でよろこぶ小春かな  松原トシヱ

 久し振りの小春日和に、庭仕事でもしようと子をおんぶして出たところ。おんぶの子も外の景色が嬉しくてしきりにはしゃいでいる。「足でよろこぶ」と一番よく動く足を登場させて、口も手も身体全体が喜んでいると思わせるところが巧みである。

隙間風出口入口見あたらぬ  池田 都貴

 〈時々にふりかへるなり隙間風 虚子〉〈寸分の隙間うかがふ隙間風 風生〉。隙間風は背後の寸分の隙間から入ってくるようである。そうすると出口はどこだろう?。入口があれば出口がある筈…。
 入口も出口も見当たらない部屋に出没する隙間風を、妖怪のように捉えてユーモラス。妖怪が隙間風では防ぎようがない。

人を見るゴリラの横目冬ぬくし  石川 純子

 ゴリラは知能も高く、性格も大人しいという。見物人たちを横目に、檻の中で平穏に暮らしている。今は、動物園の動物たちに太平洋戦争の時のような悲劇はない。「冬ぬくし」がゴリラの平穏さの象徴。
 そう言えば、テレビでイケメンゴリラを見たことがある。あのゴリラも横目をしていた。

赤々と阿国の墓の冬椿  玉木 幸子

 阿国の墓は出雲市大社町にある。出雲大社から西へ五百メートルほど行った、小高い丘にある平らな墓石。歌舞伎の創始者として、一世を風靡した者の墓と思えないくらい質素なものである。周囲に赤々と咲く冬椿が阿国の往時の華やかさを想像させて印象的。



    その他触れたかった秀句     

暮早し手すり冷たき歩道橋
団欒に母が加はり石蕗の花
鷹舞へり石置き屋根の石のかほ
一刻な蒟蒻玉の顔並ぶ
図書館に鳩の来てゐる文化の日
片づきて日差しよき庭笹子鳴く
菰巻きの勿来の雨に締まりけり
枇杷咲いて矮鶏が砂浴びしてゐたり
点眼の右目左目暮早し
冬ざれや玄海灘の波頭
パン買ひにまだ新しき落葉踏む
すり寄りし鹿の睫毛に時雨けり
小春日の一坪ほどの陶器市
山眠り幸福さうな丘の家
時雨るるや箱根に暗き杉並木
綿虫や飛騨白川の堅豆腐

谷口 泰子
田渕たま子
福嶋ふさ子
遠坂 耕筰
斎藤 文子
中林 延子
秋葉 咲女
上武 峰雪
大滝 久江
富樫 明美
上早稲惠智子
森山世都子
加藤 葉子
佐藤みつ子
大川原よし子
大庭 成友

禁無断転載