口笛の少年が来る花野かな　　横田　じゅんこ
（平成二十七年一月号　鳥雲集より）

　読み手までもが、花野で軽やかに遊んでいるような気持ちにさせられる句。向こうから花野を真っ直ぐにやって来る少年の楽しげな口笛が、青空に吸い込まれていく。何の曲を吹いていたのだろうか。この句は少年だから良い。
　どこまでも透き通って、明るい句である。

菊日和煉羊羹の持ち重り　　佐藤　升子
（平成二十七年一月号　鳥雲集より）

　漆黒の艶やかな煉羊羹は、大切な方へのお土産として重宝する。その羊羹が持ち重りをしているという。ということは、この羊羹はとても極上なのではないだろうか。虎屋の「夜の梅」が浮かんだ。見た目、切ったときの色と断面がとても美しい。
　菊日和にこんな極上の羊羹を持って、作者はどなたを訪ねたのだろう。きっと、素敵な方だったに違いない。

峡に星満ち山小屋の茸汁　　西村　ゆうき
（平成二十七年一月号　白光集より）

　峡の空は満天の星。これだけで、今回の山行きが、天候に恵まれた気持ちの良い旅だったと分る。夕餉の山小屋には笑い声が溢れていただろう。あたたかな湯気を一杯に立てている茸汁。とても美味しかったに違いない。美味しいとは一言も言ってはいないが、言葉の選び方が適切なので、作者の満ち足りた思いが十分に伝わってくる。
　昔、赤石岳に登った。茸汁ではなかったが、仲間との楽しいタ餉のひと時を思い出
した。

さらさらと風さらさらと稲の花　　鈴木百合子

　古来より我が国のことを瑞穂の国と呼んできた。これは稲穂を称えると同時に、米を主食とする日本そのものを美称している言葉である。
　目の前には、広大な田に吹き渡る軽くて乾いた「風」、それに応えて触れ合う「稲の花」の様子。この句の特徴は何と言っても中七の切れをもって「さらさら」というやや違った意味合いを持つ二つの擬声語をリフレインしたことにある。言葉は少なく中身は深く、の典型的な作品である。稲穂が頭を垂れる日も遠くない。
朝採りの茄子を馬に仕立てをり
　百合子さんは、今春弟さんを亡くされた。初盆にそなえ採れたての茄子で馬を仕立てた。悲しみを新たにしている姿が目に染みる。

あかとんぼ空高ければ高く飛ぶ　　飯塚比呂子

　“♪夕焼けこやけのあかとんぼ…”を思い出す。山も川も回りの人も昔のまま……。竹箒を振り回して追っかけた日が懐かしい。「あかとんぼ」と言えば青空と夕日がよく似合う。掲句はその様子を「空高ければ高く飛ぶ」と表現した。実際に「あかとんぼ」がそれほど高く飛ぶのは見たことがないが、それが作者の感覚であり、ポエジーである。
草の花香煙消ゆるまで墓に
　「に」の助詞で終っているところに一句の重みと余韻が伝わってくる。やはり言葉は少なく、中身は深い作品である。

軍服の似合はぬ父や茄子の馬　　後藤　政春

　戦後七十年。改めて仏壇の父上の写真と向かい合っている作者。今となっては、“軍服など似合わなくていいですよ”と大きな声を掛けてあげたい気持ちになる。

灯籠に灯を入れ父母のゐるごとし　　鍵山　皐月

　西方十万億土から還ってくるという祖先の為に点す「灯籠」。地方によって形はさまざまであるが、その明かりには人それぞれの思いがある。日頃は遠くなってしまった御両親への思いが俄に募ってきた。寂しさの中にも温かい時間が流れている。

ブルーベリー摘む八月の海の色　　小村　絹代

　「ブルーベリー」は熟すと紫色から濃い紺色になる。酸味の効いたその味は、生のままでもジャムにしてもさわやかで体に良さそう。「八月の海の色」との取り合わせも新鮮であり、絶妙である。

父さんの大きなザック夏休み　　石田　千穂

　「父さん」の解釈は読者に委ねる。それによって「夏休み」のあり方も変ってくる。変らないのは目の前の「大きなザック」。これを背負って数日間の山旅が始まるのであろうか。頼り甲斐のある男性の姿が見えてくる。

酢をくぐりうすくれなゐの新生姜　　中野　元子

　「新生姜」のみずみずしさや香りは秋ならではのもの。そのままお味噌を付けて食べるのも良いが、作者は酢漬にした。中七迄のフレーズが、その様子を端的に詩的に表現している。

補聴器にかなかな近く鳴きにけり　　中山　啓子

　「補聴器」を付けたからと言って全てが解決したとは言えない、と聞いたことがある。不自由をしてみないと分からないことはたくさんある。しかしこの日は確かに「かなかな」の声がいつもよりきれいに聞こえた。その喜びが「近く鳴きにけり」である。

朝顔の明日咲く蕾天に向く　　赤城　節子

　朝起きて「朝顔」がいくつ咲いているかと見に出るのは楽しみである。それと同時に明日はどの色がいくつ咲くか数えるのも楽しみである。「明日咲く蕾天に向く」により、作者の前向きな姿と明るさが見えてくるのが嬉しい。

案山子立つ見覚えのあるシャツを着て　　河森　利子

　この「案山子」は通りがかりに見たものではなく、家の近くの田んぼに立っているものである。それも「見覚えのあるシャツ」としたことで、ぐっと親しみが湧いてくる。最近は“案山子コンテスト”等も開かれ、周囲の目を楽しませてくれる。「案山子」本来の役目も含め、田んぼはしばらくの間賑わうであろう。

使ふたび団扇の金魚泳ぎけり　　橋本　快枝

　この句の季語はあくまで「団扇」。そこに書かれている「金魚」が団扇を使うたびに泳いだ、と言っている。ゆっくり扇げば金魚もゆっくり、早く扇げば金魚も早く。楽しさの中に涼しげな景が見えてくる。

しのぎよき夕べとなりぬ葛の花　　岡　あさ乃

　葛の花は街中でも咲いていようが、やはり野原や土手が似つかわしい花である。秋風が時折、葛の葉を裏返して紫紅色の花を見せてくれる。暑い長い夏が過ぎて人も草も一息ついた頃である。「しのぎよき」というたおやかな表現に初秋の柔らかさがある。五感を解放して感じている秋である。
　秋の蝶風にまぎれてしまひけり
　庭に秋の蝶が飛んできた。草や花の上をひらひら舞っている蝶は時には高く、時には低く飛ぶ。それが作者にはあたかも風と一緒に舞っているように思えたのである。秋蝶への凝視から生まれた「風にまぎれて」である。

石修羅の跡形もなし草紅葉　　中村　國司

　　百丈の石修羅を懸けほととぎす 　一都
　この一都第十句碑が宇都宮市大谷資料館前に建立されたのが昭和五十八年十一月。そして、平成八年に一都七回忌追悼全国大会が宇都宮市で行われた。この時は栃木の方々の肝煎で大谷石の採石場を吟行した。石切はもう行われていなかったが、かなり荒涼とした感じを受けた。
　あれから又幾年。保存の為の整備がなされ、往時の荒々しい様相が失われたのだろう。年月は人を変えるが、自然も変わってゆく。
　　〈秋風や藪も畠も不破の関　芭蕉〉

師を仰ぐごとく仰ぎぬ大夏木　　後藤　政春

　この師とは仁尾先生のことである。先生は作者の同郷の先輩でもあり、職場の先輩でもある。先生への年賀状に「俳句でもやってみようかと思います」と書いたことが白魚火の入会のきっかけということである。先生はまた俳句の先輩になったのである。
　この句、大夏木に先生の面影を重ねるだけで十分。夏木のつくる大きな影が我々を強い日差しからしっかりと守ってくれる。

賑やかに迎へ独りの送り盆　　小村　絹代

　送り盆は盂蘭盆の最後の日。この世に帰って来た先祖の霊を彼岸に送る日である。送り火を焚いたり、灯籠を流したりする。
　佛檀を盆花や供物で賑やかにし、美しい灯籠などで部屋を飾る。祖先の霊に喜んでもらうために精一杯賑やかに迎えたのである。しかし送り火を焚くときは独り。「独りの送り盆」と突き放したような表現に、霊を送り出す淋しさを断ち切るような強い響きがある。

どの子にも一役のあり地蔵盆　　髙添すみれ

　地蔵盆は大抵八月二十三日前後に行われる。地蔵さんは子どもの守り神だからどうしても子どもが中心になる。少子化と言われながらもやはり子どもが主役。上級生の指図に従って、右往左往しながら地蔵盆を一生懸命に手伝っている姿が微笑ましく見えて来る。
　地蔵盆の子ども達へ送る作者の暖かいエール。

秋晴れやこつこつこなす野良仕事　　良知あき子

　秋になって、畑仕事がしやすくなった。しかも、今日は秋晴れの上天気。朝早くから畑に出て一鍬ごとに土を起こし、一鍬ずつ畝を作っていったのだろう。こつこつとこなしていく畑仕事には根気と集中力が必要だ。「ローマは一日にしてならず」である。秋晴れの空から爽やかな風が作者を吹き過ぎていった。

遠雷を聞きつつ鎌を研ぎ上ぐる　　関本都留子

　草刈鎌を研いでいたら、遠くの雷が聞こえてきたのだろう。それで急いで鎌を研ぎあげたという句意。父親の権威は随分と後退したが、雷は依然と二位を保っているので怖い。雷が聞こえて来る距離はおよそ二十キロぐらいで六十秒もすれば間近までくるという。
　迫ってくる黒雲と雷鳴。焦る気持ちを押さえつつ鎌を研ぐ作者。その緊迫感…。

蒸しパンのふつくら出来て原爆忌　　鈴木　滋子