最終更新日(Update)'15.09.01

白魚火 平成27年9月号 抜粋

 
(通巻第721号)
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 9月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    内田 景子 
「学校田」(作品) 白岩敏秀
曙集鳥雲集(一部掲載)坂本タカ女 ほか
白光集(村上尚子選)(巻頭句のみ掲載)
       
檜林 弘一 、阿部 晴江  ほか    
白光秀句  村上 尚子
こまくさ句会  飯塚比呂子
白魚火集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
       阿部 晴江、林  浩世 ほか
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(唐 津) 内田 景子    


裏山を揺らしてをりぬ蝉時雨  篠原 凉子
(平成二十六年十一月号 白魚火集より)

 蝉の一生は卵が孵るまでに十か月、幼虫の期間が長く、土の中で六年(世界一は十七年)も暮らす。七年で成虫となり二週間程で死んでしまう。鳴くのは雄だけで雌を呼び寄せるためだという。
 作者の自宅の裏山は、成虫が樹液を吸える木が多い。
 生の証しの鳴き声に、渾身の力を込めた命の叫びは、エネルギーの固まりとなって爆発した。
 小さな声であれ、心を合わせて一つになった時、岩どころか山をも動かす大きな力となる。力強い一句である。

枝豆や野球談義の続きをり  久保 美津女
(平成二十六年十一月号 白魚火集より)

 作者は大の野球好き。大阪出身だがソフトバンクのファン。対するご主人は地元佐賀生まれで巨人ファン。自宅の玄関には野球帽がずらりと飾られ、客を出迎える。
 試合も終盤に入り応援も益々過熱。そして傍らには笊いっぱいの枝豆の殻が山盛りに。はてさて今日の軍配はどちらに……。まだまだ談義は続きそう。「枝豆」と「野球談義」の取り合わせが面白く、ご夫妻をよく知る筆者としては、くすっと笑える一句である。

鳳仙花誉められて子はまた歌ふ  金原 敬子
(平成二十六年十一月号 白魚火集より)

 「誉めて伸ばそう」教育の場でよく取り上げられる言葉である。私も誉められるとつい調子に乗ってしまう方だが、それが思いもしない力を発揮できる時も多々ある。上手、上手と誉められて、座の真ん中で歌い踊り続ける子の姿は昔も今も同じ。
 鳳仙花の種は自分の力で弾け飛ぶ。その距離は二メートルにも及ぶとか。子供達が力をつけて大人になり、自分の足で未知の世界を大きく切り拓いてゆく。そう期待し願う一句である。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 唐  津  坂本タカ女
武家屋敷面影の門はなしのぶ
夕凪やあとかたもなくヨット去る
夕凪や暮れゆく島の灯りつく
年回や墓道栗の花まみれ
いさき食ぶ手にとるやうに唐津城
声にして読む茂吉歌碑月見草
知りつくしたる墓の道道をしへ
街道の風が息して夏落葉

 夏  椿  鈴木三都夫
思惟羅漢居眠り羅漢蝶の昼
どの路地も踏切へ出る豆の花
やをら立つ蓮の浮葉の裏を見せ
目移りを白へとどめし花菖蒲
菩提樹の緑蔭にゐてかく安く
のけぞりて泰山木の花仰ぐ
夏つばめ一閃つばめ返しかな
夏椿今日一日をかく美しく

 風  鈴  山根仙花
桐咲いて青き日暮れとなりにけり
まだ小判の色とはならぬ小判草
もつれ舞ふ梅雨蝶に影なかりけり
毒だみの濁りの花の日暮れかな
地に落ちて青梅青き影つくる
波音に一と日暮れゆく合歓の花
梅を干す夜は満天の星近く
風鈴を鳴らし平凡といふ暮し

 梅  雨   安食彰彦 
きりもなし会葬の列梅雨深し
残り鴨太初の蒼き湖に二羽
七変化見んと縁より下駄を履く
縁先の紫陽花に雨読書かな
見失ふ時にまぶしき黒揚羽
梅雨明けを待つ天つ神國つ神
梅雨明くる静もりかへる八雲山
大鳥居ここより参道梅雨明くる

 ほうたる   青木華都子
后後八時いよよ螢の夜となんぬ
高く舞ひときには低く舞ふ螢
ほうたるの舞ふといふより浮いてをり
風少し出てほうたるの乱舞せり
あちらかと思へばこちらホタル舞ふ
ほうたるの明滅向う岸にまで
后前五時もう咲いてをり蓮の花
蓮咲くや水すれすれに一花二花

 朴 の 花  村上尚子
人を待つ五月雨傘を傾けて
たくさんの仏見てきし朴の花
あぢさゐや水甕に浮く木の柄杓
走り梅雨橋のたもとの常夜灯
一枚の風に散りゆく沙羅の花
夏つばめ天平の空覆す
青蘆や一棹に舟すべり出す
片濡れとなりし渡船や通し鴨

 楠  守  小浜史都女
すぐそこにダムの灯があり螢待つ
花終へて力抜きたる沙羅の幹
天井にとどく本棚梅雨籠
梅雨明けの楠の正面よかりけり
楠守のゐてこまごまと草を引く
腰据ゑて肝玉すゑて草を引く
糸底で研ぐ庖丁や半夏生
蓮の葉のまろさよ露のまんまろし 
 明け易し  小林梨花
しらしらと国来岬の明け易し
夏燕よぎる高層ビルの窓
純白のベッドのシーツ梅雨に病む
医師ナース励ましの声涼しくて
梅雨深しベッドより見ゆ町の景
カラフルなネオン増えゆく町涼し
看護師の声かけくれて明け易し
ゆつたりと大蛇の川の梅雨出水

 蚊 遣 香  鶴見一石子
百選の富士の湧水冷奴
紫陽花や寺領に残る七不思議
綿菅の風吹く会津西街道
黄泉の路あるや水音合歓の花
木下闇首切塚の橋渉る
爽竹挑戦中戦火くぐり拔け
聞きながすことも大切青嵐
働きてひと日暮れゆく蚊遣香

 夏  野  渡邉春枝
時の日の時を気にせぬ睡りかな
ありさうな話でで虫角を出す
でで虫の大き葉裏を好みけり
育休の父の背広き夏野かな
夏霧の晴れて眼下の船溜り
山頂は巨岩奇石や雲の峰
宿坊の朝の勤行沙羅の花
図書館のたまの休日合歓の花

 修 道 院   渥美絹代
竹落葉降る穴窯の煙出し
修道士の墓の辺松葉牡丹植う
父の日の修道院の昼しづか
雨粒の残る泰山木の花
盛砂を大夕立のすぎにけり
船笛の近づきてくる花蜜柑
色の濃き修道院の夏桔梗
バス止まり青き椿の実の落つる

 北海道の夏  今井星女
玫瑰やヨットハーバー一と巡り
夏霧や新島襄の渡航の碑
夏山にたゞ一軒のホテルかな
原始林の名残は今も蕗の薹
雪嶺のはるかに見ゆるホテルかな
アイヌ語の地名そここゝ蝦夷すみれ
ゴルフ場までの白樺新樹かな
風そよぐ新樹の中のゴルフ場

 野  駒  金田野歩女
オロロン鳥の繁殖基地へ夏の旅
蝦夷黄菅少し傾く漁師小舎
クルーズの大揺れ小揺れ夏至の波
風露草野駒の美声島中に
高嶺草岩の隙より来る冷気
星涼し善知鳥帰巣の乱れ舞
打水の半分遊び姉弟
西日負ひ海鳥ガイドの鳥讃歌

 夏あざみ  寺澤朝子
投函の音のことりと片かげり
青芝を跳んではづんで雀どち
夏空へ異国の子の吹くしやぼん玉
新樹光少女さびたる子の面輪
河原へとつづく地下道月見草
夏あざみ愁ひ一つを捨てに来し
ヘリしきり飛ぶなり梅雨も今が底
胸かざる真珠一と粒パリ―祭


鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

 実梅落つ  西村 松子
薫風とバスに乗り込む介助犬
満ち足りし音立て庭の実梅落つ
母恋ふれば暮色の蛍袋かな
日に透けて芭蕉若葉の風青し
子燕の夕日に胸を濡らしをり
ほととぎす水色に夜の明けてゆく

 五 月 尽  森山 暢子
麦の秋迷彩服の欲しくなり
麦刈の遠くに見えて雨兆す
五月尽古き名刺を整理して
唐門に獣の不浄明易し
理髪師の左利きなり夕螢
夕づくや湖心を戻る遊び船

 夏 布 団  篠原 庄治
落ちてなほ白の清けき沙羅の花
まくなぎや風のやみたる夕間暮れ
首筋の湿疹痒く溽暑かな
大の字の腹に乘りたる夏布団
夏山を映し湖青く澄む
夏痩せにとんと縁なき太鼓腹

 羽 抜 鶏  竹元 抽彩
曾孫抱き金婚の夜の蛍かな
夢で逢ふ母は無口や明易し
風鈴の音に強弱ありにけり
強がりはいつそう哀し羽抜鶏
夏至一日暮れ泥みつつ夜となりぬ
梅雨明けの雷父の忌の近づきぬ
         (五八回忌)

 木葉木菟  福田  勇
木葉木菟正文の声忘れまじ
老農夫の肩に食ひ込む草刈機
寺町の籬越しなる花柘榴
息切らし登る急磴遠郭公
笹百合や駒の嘶き近く聞き
鍬振るふ度に転がる芋の露

  虹   荒木 千都江
書き上げて墨のにじめる梅雨最中
虹消えて未練の空の残りけり
サングラス奥にまともの眼かな
すくすくと青田は青を広げをり
若葉雨遊具の色の鮮やかに
あぢさゐに一声かけて出掛けけり
 紙  魚  久家 希世
紙魚光る手習ひの紙積み重ね
大蛇川ぐいと曲れる夏野かな
ピアノ弾く音蝉穴の暗きかな
青茅のさやさや鳴るや渚亭
大緑陰テニスボールの弾む音
菱は実にぷくぷく泡の光りけり 

 にうの花  奥野 津矢子
全開の森の入口燕の子
風旨き島で太りしにうの花
青虎杖妻が頼りの駐在所
一人づつ入るおんこの荘涼し
島人のなんと親切つるでまり
夏シャツのひとつは好きな海のいろ

 巴 里 祭  齋藤  都
烏瓜魔性の花と友は言ふ
巴里祭遠ざかり行く笛の音
雲ゆきの怪しき風やパリー祭
花葵大きくひらき風に向く
夕焼けやいつまで残る空の色
ふちどりの赤きドレスや巴里祭

 支 笏 湖  西田 美木子
不揃ひの卵買ひたる芒種かな
空よりも碧きみづうみ夏きざす
カルデラの湖底の波紋船遊び
光りつつ波打つ湖面蝉時雨
朝の蝉探鳥会の頭上より
枝毎に揺れてをりたる葉巻虫

 化 粧 塩  谷山 瑞枝
老鶯やぴんころ地蔵撫でまくる
十薬や内よりふさぐ籠り堂
初蝉や狛犬の喉渇きたり
焼鮎の尾にたつぷりの化粧塩
朝刊に雨除け袋胡瓜もぐ
白南風や水掛け不動の大柄杓

 梅雨深し  出口 サツエ
時の日の体内時計ゆつくりと
水口に幣の吹かるる植田かな
濃あぢさゐ未明の雨を誘ひけり
百年の梁に松脂梅雨深し
転舵して青葉の島に近づきぬ
真先に日のあたりたる青嶺かな


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 檜林 弘一

牛小屋に風の貫く麦の秋
庭園に緑雨の帳下りにけり
雨のあと風の菖蒲となりにけり
大南風沖の礁の尖りあふ
ペディキュアの指のはみ出す浜日傘


 阿部 晴江

捨てかぬる百科辞典の黴匂ふ
飛石を自在に跳ぶ子若葉風
どくだみの根は地獄まで届きさう
水蹴つて雲に乗りたるあめんばう
川風や乾きてかろき蛇の衣



白光秀句
村上尚子


雨のあと風の菖蒲となりにけり  檜林 弘一

 先ず「菖蒲」はサトイモ科、「花菖蒲」はアヤメ科で別物であることを念頭におきたい。
 花菖蒲は一千種以上の品種があるというが、いずれも美しい。それに比べ「菖蒲」は花そのものも目立たないためか、俳句の上でも菖蒲湯、菖蒲酒、菖蒲葺く、などと端午に因んで詠まれることが多い。しかし、水辺に芳香を放ちながら艶やかな葉を叢生しているさまは捨てがたい。
 作者はそんな「菖蒲」に注目した。そして何と言っても「雨のあと」から「風の菖蒲」となった時間の経過と、その変化を捉えたことが佳句に繋がった。
大南風沖の礁の尖りあふ
 「大南風」とその切れにより、目前の海の様子が広々と見えてくる。いずれの作品もやさしい言葉でありながら、読者に深く訴える力を持っている。

どくだみの根は地獄まで届きさう  阿部 晴江
 
 「どくだみ」は庭の隅や木陰によく見られる。特異な臭気は嫌われるが、消炎、解毒としての効果は昔から大いに評価されている。
 俳句ではその白い可憐な花がよく詠まれるが、掲句は「根は地獄まで届きさう」と、「根」だけに焦点が絞られている。このフレーズには誰もが驚嘆するに違いない。
 作者の咄嗟のつぶやき言だったかも知れないが、作品としての効果は絶大である。まさに「地獄」の魔物も退治してくれそうな気がする。
水蹴つて雲に乗りたるあめんばう
 「水蹴つて」が躍動的であり、小さな生物から大きな世界へと展開させた。「どくだみ」も「あめんばう」も晴江さんの手に掛かると、まるで異次元の世界へ誘われるような気がするから不思議である。

眼をもらひ魚拓のやまべ泳ぎだす  平間 純一

 魚拓の工程を順を追って見ているようである。なるほど、目の入れ具合により作品の良し悪しは決まる。静かに和紙を剥がしてゆくと“やまべ”は気持よく清流を泳ぎ始めた。俳句の醍醐味である。因みに北海道では“やまめ”のことを「やまべ」と言うそうである。

番犬の眠つてばかり日の盛り  花木 研二

 「番犬」にもならないとぼやきつつも、可愛くて仕方がないと思っている作者。
  中七のあとの切れが大きくものを言っている。「日の盛り」のおさまりにも頷ける。

夕ぐれの海鳴りつのる半夏かな  松下 葉子

 子供の頃喜び勇んで親戚へ泊りに行ったが、「夕ぐれ」になると急に泣きたくなった。「夕ぐれ」は心を敏感にするようだ。
 この日の作者もきっとそうであったに違いない。折りしも今日は「半夏」である。微妙な心の内を垣間見たような気がする。

帰り来る燕の親に灯を残す  山田ヨシコ

 作者のお宅の軒下には燕の巣があるらしい。そこには親を待つ子燕がいる。まだ餌が見つからないのだろうか。作者の気持は落ち着かない。迷わず帰って来られるように「灯」を残しておいた。やさしさにほっとする一句。

つばめ飛ぶ直滑降に斜滑降  篠﨑吾都美

 下十二はスキーの滑り方を表現するときによく使う。ここでは「つばめ」の飛び方を言っている。「直滑降に斜滑降」のリズムと促音が躍動的であり、「つばめ」の鮮やかな姿が見えてくる。

宿題の自由研究パンに黴  青木いく代

 楽しい夏休みも「自由研究」の宿題には頭を痛める。先ず決まるまでが第一関門。それが済むまでは何らかの形で家族が加担させられる。掲句の材料は身近なもので良かった。印象の悪い「黴」に明るいスポットライトが当てられ、親子の会話も聞こえてくる。

蝦蟇鳴いて篁に風起こりけり  秋葉 咲女

 「蝦蟇」といえば、すぐあのグロテスクな姿と声を思い出す。
 作者はその声に「篁に風」が起きたと感じた。勿論誇張であるが、そう言うことを言葉にするのが俳句であり、面白さである。

丁寧に糠床まぜて夏に入る  佐久間ちよの

 台所俳句の典型である。作者は決してお若くはないが、「夏に入る」の季語からはお元気で、俳句にも前向きな姿が窺える。

父の日の父が一番地味であり  古川 松枝

 母の日に比べ少し影のうすい「父の日」。家族がお祝で燥いでいるそばで照れ臭そうにしている父。どこの家庭でも思い当る節がある。平和な家庭でなければ出来ない作品。


    その他の感銘句
教会の丘の照り雨青ぶだう
鍵穴に釘挿してあり梅雨半ば
猫の舌自在にまがる梅雨晴間
背伸びして嫁に着せたる浴衣かな
脱ぐ皮を根方にためて今年竹
青胡桃湖から生るる千歳川
赤瑪瑙のごとき玉葱掘り上ぐる
水槽を狭しと目高子を孵す
アマリリス東西南北向いて咲く
夏蝶やリュックのお茶のこしよこしよと
サングラス外し神鈴鳴らしけり
父の日の父画用紙をはみ出せり
耳たぶを広げ河鹿の声ひろふ
沢蟹にひよいと出くはす勝手口
山荘のピンクの屋根や雲の峰
牧沢 純江
永島 典男
鈴木 敬子
中組美喜枝
上武 峰雪
石田 千穂
寺本 喜徳
水島 光江
飯塚富士子
佐川 春子
水出もとめ
廣川 惠子
本杉智保子
後藤 泉彦
樋野久美子


白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 宇都宮  阿部 晴江

朝涼や背中合はせの駅の椅子
大手門てふ薫風の出入口
葉柳や東京駅の赤煉瓦
江戸城の垣に這ひつく草取夫
刷り本の江戸の名残りや紙魚走る

 
 浜 松  林  浩世

再会のビールあふれてしまひけり
夏帽子押さへ船首に立ちつくす
黴の書や青春閉ぢ込めてをりぬ
谷若葉こだま大きく返しけり
筧より水のあふるる夏山家



白魚火秀句
白岩敏秀


大手門てふ薫風の出入口  阿部 晴江

 大手門は城へ出入るための正面の門。追手門とも言われ、戦国時代には重要な役目を負っていた。城は今では公園等として市民に開放されている。かつて、鎧甲冑で身を固めた屈強な侍たちが出入りしていた大手門は、今は木々の香りや涼しさを運ぶ風の通り道となっている。今年は戦後七十年。戦のない幸せを人も風も楽しんでいる。
朝涼や背中合はせの駅の椅子
 いつもは乗降客の出入りで忙しい駅も、朝の早いうちはさすがに静かである。ホームには誰も掛けていない椅子が並んでいる。その椅子は何と全部背中合わせ…。
 「朝涼」という目に見えない季語に「背中合はせの椅子」と見えるものを組み合わせたところが見事。これで早朝のホームの有様やホームを吹きぬけてゆく風も感じられる。思わず朝涼を胸一杯に吸いたくなる句。

夏帽子押さへ船首に立ちつくす  林  浩世

 余程美しい海の光景なのか、余程こころ急かされることがあるのか。「船首に立ちつくす」に緊迫感がある。船上での詠は水脈の描写が多いがこの句は違った。
 舳先の波しぶきを受けながら、夏帽子をしっかり押さえて立つ白いワンピースの女性。映画の一シーンのようで迫力がある。
筧より水のあふるる夏山家
 この句を俳句に日の浅い者がつくると〈筧より谷水あふる夏山家〉となる。説明しないと分からないと思うがゆえに「谷水」と詠む。山家とあるから山間の家。山間の家に引く水は谷水。だから「谷」は省略できる。
 「あふる」では句が止まってしまう。下の言葉につなぐためには「あふるる」として連体形にする必要がある。掲句のように省略を効かせて、正しく言葉が使われていれば涼味満点となる。

水軍の裔を漕ぎ手に祭舟  舛岡美恵子

 この祭は安芸の宮島にある厳島神社の祭礼(厳島管弦祭)である。管弦による優雅さと手漕ぎ舟による男の勇壮さのある舟祭。
 木造の手漕ぎ舟を操るには特別の技倆と勘が必要。その技倆と勘は水軍のDNAを引き継いだ子孫にあると作者はいう。御座船を曳航する伝馬漕船や漕船の豪快な櫓捌きに拍手を送っている作者。

清潔をモットーとして衣更ふ  加藤 美保

 細見綾子の句に〈暑き故ものをきちんと並べをる〉がある。暑くなると何をするのも億劫になるが、それを逆手に取ったような句である。対してこの句はこれから暑さが始まろうとする初夏の更衣。いつも身辺をこざっぱりとしておくことで暑さ対策にもなる。清潔をモットーとした作者の清々しい夏の過ごし方である。

白扇の滝しろじろと広ごれる  田久保峰香

 季語は白扇。扇が開かれるにつれて滝の白さが徐々に広がってきたという。白扇の広がりと滝がスローモーションのように描かれている。意表を衝いた表現である。さぞかし涼しい風を貰ったことだろう。なお、絵手紙の向日葵や林檎のごとき頬とした句が散見されるが、これらは季語にならないので注意をしたい。

ランドセル少し傷つき夏やすみ  池田 都貴

 学校に慣れ、友達も出来たころの夏休み。人見知りする甘えん坊だから学校で泣いたり苛められたりしないか心配していたが、毎日元気に行ってくれた。その証拠がランドセルについた傷。「少し」というところに日毎に成長していく子への喜びと安心感がある。

飛ぶために捨ててゆかれし蝉の殻  古島美穂子

 かつて、青春映画「青い山脈」の主題曲に♪古い上着よさようなら♪というような歌詞があったと記憶している。残された蝉の殻も古い上着であったのだ。成長するために敢えて捨てていったもの。どこか人の世にも通じるものがある。

田植機の一つの音の田植ゑかな  大原千賀子

 〈田を植ゑるしづかな音へ出でにけり 中村草田男〉は昔の田植え。今は田植機の時代である。そのうえ、その家の事情によって田植えの日取りはまちまち。今日は田植機の音が一つ。それでも何時しか村の田は植田となっていく。結いとか手間返しの言葉が消えて久しい現代の田植えである。


    その他触れたかった秀句     

田植機に一盞捧げ植ゑはじむ
頬づゑをつけば涼しき机かな
蛇すつと消えたる先の草の揺れ
子供等の釣果聞きをる端居かな
波の秀の白さだまりぬ初夏の海
御手洗の杓置く音の涼気かな
花茨真白に石の切り出さる
パラソルを上げて迎へを知らせたり
くつくつとカレーを煮こむ喜雨休み
勾玉となり揺れ止まる芋の露
グラジオラス激しき雨に打たれけり
丁寧に巻かれてをりし落し文
シャンパンの栓飛び上がる巴里祭
奥入瀬の昏れゆく瀬音谿若葉
無愛想な親爺しやかしやか氷かく
折り返すバスの触れ行く合歓の花

江角トモ子
金子きよ子
川本すみ江
田口  耕
大久保喜風
髙橋 圭子
髙島 文江
村松ヒサ子
原  文子
小村 絹子
太田尾千代女
和田 洋子
高内 尚子
安食 孝洋
土屋 明美
横田 茂世

禁無断転載