最終更新日(Update)'16.10.01

白魚火 平成28年9月号 抜粋

 
(通巻第734号)
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 10月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    加茂 都紀女 
「臨時バス」(作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集(一部掲載)坂本タカ女 ほか
白光集(村上尚子選)(巻頭句のみ掲載)
      
  檜林 弘一 、渥美 尚作  ほか    
白光秀句  村上 尚子
白魚火集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
     坂田 吉康 、牧野 邦子   ほか
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(宇都宮) 加茂 都紀女   


小鳥来る兵児帯ゆるり西郷像  金田 野歩女
(平成二十七年十二月号 曙集より)

 明治二十二年、逆徒の汚名が解かれた記念の『高村光雲』の作という。江戸から明治へ激動の時代を駆け抜けた、当時の銅像としては珍しく、着流しに愛犬を連れ散歩姿の、三・七メートルの西郷隆盛の風貌である。
 中七の「兵児帯ゆるり」がその時の心境を捉え、言い当てている。いつ訪ねても待合せの人の絶えない像の周辺。上五「小鳥来る」で一層親しみの感じられる句となっている。

 秋晴や胎児のせがむ握り飯  大久保 喜風
(平成二十七年十二月号 白光集より)

 お孫さんの誕生を今か今かと待っている親(爺)の気持でしょうか?。天高く馬肥ゆる秋・・・近く母となる予定の娘に、少しづつお腹が目立ち始めた頃、家族はあれもこれもと食べさせたくて仕方がない。「胎児のせがむ」とは、ユーモアにとんだ表現ながら、実に頬笑ましい。「元気な赤ちゃんを産めよ。」と家族みんなの希望。

 明月に手のとどきさう十五階  福嶋 ふさ子
(平成二十七年十二月号 白魚火集より)

 昨年の全国大会(東京)は中秋の名月と重なり、絶好の大会日和であった。
 式典・懇親会とすばらしい大会一日目が終る東京の空に、名月が上がった。この十五夜お月様を、まさに「手のとどきさう十五階」と詠まれたのはお見事。

長き夜の旅信かしこで結びけり  鈴木 百合子
(平成二十七年十二月号 白魚火集より)

 全国大会の一日、いろんな出合いがあった。「長き夜の」で、参加出来なかった友人に早速手紙を―。末尾は「旅信かしこで結びけり」女性的で頂いた人も何度も読み返しながら、さぞ嬉しかったことでしょう。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 夏 帽 子  坂本タカ女
採つてきし話ながなが独活呉れし
しはしはと鳴く春蝉や休耕田
日常を忘れ緑蔭通りけり
四つだたみして鞄へ大き夏帽子
座りたる長椅子しなる半夏生
いつもの鮨と言ひて何時もの小上がりに
タクシーを拾へず歩く日の盛り
またトマト狙ふ鴉が庭にくる

 河 鹿 笛  鈴木三都夫
里川の茂みに隠れ残る鴨
拾ひたる片陰にゐて風を待つ
岩清水顔びしよ濡れにして掬す
碧潭の岩に張り付く岩煙草
老鶯や誰にも逢はぬ山の村
昼暗き蚕屋の納戸の黴臭き
一村の淋しさに鳴く河鹿かな
呼ぶ声の綿々として河鹿笛

 赤とんぼ  山根仙花
人の名を又忘れたる暑さかな
赤とんぼ山の夕日に紛れとぶ
吊橋の真ん中に居る涼新た
研ぐ鎌に刃物の匂ひ秋暑し
石垣の遠き歳月草の花
手折りたる芒に風のついてくる
遅れ来しこと詫びてゐる秋暑かな
新涼や足にやさしき青畳

 サングラス  安食彰彦 
追風をかりて走りぬ水馬
心経の扇の風をもらひけり
幅広の白き夏帽どなたやら
サングラスはづして医師に挨拶し
国宝の城も旧居も大暑かな
合歓の花咲いてねむたき月曜日
草茂る先祖の墓は居士大姉
大椎はみんみんを抱き墓を抱き

  鵜    村上尚子
不揃ひの棚田千枚夏つばめ
裏山の水を懸樋に吊しのぶ
渋団扇ゆつくりと風動き出す
風鈴や指ほぐれゆく子の熟寝
海見ゆる場所を上座に夏館
境内を逃げ出して来し羽抜鶏
羽根を干す鵜の腋壷をあらはにし
竹の皮脱ぐ奥つ城の行き止まり

 天 守 跡  小浜史都女
機嫌よきヨーグルト菌梅雨の明
白南風や百を越えたる陣屋跡
捩花や奈落の多き天守跡
もてなしは器にもあり夏料理
ポーチュラカ正午をすぎし花時計
雲の峰ペーパーナイフ刃を持たず
照り翳る背振連山花蓮
蓮の葉に風のおもてと裏ありぬ

 関 八 州  鶴見一石子
雷走る御成街道杉の闇
太郎杉泰然自若雷雨去る
虹立ちて関八州を一跨ぎ
猟人に峠の茶屋の一夜酒
手内職頃が懐かしラムネ玉
貸家札目につく現世蚊喰鳥
河童渕仲良く棲める蟇
老鶯や天狗の杜の守り札

 帰 省 子   渡邉春枝
断りの短き文や梅雨の蝶
帰省子を待つや厨に酢の匂ひ
立葵登りつめたる空の青
辛き物なほ辛くして暑に耐ふる
旅に買ひ旅に忘れし夏帽子
昼寝覚はや夕暮の迫りをり
雑草の根のながながと秋立てり
箒目を正す八月十五日

 滝  音  渥美絹代
蕎麦待つてをれば鳴きたる時鳥
かすかなる滝音山野草を売る
柔道部の一団深き淵泳ぐ
山滴る白き木の卓白き椅子
倒木の先滝壺につかりをり
平飼の鶏や西日の土つつき
手入れよき杉山盆の雨きたる
盆過ぎの山畑竹の寝かせあり

 詩吟朗詠  今井星女
月涼し奏づる琵吟舞物語
朗詠や李白の詩の涼しくて
声楽を学びし友の声涼し
半年はお稽古といふ声涼し
剣舞あり書もあり夏の朗詠会
開拓の汗と涙の物語
朗詠で祷り捧ぐる原爆忌
月に寄する詩吟朗詠舞台かな

 ゴジラの卵  金田野歩女
姫女苑西風吹けば西に揺れ
一斉に扇子を使ふ会議室
綿菅や砂洲へ湖風汐の風
鐘の音に涼しく時報告げられし
帰省子の丸投げして来る濯ぎ物
捕虫篭抱へ車中の人となる
触れてみる「ゴジラの卵」てふ西瓜
実玫瑰まだらに色を持ちはじむ

 四万六千日  寺澤朝子
雨が好き緑にけぶる街が好き
唐破風にとどく高さに今年竹
へらへらと仲見世通りをかんかん帽
いつせいに灯の入る四万六千日
さゐさゐと鬼灯市の宵の雨
鬼灯市江戸風鈴も添へて売り
地を這へるやうな犬くる夕立晴れ
捨てに捨て得る句たふとし草田男忌


鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

 万 灯 会 (浜 松)大村 泰子
夕凪や運河に沿うて蚤の市
簾越しに見ゆる町家の奥座敷
羅や祇園へ抜くる石畳
まくは瓜のはらわた指で拭ひけり
熊笹の斑のきはだてる万灯会
和らふそくの炎ちひさき万灯会

 半 夏 雨 (札 幌)奥野 津矢子
指先がタクト祭のパーカッション
バナナ売る香具師に小さき扇風機
半夏雨口の達者な曲芸師
わらわらと緋鯉の下の真鯉かな
ビール酌む窓の向かうの役所の灯
森の息吸うて藪蚊に喰はれけり

 登  山 (浜 松)安澤 啓子
身の丈に余る熊笹登山口
岩雲雀足許ばかり見て下山
アルプスの尾根を離るる夏の月
夏霧の中へゴンドラ発ちにけり
撫で肩の木地師の墓碑や青薄
入口に蚊遣を焚ける診療所

 虹 の 橋 (宇都宮)宇賀神 尚雄
虹の橋鬼怒の流れのゆつたりと
白靴や賑はひの街軽やかに
公園の裸像かすむる夏燕
短夜の雲のはなるる加波筑波
滝よりの流れ清らに渕をなす
涼しさに眼を細めゐる野の仏

 ハンカチ (浜 松)佐藤 升子
梅雨明けや布に走らす裁ち鋏
ハンカチの四角を合はす白さかな
三方に山ある町や大暑の灯
肩の凝り解してをれば夕立かな
白日傘閉ぢて合掌したりけり
筆洗の水をにごして夜の秋

 玉 の 汗 (江田島)出口 廣志
門川に沿うてそぞろの夕涼み
背山より涼風を背に足湯かな
向日葵の迷路に子らの見え隠れ
仕事終へ酒一合と冷奴
健闘を称へて握手玉の汗
叶はぬと知りつつ願ふ星祭

 滝   (宇都宮)星  揚子
木々の間の空より滝の飛び出せり
日の射して布引きの滝白増せり
七段の滝それぞれの声発す
奥深き防空壕や蟬の穴
土塊は土塊のまま灼けにけり
まん中を歩む吊橋ほととぎす

 棚  経 (牧之原)本杉 郁代
夕焼のしばし時間を止めにけり
百日紅咲き継ぐ日々のはじまれり
夕焼空残し夕日の沈みけり
棚経の終はりて僧と娑婆のこと
みやげ買ふ小銭を乘せて茄子の馬
終戦日を知る子知らぬ子人老いぬ
 水 無 月 (出 雲)渡部 美知子
水無月の杜を走れる水の音
気に入りの創刊本を曝しけり
香水の香に挟まれて法話聞く
ソーダ水胃の腑に落ちて静まりぬ
打水す時には思ひ切り遠く
素つ裸のをさなに渡す回覧板

 で で 虫 (群 馬)荒井 孝子
白糸の滝百条のもつれざり
たそがれの紫蘇の香まとふ山の墓
でで虫の一と日を長く使ひけり
祭果てしきりに落つる松ぼくり
立話風船葛暮るる中
もろこし屋焼きつつ虻を打ちにけり

 朝戸繰る音 (出 雲)生馬 明子
堀川の濁れる水辺濃紫陽花
参道の下り坂ゆく梅雨の傘
朝戸繰る音の涼しき武家屋敷
松江城語る講師の夏袴
遊船の茣蓙の香に坐し城仰ぐ
揉み合へる緋鯉の稚魚や武家の池

 白  扇 (群 馬)鈴木 百合子
青りんご遺影の母の他人めく
夕焼に仏間の隅まで染まりけり
白扇を遺影に添へて七七忌
骨壺に添ひ寝を重ね秋隣
仏飯の透き通りゐる今朝の秋
納骨を済ませし刻につくつくし

 秋 め く (東広島)挾間 敏子
ひとり居になりて風鈴よく鳴れり
ひまはりの明るさ少しうるさき日
秋めくやくさぐさのもの磯へ寄せ
踊子ののんど鳴らして水呑める
赤まんま子らにもらひし辻地蔵
露天の湯蜩の声しきりなり

 領 海 線 (旭 川)平間 純一
遊船の水薙鳥のゆくへ追ふ
夏霧や二マイル先は領海線
のびやかに鳴く老鴬や海の風
馬鈴薯の花や十坪の蜑の畑
鷗二羽もう秋めける海の色
廃線の間近猪独活末枯れし

 独 り 子 (宇都宮)松本 光子
父の日の父がプリンを買うてきし
燻蒸の茅葺匂ふ青時雨
糠味噌に少し塩足す極暑かな
独り子に風鈴ふたつ吊しけり
湖よりの風にまどろむ夏館
跳ねて沈んで七段の滝落つる

 捕 虫 網 (浜 松)弓場 忠義
捕虫網立てて横断歩道ゆく
夏大根ぴりつと老いの脳生かす
オクラ咲き美しき夜となりにけり
てのひらに余る硯を洗ひけり
みづうみの汀に揺るる盆の月
灯を入れて盆提灯の浮かびをり


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 檜林 弘一(名 張)

山門に風鈴市の音溢る
女性誌を並ぶる茶房パリー祭
小路より大路へ軋む祭鉾
梅雨明の空へ尖んがる鉾頭
会食の約束ひとつ星祭


 渥美 尚作(浜 松)

トンネルの向かう夕立の降つてをり
風すこし出てきし烏瓜の花
遠雷やソーラーパネルを牧の跡
青時雨走り根多き勅使道
電柱の影の短し田水沸く



白光秀句
村上尚子


会食の約束ひとつ星祭檜林 弘一(名 張)

 「星祭」は七夕の副題の一つである。その夜、天の川を挟み牽牛と織姫が会うという話を子供の頃聞き、真剣に夜空を眺めたことを思い出している。
 作者は現役で、手帳には日々の予定がびっしりと書き込まれている。その中に「会食」という文字が刻まれていた。久し振りに会う友人達だろうか。さぞ楽しい時間を過ごされたに違いない。それが「星祭」の夜であったというところに詩が生まれた。
  女性誌を並ぶる茶房パリー祭
 最近の「女性誌」は多岐にわたる。現在、テレビで放映中の〝とと姉ちゃん〟に出てくる、〝くらしの手帖〟もその一つで、最もロングセラーである。そんな雑誌の並んでいる「茶房」と「パリー祭」との取り合わせである。柔軟な発想と、若さ溢れる行動的な作者の姿が重なって見える。

電柱の影の短し田水沸く  渥美 尚作(浜 松)

   梅雨明けとともに猛暑が続いている。
 掲句に注釈は一切不要である。「電柱の影の短し」によって目前の景色と、暑さが充分に伝わってくる。焦点を絞るという典型的な作品である。
  遠雷やソーラーパネルを牧の跡
 最近、広大な場所に突然「ソーラーパネル」が並んでいるのを見かけるようになった。原発に替って太陽エネルギーを利用するという観点からすると賛成である。しかしその場所が気になる。掲句はそれが「牧の跡」だったと言う。荒れた畑や、山裾等にも広がりつつある。私には「遠雷」が、それらに警鐘の声を上げているように聞こえる。

一書よりはづす栞や夜の秋  高橋 裕子(鹿 沼)

 読み終えた本から「栞」をはずしたのか、あるいは読みかけの夏の「栞」を挿し替えたのか、いずれにしても秋の夜ではなく「夜の秋」である。作者は夜になって気付いた、小さな秋の気配にくつろいでいるのであろう。

みよちやんと遊びし日々や源五郎  三谷 誠司(出 雲)

 子供の頃遊んだふる里の友達のことは、いつ迄も鮮明に覚えている。その中でも特に忘れられないのが「みよちやん」である。昔、そんな歌もあった。「源五郎」を見て俄に思い出がよみがえってきた。

おほらかに笑ふ味噌つ歯心太  沼澤 敏美(旭 川)

 最近「味噌つ歯」を見掛けることも少なくなった。言葉そのものに懐かしささえ感じる。「心太」のつるっとした食感にも後押しされ、子供さんの性格と将来も見えてくるようだ。どうか、丈夫な永久歯が生えますように。

風鈴や縁に持ち出す針仕事  井上 科子(中津川)

 同じことをするにも場所によって効率が違ってくる。「縁に持ち出す」ということは明るくなり、風通しも良くなったということである。そばには「風鈴」が涼しげに鳴っている。ちょっとしたことで家事も楽しく感じられる。

切戸にも小さき盛り塩水を打つ  鈴木 敬子(磐 田)

 「盛り塩」は、料理店などの門口に縁起を祝ってするものだが、それを「切戸」のそばにもしたというところがこの句の眼目。そして打ち水をして開店を待っている。心の行き届いたもてなしである。

終点の備後落合夏の霧  福田はつえ(松 江)

 「備後落合」は広島県でも鳥取県に近い。「終点の」ということは、この先はもうバスも行かないということだろうか。「夏の霧」により、ここの地形と自然を彷彿させる。リズムもよく、固有名詞も効果的である。

揚花火星を増やして果てにけり  大石 越代(牧之原)

 花火が始まった時は、西の空に星が一つ二つ見えていた。花火を見ている間は他のものは目に入らなかった。終ってみたら星が出揃っていた。花火に心を奪われていたこの夜の時間の経過がよく分かる。

蛸壺に蛸入りしまま売られけり  福間 弘子(松 江)

 海から「蛸壺」を上げて、そのまま商売をしているのである。生きたまま切るのか、そのまま大鍋で茹でるのか。いずれにしても産地ならではの光景であり、臨場感がある。

よれよれの辞書の手入れや夏終る  原  菊枝(出 雲)

 随分長い間大切に使われてきたのであろう。それをなお「手入れ」して使おうとしている。使い馴れたものは捨てがたい。色々な思い出にも繋がっている。作者は「夏終る」で一つの達成感と区切りを感じている。新しい秋はすでに始まっている。



    その他の感銘句
筆ペンの大きな文字や星祭
山鉾の組立て縄の百巻を
風蘭にかぜの来てゐる薄暮かな
筆筒に耳掻き混じる夜の秋
虎尾草のてんでに遊ぶやうに咲く
被爆樹の梧桐雨に打たれけり
路線バス涼しき席に盲導犬
夏暖簾うどんのうの字割つて入る
麦湯沸く音して朝の始まりぬ
目の合へば高値でも買ふさくらんぼ
古書市の客を散らしぬはたたがみ
終りだけ合はす体操夏休み
水打つや托鉢の鈴鳴つてをり
夕立の叩き出したる鉢の土
理科室にマッチ灰皿夏期講座
市川 節子
高田 茂子
和田 洋子
坂田 吉康
吉野すみれ
友貞クニ子
陶山 京子
水出もとめ
山田 春子
安達美和子
石田 博人
三原 白鴉
鈴木 敦子
三関ソノ江
山田 敬子


白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 浜 松  坂田 吉康

鉛筆の紙に食ひ込む溽暑かな
行く雲の影を落として田水沸く
夜濯の最中に電話鳴りにけり
湯上りの足の爪切る蚊遣香
遣り水のみづ呑みに来る羽抜鶏

 
 出 雲  牧野 邦子

翡翠の濠の暗さを掠めけり
水口の音の涼しき鯉の池
うぶすなの社にくぐる茅の輪かな
築地松の影の深まる夕端居
新松子城へ向きたる武家の門



白魚火秀句
白岩敏秀


鉛筆の紙に食ひ込む溽暑かな  坂田 吉康(浜 松)

 旧暦の七十二候のなかに「土潤いて溽し暑し」がある。新暦の七月末から八月初めの頃である。
 むっとする暑さや湿気の耐え難い溽暑。そんな日に机に向かうのは容易なことではないが、それでも暑さに耐えて書き進むと鉛筆が紙に食い込む。溽暑に対する苛立ちが込められた「食ひ込む」である。
  遣り水のみづ吞みに来る羽抜鶏
 暑さの続く毎日である。普段なら見向きもしない遣り水の水に羽抜鶏が走り寄って来た。羽抜鶏といえども飲み方はごく普通。羽抜鶏はどんなに胸を張っても、鬨の声をあげても滑稽であり、哀れを誘うものだが、この句は羽抜鶏に心を寄せた句。

築地松の影の深まる夕端居  牧野 邦子(出 雲)

 築地松の見える縁側で、ゆっくりと涼をとっている作者。西へ傾く日が築地松に懸かり、静かに影を作っている。日はなおも傾き、築地松の影を長く濃くしている。「影の深まる」はよく手入れされた風格ある築地松へのあいさつであり、快い端居への感謝なのである。
 季節風から家を守るために、屋敷の西や北側に植えられた築地松。築地松のある風景は出雲地方独特のものである。

地下喫茶背広二人のかき氷  小川 鈴子(佐 賀)

 暑さを避けて地下喫茶に入ると、先客の男二人がかき氷を食べている。営業マンなのだろうか、きっちりと背広で身を固めている。この人達にはクールビズはないようだ。
 地下喫茶は人目につかないところ。ここで十分に涼んで、次の得意先へアタックをかける。夏といえども企業戦士たちの熱い戦いは続く。

小走りの筧の水の音涼し  富岡のり子(さいたま)

 青竹を樋にして引いた山水。抜いた節に躓きながらも、滑るように流れて来る。それを「小走り」と擬人化して成功した。青竹の視覚と水音の聴覚そして小走りの水の動き。それぞれが涼しさを主張しながら相乗効果を高めている。

末筆に自愛を祈る残暑かな  竹内 芳子(群 馬)

 言われてみれば素直に納得できる句である。来る便りにも出す便りにも末筆に「ご自愛ください」と一行がある。それは礼儀というよりも本心から相手を気遣っての言葉。極熱の夏を乗り切って弱った身体へ残暑はきびしい。四季のある国に住む日本人ならばこその心遣い―「自愛を祈る」である。

鰻焼く煙に順を待つてをり  河野 幸子(浜 田)

 土用の丑の日は鰻の日。ネーミングは平賀源内と言われている。「鰻屋でせかせるのは野暮」と江戸っ子は言ったそうだ。こころは〈注文があってから一つひとつ裂いて焼くために、時間がかかる〉からだそうだ。その結果、掲句のように蒲焼きのいい匂いを嗅ぎながら順番を待つことになる。これも食に対する日本人の美学。

ひまはりの背丈も伸びて通学路  落合 勝子(牧之原)

 元気で毎日通う通学路。登下校のたびに見て通る向日葵は、日に日に背丈が伸びている。それを見上げる子ども達の背丈も…また伸びている。
 向日葵のことを詠みながら「も」の一字で子ども達の成長をも暗示している。手練れの技である。

ノックして西瓜の熟れの良い返事  仁科スエコ(東広島)

 西瓜を夏の季語と心得ているご仁もいるようだが西瓜はれっきとした秋の季語。さらば「西瓜割り」は、「西瓜提灯」はと問われれば夏の季語と答える。歳時記とは面白いもの。
 さて、掲句。機知に富んだユーモアのある俳句は楽しい。「ノックして」しても巧いが「熟れの良い返事」は抜群の表現。西瓜への期待が二倍も三倍にもふくらむ。

遠花火明りの洩るる町工場  田口三千女(三 浦)

 町外れの遠いところで花火が揚がっている。既に夜の八時を過ぎている。町工場はまだ仕事をしているのだろう。工場の窓に人影や明りが見える。一方に花火を楽しむ人もあれば、一方に夜業する人もいる。これも日本の現実である。



    その他触れたかった秀句     

夏蝶の隠岐かけて飛ぶ梨花忌かな
星合の夜の指輪の抜けやすし
赤ん坊の首据りたる今朝の秋
風の無き午後の退屈のうぜん花
紅を濃く引いて仕上げのサングラス
風鈴を吊る位置変えてみようかな
風紋の影を濃くして梅雨あがる
研ぎ具合指で調べて草刈女
辛口のカレーの昼餉梅雨明くる
立秋の水吸ひやすき砥石かな
レコードのB面をかけ巴里祭
草野球母の日傘の立ち上がる
稲穂垂る鷹揚に風やり過ごし
透きとほる風の流るる鮎の川
海鳴りを集め玫瑰咲きにけり

檜垣 扁理
林  浩世
計田 芳樹
北原みどり
久保久美子
佐藤 惠子
山田 哲夫
難波紀久子
大石登美恵
江連 江女
宇於崎桂子
岩﨑 昌子
鈴木 ヒサ
杉原 栄子
村上千柄子

禁無断転載