最終更新日(Update)'16.11.01

白魚火 平成28年11月号 抜粋

 
(通巻第735号)
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 11月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    竹元 抽彩 
「体重計」(作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集(一部掲載)坂本タカ女 ほか
白光集(村上尚子選)(巻頭句のみ掲載)
      
  溝西 澄恵 、中野 宏子  ほか    
白光秀句  村上 尚子
白魚火名古屋句会  渥美 尚作
白魚火集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
     橋本  快枝 、檜林  弘一   ほか
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(松 江) 竹元 抽彩   


 石蕗の花一輪挿して茶屋は留守  小村 絹子
(平成二十八年一月号 白光集より)

 石蕗の花は初冬を代表する花と言っても過言ではない。花の少ないこの時期に鮮やかな黄色が野や山を彩る。掲句は晩秋から初冬を感じる十一月の季節に相応しい一句と言える。
 作者は観光地の紅葉の名所を訪れたが、紅葉はピークを過ぎて人出も少なく、入った茶屋は留守であった。観光地の茶屋と言えば食堂、喫茶と土産品販売を兼ねており、高価な土産品等が無防備に置いてあるが留守番をしているのは、一輪挿しの石蕗の花であった。「石蕗の花が見頃ですよ。すぐ帰りますからゆっくり寛いで下さい。」と言っている様な店主の人間を信じ切った心に癒されたのである。平和な日本を再認識して。

 寝転んで雲を見てゐる小春かな  萩原 峯子
(平成二十八年一月号 白魚火集より)

 掲句にある「小春」とは陰暦十月の異称で、季節は初冬。新暦では十一月七日頃が立冬。冬になったとは言え、気候は春がまた甦った様な温暖な日がつづくので「小春」と言う可憐な名がつけられた。
 歳時記の例句を見ても、小六月の異称とともに俳句では温暖な日々を称えて詠まれている。この句も例外ではなく作者は冬場の最低気温がマイナス二十度にもなる北海道旭川に住む人。初冬とは言え大地に寝転んで雲を見る小春の暖かさがあるとは確たる季節の一句と言える。束の間のひと時であろうが厳冬の季節に向かう暖かい余情を感じる作者の叙情ある作品だ。北海道はこれより長い冬籠りの季節を迎える。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 師 の 忌  坂本タカ女
附箋まみれの松籟の記や師の忌来る
低空を飛んで海鵜の日永かな
仕事着の蜑あらはるる立葵
庭ほめてダリヤを剪つてもらひけり
ちりりりんもつれ風鈴雨催
懸命に生くるあかしの蝉時雨
めくる度傾ぐ日暦秋に入る
代り合ひのぞく蝮屋秋の昼

 作 り 滝  鈴木三都夫
結跏趺坐羅漢凉しき苔纏ふ
十薬や寺領に古りし休め窯
夏座敷本堂といふ風通し
竹煮草雨に孤高を持て余す
雨が止み風にはんなり花菖蒲
えごの実のここだく零れここだ継ぐ
作り滝にも節水のあるらしき
作り滝カルキの匂ひしてしぶく

 墓 洗 ふ  山根仙花
焚けば火の色奪ひゆく暑さかな
水かけて水ぶつかけて墓洗ふ
稲熟るる匂ひの小みち通りけり
廃線の鉄路の銹や草の花
野に在すみ仏の水澄みにけり
梨食べて両手したたか濡らしけり
山越えて雲のゆくなり曼珠沙華
萩乱れ雨の舗道となりにけり

 新  酒  安食彰彦 
生返事して唐黍にかぶりつく
白桃すする恋の話は過去のこと
新走り仐寿の杯をこぼしけり
新酒酌む父はぐひ呑二杯ほど
どぶろくのほろ酔のよしともに老い
新蕎麦の割子五杯を京の人
初紅葉土産の菓子に挟まれて
仁王門裏の色増す実紫

 台 風 圏  村上尚子
片付けてひと間涼しくなりにけり
黴の花咲かせ一番好きな靴
かぶと虫値引きの札を貼られけり
朝顔に色残しゆく波の音
トーストに切れ目八月十五日
艶やかな通し柱や秋の風
測量の杭打たれゆく草の花
髪濡れしまま台風圏に眠る

 ひとりあそび  小浜史都女
月出でて深き息する土用の芽
諦めもゆとりや雷もたのもしく
鉢の鷺草きのふ五・六羽けふ十羽
糸瓜棚雨の足らざる花つけて
からむしをひるがへす風秋となる
臭木昏れ水の匂ひも暮れにけり
梨のほか何もおもはず梨をむく
鬼の子のひとりあそびの糸長し

 姿  川  鶴見一石子
那須岳の野分進むを拒むなり
眠られぬ山小屋泊り星月夜
山寺の釣瓶落しの鐘一打
台風の近づく路面塵芥
修羅句碑の石の柾目の秋の蝶
水澄みて師のこゑ聞ゆ姿川
両眼をしばらく瞑る夕花野
晩年を占ふ星の飛べるなり

 新  涼   渡邉春枝
乱れ打つ残暑の柱時計かな
厄日過ぎ一つ増えたる花の鉢
神域の野川細りて草の花
爽やかや定位置におく椅子一つ
新涼の毛筆書きの案内状
月を観る港の椅子に浅くかけ
霧深し三角点に皆んな触れ
朝採りの秋茄子苞にバスを待つ

 敗 戦 日  渥美絹代
地鎮祭青嶺にむけて幣をまく
切り分けて母の西瓜に種多き
敗戦日雲なき峠越えにけり
墓に水運ぶ草の穂濡らしつつ
ぱらぱらと雨二日目の盆踊
新涼の峠をのぞむ番所跡
釘の錆にじむ木道秋高し
草の花地質調査のパイル打つ

 港まつり  今井星女
花火揚げ港まつりの始まりぬ
「サブロー」の唄を流して花火揚ぐ
大輪の花を咲かする花火かな
千金の値ひとはこれ揚花火
後になるほどに豪華な花火かな
花火大会光のしづく海に果つ
「オー」と声あげ花火終りけり
花火みて満員列車の帰宅かな

 二十世紀  金田野歩女
峡の水にラムネを冷やす茶店かな
踊唄夜風の運ぶ名調子
朝顔や紺屋の刷毛の大中小
大花野ポニーテールと駆け競べ
うすうすと沈みあぐぬる朝の月
二つ三つ花の付きたる穂紫蘇揚げ
二十世紀剥く間も果汁滴りぬ
野葡萄の通せん坊や散策路

 盆 の 月  寺澤朝子
挽歌いま若きを送る夕焼空
目瞑れば彼の日が見えて走馬燈
城山にたましひ遊べ盆の月
遥かより手向けてやらむ新走り
地にひくく吹かれゆくかに秋の蝶
三日月と金星睦む迢空忌
仄明し句会もどりの宵の月
醜草の辺りもつとも虫の闇


鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

 夏  椿 (牧之原)桧林 ひろ子
夏椿ひそめし息に落ちにけり
深呼吸して炎天の人となる
打水の新しき風連れて来し
蟬の声始まる朝のレモンティ
路地曲るとき風鈴の音に出会ふ
水の色草の色とも糸とんぼ

 残  暑 (出 雲)武永 江邨
農道の一本道の残暑かな
残暑なほ血管の筋顕なる
ゆつくりと仏具を磨き涼新た
明日開く朝顔の数目で読めり
草の花薬草吊す湯治宿
草の花湯治の宿へ径細る

 鰯 ぐ も (松 江)福村 ミサ子
一語得て一語忘るる極暑かな
思はざる出逢ひのありぬ草の市
神名火のくろぐろとあり魂送り
虫たちの楽園に立つ売地札
追はれたる雀の戻る豊の秋
乾坤を画布ともなせる鰯ぐも

 百 日 紅 (牧之原)松田 千世子
裏山の葉ずれの音も夜の秋
紺碧の空へ咲き継ぐ百日紅
野仏に僅かな影を百日紅
曲りぐせある胡瓜より捥ぎにけり
大蝗卒寿の肩に止りたる
子授け石拝み蟷螂生まれけり

 雲 の 峰 (出 雲)三島 玉絵
神名火を雄々しくしたる雲の峰
一雨のあとの星屑夜の秋
残暑濃き畦に積みたる草ロール
棚経僧野球の話一頻り
駈け回る子が去に盆の終りけり
白秋や胸像遠き空を見る

 合歓の花 (浜 松)織田 美智子
海鳴りのまぢかに旅の明易し
合歓の花風が絵本をめくりけり
みみず不覚舗装道路に這ひ出せる
洗ひたる網戸に風の渡りけり
塩つけて山桃食ぶるふたつ三つ
炎昼のおのれ励ますひとりごと
 渡 り 鳥 (浜 松)上村  均
木洩れ日や蟬の死骸に土を盛り
イベントに町の団扇が配らるる
谷底へ道は曲折草いきれ
自転車を下り秋耕の仲間入り
遠浜に白煙あがる芦の花
渡り鳥夕日に染まる波頭

 天空の竹田城 (宇都宮)加茂 都紀女
天空に灼くる城垣劃然と
天空の城夏霧に奪はれし
御宿は蔵元なりし麻のれん
月光の涼し港の風見鶏
巨船来る海を離れし夏至の月
天空の城をめぐりし髪洗ふ

 望 の 月 (群 馬)関口 都亦絵
菩提寺の夜明けの写経蓮の花
ゆく夏の湖きらきらと日照雨来る
千年の神杉望の月かかぐ
学校田の日の香風の香稲の花
真つ新のエプロン付けて初秋刀魚
初もみぢガイドの語る浅間悲話

 英  霊 (松 江)梶川 裕子
英霊てふ兄は知らざり終戦日
迎火や佛を知らぬ子も混り
灯を入れて家紋のゆるる盆提灯
父母を闇にかへしぬ流灯会
香煙の行きどころなき残暑かな
鱗雲うろこ崩さず暮れにけり

 水 引 草 (群 馬)金井 秀穂
夏痩せを引き摺つてゐる老躰かな
点ほどの朱を灯したり水引草
盛りとて密やかに咲く水引草
里に在り色まだ浅き秋あかね
稲雀決まつて降るる一と所
予後の妻に酷なる残暑つづきをり

 流  燈 (牧之原)坂下 昇子
鳴きかけて翔つてしまひし法師蟬
爪先の運び軽やか阿波踊
灯籠の流れを正すカヌーかな
流燈の去りては闇の深まりぬ
花火果てどつと人波動きけり
遠花火淋しき音を残しけり


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 溝西 澄恵(東広島)

西行の風待ちの浦蟬しぐれ
刳り舟のしるき鑿跡土間涼し
斜張橋くぐりて瀬戸の夏惜しむ
アトリエに乾びし絵の具原爆忌
禎子像へ寄りては離れ赤とんぼ


 中野 宏子(磐 田)

丸刈りのねぢり鉢巻かき氷
カーテンの大き綻び今朝の秋
朝顔のつる伸びてをり駐在所
乳母車に五人乗りをり赤のまま
とろろ汁御鉢たちまち空になり



白光秀句
村上尚子


アトリエに乾びし絵の具原爆忌  溝西 澄恵(東広島)

 「原爆忌」は昭和二十年八月六日、世界で始めて原子爆弾が投下された広島市と、それに続き、九日の長崎市にも投下された日をさす。作者が東広島市にお住まいとなれば、八月六日ということになろう。いずれにしても想像を絶する程の犠牲者を生み、今もその苦しみを背負い続けている人がいる。
 掲句の良さは、今迄にあまり類のない、日常の小さな光景から発想したところにある。
 「原爆忌」は犠牲者の御霊を鎮めると共に、この過ちを二度と繰り返さないということを、強く胸に刻む日でもある。
  禎子像へ寄りては離れ赤とんぼ
 平和記念公園にある〝原爆の子の像〟の象徴となっているのが、白血病で十二歳で亡くなった佐々木禎子さんである。「寄りては離れ」の言葉のなかには、作者の言い尽せない思いが詰まっている。

朝顔のつる伸びてをり駐在所  中野 宏子(磐 田)

 「朝顔のつる」に目を止めたところが面白い。同じものを見ても、人それぞれに目の付けどころが違い、感じ方も違う。掲句は難しいことは一切言っていない。表現にも無理がない。
この場合、警察署より「駐在所」であったことが、一句をよりやさしく、身近に感じさせている。
  カーテンの大き綻び今朝の秋
 今朝、突然カーテンが綻びたということではない。今年の夏は本当に暑かった。綻びには気付いていたが、あまりの暑さになおざりにしてきた。やっと秋になったという安堵から、逆に「カーテンの大き綻び」に目が向いたのである。「今朝の秋」との取り合わせもユニークだ。

人込みを見てゐて楽しかき  氷鈴木 敬子(磐 田)

 「人込み」を好きな人はあまりいない。しかし、お祭りや催し物は別である。ある程度の賑わいがあってこそ楽しい。作者はその様子を少し離れたところから「かき氷」を食べながら眺めている。今迄とは違った「かき氷」の味がする。

夏休み赤い絵の具を使ひきる  船木 淑子(出 雲)

 「赤い絵の具」は四季を通して使われるが、夏には赤が似合うような気がする。赤を使うことにより活気も湧いてくる。これはお孫さんのことであろうか。きっと元気に二学期を迎えたに違いない。

夕涼や買物かろき物ばかり  髙橋 圭子(札 幌)

 この夏の暑さは特別だった。夕方になってやっと買物に出掛ける気になった。とりあえず、必要なものを二つ、三つ。思いのほか涼しい夕風に、身も心も軽くなった作者である。

巴里祭や酸味の強き食前酒  青木いく代(浜 松)

 「巴里祭」は、フランス革命記念日にあたる七月十四日。日本は暑い盛りである。こんな時の「食前酒」はよく冷えたものに限る。「酸味の強き」は、作者の主観と好みである。

盆僧の縁にころがすヘルメット  大庭 南子(島 根)

 この僧侶はモーターバイクで来られたのであろう。「縁にころがすヘルメット」からは、日頃より親しくしており、故人をよく知る間柄でもあろう。心のこもった盆供養が出来たに違いない。

癌告知受け炎天を帰りけり  鈴木  誠(浜 松)

 最近の医療の進歩で、癌治療はめざましい進歩が見られるが、早期発見が第一である。作者はいたって明るい性格だが、この時の気持はいかばかりだったことか。「炎天」がすべてを語っている。

抱き枕蹴つて暑さに抗へり  上武 峰雪(平 塚)

 最近、枕と健康についてよく聞くことがある。掲句は「抱き枕」である。病人の為に使われることもあるが、作者は九十六歳のれっきとした俳人である。暑さに抗う姿もまた勇ましい。益々お元気で。

寝待月羽衣ほどの夜具胸に  秋穂 幸恵(東広島)

 十五夜から四日後の「寝待月」は、三時間ほど遅れて上がる。部屋から空が見える場所に、作者は寝具を胸のあたりに乗せて待っている。「羽衣ほどの」という表現は、この上なくロマンチックである。

オカリナの発表会や夜の秋  河野 幸子(浜 田)

 「オカリナ」は片手に入る大きさということ、値段も手頃なことから、気軽に始めることができる。ピアノやバイオリン等とは違う素朴な音色が「夜の秋」の空と呼応し合っているようだ。


    その他の感銘句
鈴虫の鳴く銀行のロビーかな
朝風を力に芙蓉開きけり
威勢良き隣の町の盆太鼓
玩具屋の三角くじや夏果つる
秋生るる縄文土器の欠片より
一粒の煮豆ころがる残暑かな
不器用な人のつく嘘草の花
をみならのさざめきてゆくをどりかな
冷房の効き過ぎてゐる検査室
片仮名の多き母の字昼寝覚
赤蜻蛉立つとき草をゆらしけり
秋なすび猿の両手の塞がりぬ
捨てられぬ物に卓袱台敗戦忌
梨出荷角兵衛獅子の村の納屋
鈴虫を鳴かせて昼の美容院
神田 弘子
横田 茂世
広瀬むつき
樋野久美子
高田 茂子
栂野 絹子
計田 美保
中山 雅史
大滝 久江
八下田善水
和田 洋子
荻原 富江
水出もとめ
高野 房子
江⻆トモ子


白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 牧之原  橋本  快枝

夏休み暇持て余す運動場
真つ直ぐに行けばいいのに蟻の列
蛍の出づる間の闇広きかな
涼しきは小夜の中山石疊
夏休み終り疲れてしまひけり

 
 名 張  檜林  弘一

塩田の薪小屋より夏の月
朝曇り地べたに鳩の含み鳴き
バッテラに浪速の暑気を払ひけり
香水の女話を聞き流す
かなかなの声のすとんと消えにけり



白魚火秀句
白岩敏秀


蛍の出づる間の闇広きかな  橋本 快枝(牧之原)

 夕食を早々に終えて蛍狩りに行った。しかし、蛍の時間には未だ早いせいか、一匹の蛍も飛んでいない。聞こえて来るのは小川のせせらぎばかり。
 見通すことの出来ない暗さの中で、闇を広いと感じているのは、やがて始まる空一面の蛍の乱舞を想像しているから。蛍が舞い始めれば闇はさらに広がっていく。蛍の出を待つ楽しさ。
  夏休み終り疲れてしまひけり
 世のお母さんの大方が経験済みのことだろう。例えば、亭主元気で留守がいいとか、来て嬉し、帰ってうれし四日かなとか。何であれ、子ども達は夏休みでリフレッシュして、二学期へ全速力で走って行く。親の心子知らずである。

バッテラに浪速の暑気を払ひけり  檜林 弘一(名 張)

 京都の着倒れ、大坂の食い倒れとよく言われる。バッテラは大坂生まれの押鮨。大坂の郷土食である。
 かつては暑気払いのために「毒消」と称する解毒剤を飲んだ。〈毒消し飲むやわが詩多産の夏来る〉は中村草田男の句。今では梅酒、ワインや焼酎などを飲んで英気を養う。掲句のバッテラの横には、熱い湯割り焼酎があったことはいうまでもない。

夏休み一升釜を取り出しぬ  増田 尚三 (守 谷)

 夏休みになると急に家族が増えたような気になる。普段は子ども達が学校へ行ったあとは家がガランとして静かになる。しかし、夏休みになるとそうはいかない。家のなかは子どもの声で賑やかだし、給食がないから三度食事をする。そこで一升釜を取り出すことになる。微笑ましい家庭の一端を覗かせた句。

家ひとつ虫籠となる山家かな  伊東美代子(飯 田)

 秋も深まると色々な虫が、夜となく昼となく鳴いている。こおろぎ、鈴虫、鉦叩等々。勿論、虫は家の外で鳴いているのだが、これだけ多く鳴けば、外の声とも内の声とも区別がつかなくなる。それを「家ひとつ虫籠」と言った。珠玉の表現である。自然の豊かな山家に住む冥加。

握り返す手に力あり生身魂  中間 芙沙(出 雲)

 久し振りに実家に帰った時のことだろうか。懐かしさの余り握手したところ、握った手をしっかりと握りかえして呉れた。まだまだ手に力がある。握り返されたことによって、かえって生身魂から力を貰った作者。生身魂への敬愛の念がますます深くなる。

揚花火瀑布のごとく落ちにけり  大河内ひろし(函 館)

 町中上げての花火大会なのだろう。仕掛け花火や打ち上げ花火が夜空を美しく飾っている。とりわけ見事なのが有終の美を飾る揚花火。「瀑布のごとく」にその壮大さが表れている。同時に見物人のどよめきや拍手の音さえ伝わってくる。力のこもった句である。

新涼や馬のたてがみそよと揺れ  渡辺あき女(苫小牧)

 放牧の馬が静かに草を食んでいる情景。そんな馬のたてがみがそよと風に揺れたという。暑さに慣れた身体に夏とは違う涼しさを感じるのが「新涼」。「新涼」の微妙な季節感を「たてがみそよと揺れ」と目に見えるかたちに示した。広々とした牧場のなかで見つけた小さな風の秋。

さはやかに祝ふ米寿の誕生日  剱持 妙子(群 馬)

 日本は長寿の国。健康寿命も世界一ときく。
 作者は子や大勢の孫達に囲まれて米寿を祝った。健康ならばこその誕生日である。健康で元気な証が「さはやかに」。次は卒寿、白寿と続く。目出度いことである。

作り手の手に合ふ形盆団子  森山 敏子(出 雲)

 盆のお供えとして五供(香、明かり、花、水、食べ物)と団子がある。ただ、盆団子としては歳時記に載っていないが、よく分かる。
 家族で一緒に盆団子を作ったときのこと。それぞれの手から生まれる団子には大小がある。大きい団子は大人の手、小さい団子は子どもの手、そして最も小さいのは孫の手の団子。仲の良い家族の楽しい団子作りが見えるようだ。


    その他触れたかった秀句     

虫の音に囲まれて消す一つの灯
朝露を来て一望の遠州灘
花火果て魚一匹ジャンプする
鈴虫や身延の町の水晶屋
爆心地島病院の残暑かな
花木槿五人家族の今ひとり
新豆腐水より出でし素肌かな
噴水の高さ尽くして崩れけり
心音の乱れてゐたる猛暑かな
鐘楼へ四五段上る落し文
今落ちしばかりの栗を拾ひけり
打水の幾度乾き暮れにけり
百日の真ん中あたり百日紅
台風の進路の変はる伊豆の沖
逃げ足の風となりたる稲雀
喉もとを過ぐる身ぶるひかき氷

山本 美好
高井 弘子
森脇 和惠
石田 千穂
山口 和恵
内田 景子
本倉 裕子
佐々木克子
富樫 明美
山崎てる子
倉成 晧二
江⻆トモ子
高田 茂子
徳増眞由美
藤江 喨子
大原千賀子

禁無断転載