最終更新日(Update)'10.03.31

白魚火 平成17年3月号 抜粋

(通巻第656号)
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3月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    清水和子
「塩地蔵」(近詠) 仁尾正文  
曙集鳥雲集(一部掲載)安食彰彦ほか
白光集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
       
鈴木敬子、江連江女 ほか    
白光秀句  白岩敏秀
句 会 報  広済寮なかよし句会
白魚火集(仁尾正文選)(巻頭句のみ掲載)
          木村竹雨 、吉村道子 ほか
白魚火秀句 仁尾正文

季節の一句

(浜松) 清水和子 


春禽の鋭き声どの木からとなく 青木華都子
(平成二十一年六月号 曙集より)
 桜の開花には少し間のある頃でしょうか。突然頭上から鋭い鳴き声が聞こえます。見上げても芽吹き始めた木々のどこで鳴いているのかわかりません。そんな時、別の方角からまた声が聞こえます。「鋭き声」にまだ暖かさの定まらない周辺の空気が感じられます。しかし空も地上も確実に春めいています。
 私は時々出かける浜松城公園の景色を思い浮かべ、清清しい気持ちにさせて戴きました。作られた所と全く異なる場所でその句を鑑賞できるということが俳句の素晴らしいところですね。

まだ逢はぬ人に文書く朧かな 小浜史都女
(平成二十一年六月号 鳥雲集より)
 これから会うことになる大事な方へ書く手紙。いろいろと気遣いをし、すらすらとは書けないものです。
 「朧」という季語からは、わずかな不安、将来への期待感などが伝わってきます。そして、あたたかな内容が想像されます。

水温む河童に逢ひに遠野まで 栗田幸雄
(平成二十一年六月号 白魚火集より)
 暖かくなって河童逢いに行こうと思い立ち、出掛けてしまうところが作者の万年青年たるところですね。読み下しの調子がよく、こう詠まれると私も行きたくなってしまいます。
 「水温む」は、東海地方では寒が明ければという気もしますが、遠野では四月頃の感じなのでしょうね。「カッパ淵」に佇む作者が目に浮びます


曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   


  柔 道 着  安食彰彦

柔道着着てあどけなし鬼は外
梅日和合格通知朱印濃し
祝ぎなれば吾れ春風に吹かれをり
のどけしや廃船なほも浮子吊し
のどけしやふじつぼのつく錆碇
ほしいまま舫ひの網につきし海髪
空つぽの小さき喜捨箱牡丹の芽
風音ももの音もなく木の芽吹く


 春ショール  青木華都子

ほつこりと土押し上げて蕗のたう
農学校前のバス停梅固し
蓬摘む杭一本の県境
花粉飛ぶ並木一里の杉襖
杉花粉飛ぶ風向きの変りたる
堤焼く町営バスに客二人
裏声のハスキーなりし恋の猫
ま青なる空水色の春ショール


 杉 箸  白岩敏秀

新しき年へ眼鏡を拭きにけり
石段の真中を登る初詣
新春の風に雀の高く飛ぶ
杉箸のきれいに割れて根深汁
日向ぼこ無私の世界に入りにけり
煮凝や夜更けて荒るる日本海
遠火事や暮天は星をひとつあげ
葬ひとつ送り一月終りけり


 徳利椰子  坂本タカ女

砂糖黍畑の上の海平ら
弾みたる賽銭閊へ神の留守
トラックの豚さくら色小六月
集ひくる島人(しまんちゅ)やさし冬菫
島人似のアイヌの面輪薬喰
冬の蝶マングローブの川越ゆる
猪鍋やとつぷり闇の徳利椰子
男盗るアイヌの踊り頬被り


  夢    鈴木三都夫

乱舞して海猫の促す初日かな
初日待つ海に最も近くゐて
白無垢の富士窈窕と今朝の春
白妙の富士を捉へし恵方かな
どんど組む祭壇よりも堆く
燃え揚る「夢」の一字の吉書かな
火達磨の転がり出でしどんどかな
どんど果て俄につのる背の冷え
 初 句 会 水鳥川弘宇
十三名全員出席初句会
壱岐見えて岬の宿の初句会
受験絵馬二つ三つや岬の宮
捕鯨館閉ざしてありし岬の宮
いつよりか笹鳴の樹と呼んでをり
昼静か椿一輪活けてより
雪を着て領巾振山の男前
ながながと届くファックス日脚伸ぶ

 初 湯  山根仙花
峡底の日を大切に大根干す
海の音遠し眠たき懸大根
風を背にあづけ落葉の磴のぼる
寒林に囲まれてゐる一戸の灯
暗がりに顔上げて聞く冬の雷
理髪屋の鏡の空の雪催ひ
竹薮に日の差し騒ぐ初雀
一人にも溢れてをりし初湯かな

 一 夜 干  小浜史都女
旅めきて独りの埠頭寒鴉
雪降るやひとつ埠頭に鳶鴉
寒凪や寄れば匂へる一夜干
寒あやめ忘れたころにまたひとつ
凍てきつてゐる玄室の薄明り
吊橋の奥も漁港や芽麦畑
日脚伸ぶ女竹ばかりの竹林
麦青む潮入川の潮引きて

 日 輪  小林梨花
木蓮の光の蕾宙へ上げ
若緑大海原を展べゐたり
一湾の空みづいろに和布刈船
日輪に隠れて了ふ揚雲雀
一筋の和布さゆらぐ舫綱
栄螺と藻供へ丈余の五輪塔
春光に抱かれ峡の一寺かな
金網に鍬立てかけて豆の蔓

 水 琴 窟  鶴見一石子
木菟鳴くや牛三頭を鞣し吊る
子が叩く氷柱ハープの如くなり
大鬼怒の雀隠れの一里塚
春浅し命をつなぐ米を磨ぐ
首塚の念珠石抱く多喜二の忌
芽吹かんと首切塚の大銀杏
やあと来てやあと去りゆく春の風
春雷や水琴窟に跼みゐる

 鴨 の 陣  渡邉春枝
新参の一羽が乱す鴨の陣
冬たんぽぽあやして嬰に泣かれけり
寒の水飲んで一日を饒舌に
つくばひの水飲みこぼす寒雀
蜂蜜の一匙づつに日脚伸ぶ
如月や整理のつかぬ部屋一つ
初蝶にさからふ風のありにけり
木々芽ぶくあまたの風を止まらせて


鳥雲集
〔上席同人 作品〕   
一部のみ。 順次掲載  

 涸 滝  笠原沢江
行くほどに先の展ける枯野径
土塊を大きく重ね初田打
壷口を大きく空けて滝涸るる
涸滝の壷の深さに竦みけり
早梅の二輪浮きたる空眞碧
廻り道して観梅の心置き

 板歌留多  金田野歩女
白鳥の水掻き立てて小競り合ひ
灯の昏き阿寒のコタン雪の声
腰痛は居据るつもり去年今年
気合諸共居間まで飛びぬ板歌留多
猛りたがる炎鎮むるとんど守
あかつきの氷湖に蒼き獣径

 浦 の 春  上川みゆき
春の海村境てふ五輪塔
定置網ひろげ干しある浦の春
大巌に描かれし「義勇」春怒涛
波音の雑木林や日陰蝶
山寺の磴の軋みて春動く
山坊の内儀の接待あたたかし

  春立ちぬ  金井秀穂
漆黒の闇を背にどんどの輪
冬ざれや樹上に古き小鳥の巣
枝雪のへばりつくまま一と日昏る
雨垂れの音の忙しき深雪晴
蝋梅の雪被ること二度三度
春立ちぬ一級寒気伴ひて
  梅   坂下昇子
日向ぼこすでに日差しの逃げてをり
浮かび来て潜り直しぬ鳰
鳰夕日を蹴つて潜りけり
寒禽の空に啄む樗の実
まだ色を明かさぬ梅の蕾かな
野放図に伸びて野梅となりにけり

 小 寒 二宮てつ郎
年明くと岬より風吹きどほし
小寒の曲がりてばかり峡の道
七種や舗装路濡らす雨の色
モノラック下り来荷を載せ寒暮載せ
空白のパズルの枡目雪催
屋根雪の落ちては過ぎてゆく時間

 初 飛 行 野沢建代
初飛行梅干しを出す旅鞄
御慶より始まる機内アナウンス
買初めの紙幣に毛沢東の顔
長城に登る重ね着重ね履き
一時間時差ある北京麦青む
輪タクの幌に雪乗せ客待ちぬ

 寒 林  星田一草
薄々と雲刷く空の冬桜
そこはかと庭に降り立つ二日かな
初さらへオカリナ青き空に向け
寒林のいつもどこかに鳥の影
人を見て二三歩ゆづる寒鴉
鳥たちの水打ち合うて日脚伸ぶ

白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
仁尾正文選

  高松  後藤政春

冬帽を食み出してゐる長寿眉
嚔して買物ひとつ思ひ出し
暗闇に燐寸を擦れば除夜の鐘
満載の柩工場の初荷かな
積雪は一夜に二尺新任地


  江田島  出口サツエ

元日の満月雲を寄せつけず
遮断機ののろのろ上る寒さかな
膝で折る音乾きゐる焚火かな
てんでんに向きて囲める焚火かな
艦船のレーダー冬の日を返す



白魚火秀句
仁尾正文
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暗闇に燐寸を擦れば除夜の鐘 後藤政春

 浜松市天竜区の山奥に秘境、京丸がある。嘗ては三十戸余の落人集落がここにあり、その頃からの庄屋藤原家が唯一軒現存する。トラックが擦れ違える程の道路が五㎞程あるが藤原氏の私道、入口には鎖を張って入場禁止になっている。この鍵の管理者が渓流釣り愛好者のため簡易な民宿を営んでいる。
 真夜、鹿の哀しげな鳴声に目覚めて、窓から周辺を見たが五戸程の民家が灯を消しているので真の闇である。この闇は、縄文この方の闇。衣食住が比較にならぬ程変ったが、この闇は当時と全く同じで縄文人になったような気がした。
 掲句は、除夜詣でであろう。宝前には大きな焚火が明々とし、集落から離れてはいても参道には点々と灯が点き筆者のいう縄文人の闇ではないが、作者は真暗がりの一所に入ってみた。大晦日という現代人にも生活の節目の日、暗闇に何となく懐しみのようなものが感じられたのであろう。父祖の暮しぶりや生前の近親者のことが思われたのにちがいない。その思いはマッチを点けることで終止符を打ち、又現実に帰ってきた。句はマッチを擦ると除夜の鐘が鳴り出したという形を取ってはいるが。

元日の満月雲を寄せつけず  出口サツエ

 今年の元日は旧暦十一月の望の月で耿々とした月は一片の雲もなく、誠にめでたい年の始めであった。一句は単純明快な写生句で気息も充実した厚い句である。作者の今年にかける気合も読み取れる。こういう佳什には、くどくど鑑賞するよりも是非朗誦して欲しい。

先陣は手押ポンプの出初式 五十嵐藤重

 この先陣は、自治会で作った消防分団員であろう。消防分団員の職業は、ばらばらであるが火災が発生すると職場から駆けつけて市の消防署に協力する。掲句の出初式では消防分団の手押ポンプが先陣を切ったという所が面白い。最近の消防車は、ゴンドラが油圧式の装置により二十mも伸び上り消火活動をしているが骨董的な手押ポンプに脚光を浴びせているのである。何か謂れがあるのに違いない。

ティンパニー響く終章雪降れり 小林布佐子

 ティンパニーは銅製などの大鍋形の太鼓で牛皮を張って二本の撥で打ち鳴らす。句はティンパニーの演奏が終りに近づいたことと「雪降れり」との取合せ。異国的な情緒と厳しい北海道の雪籠りとは確かに通じるものがある。

弾丸となりスキーヤー滑り降る 大野静枝

 今バンクーバーで冬季オリンピックが開催されていて昨十六日にはアルペンの滑降を放映していた。急斜面を時速一四〇㎞もで滑降するのは、まさに「弾丸となり」だった。

湖の冴えて嶺々明けゆけり 大澤のり子

 この湖は諏訪湖であろう。北岳や仙丈岳の如く三〇〇〇m級の南アルプスが走り北には八ヶ岳山塊があり遥か西には北アルプスが望見され高い嶺々に囲まれている。従って夜明けは先ずこれらの高い嶺々に日が当って湖は最後に目覚める。雄大な景をしっかり描き切りしらべも清々しい。

湿りある銀杏落葉を栞とす 根本敦子

 銀杏黄葉は確かにしっとりと湿った感じがある。それを愛読書に栞るというのは雅趣がある。とことん愛すると植物であってもそれに応えて美しくなるのである。

庭にゐて一日飽かず牡丹の芽 古藤弘枝

 美しい朱の牡丹の芽を一日中飽かずに眺めているというのは、春到来の喜びでもある。芽が少し大きくなると葉芽と花芽が見分けられ花芽は小さいながら宝珠を差し上げている。掲句は、思いの丈を述べ尽し、句姿がよいのは作者の芸によるのである。

臘梅の盛り画廊の賑はしき 前川美千代

 臘梅が盛りとなったから画廊が賑やかになったのではない。名のあるこの画廊は何時も客で賑わっているのである。臘梅の盛りの頃ともなると一層賑わったのであるが、一句はこの取合せの手加減がすこぶるうまい。

新しきジャケットを着て胸を張れ 土井義則

 近頃の若者は草食系とか肉食系とかに区分されたり、二十歳で父親になり男らしさをアピールするかと思うと三十代後半で未婚というのもある。掲句の如く男はすかっとありたい。

    その他触れたかった秀句     
三寒四温ジッパーの布を噛む
拭き上げし玻璃きつぱりと二月来る
留守電へ一呼吸して御慶かな
朱の鳥居揺らせて満つる寒の潮
噴き上げて岩を隠せる冬怒涛
寒風に三太刀七太刀碑の立てる
笹子鳴く濱田庄司の登り窯
悴める指に絡まる九十九髪
早咲きの梅に一日春もらふ
扁額は隠元禅師梅香る
元朝の老若男女座禅組む
ゆつくりと来る流氷の予報かな
耳馴れし下校のチャイム日脚伸ぶ
受付に若松生けて初句会
猫鳴いて膝を逃げゆく毛糸玉
高岡良子
水鳥川栄子
高橋圭子
中村美奈子
門脇美保
増田一灯
松本光子
稲川柳女
加藤明子
高井弘子
落合勝子
原 英子
片貝芳江
山崎てる子
金子フミヱ


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

   牧沢純江

白壁に日の跳ね返る藪柑子
有線は火の用心で終はりけり
山窪の風の死角の冬苺
裸木に教師の笛の短かかり
悴める十指に洗ふ芋白し


   荒木千都江

漣に二月の光生まれけり
稜線のやさしくなりて春立てり
そそぐ陽も真向かふ風も春うごく
浮雲や春意兆せる雑木山
せせらぎの春のつれきし音立つる


白光秀句
白岩敏秀

白壁に日の跳ね返る藪柑子 牧沢純江

 近頃は和洋折衷の家が多くなったせいか、白壁の家が少なくなったように思う。
 小舞を組み、粗塗りから中塗りと重ねて白壁を塗る。丹念に仕上がった壁には日本家屋の美しさがある。
 描かれているのは白壁と藪柑子の紅のみ。白壁には庇や庭木の影が映っていたろうに、それらはすべて消し去っている。思い切った省略が白と紅の見事なコントラストを生み出している。いっときの寒晴のなかで日本の家屋の美しさを捉えたのは作者の力量である。
有線は火の用心で終はりけり
 有線の一日の終わりの放送が「それでは皆様、火の用心してお休みなさい」。一日中、何やかやと一方通行で喋っていた有線が、最後は一方通行で沈黙してしまった。その落差に可笑しみがある。とは言え、農村や山村には共同作業がまだまだある。時代遅れのような有線放送であるが、その役目はまだ終わっていないようだ。

せせらぎの春のつれきし音立つる 荒木千都江

 川辺を歩いていると、聞き慣れているせせらぎの音がいつものと違うことにふと気付く。
 山を出て、野を通り町を抜けて、間もなく終着の海に到ろうとする流れ。長い旅路の途中で出会った春である。春の連れてきた音はどんな音だったのだろう。 雪解けの音、風の音…。音は光りを誘い、光りは草木の芽吹きを誘う。やがて、川辺は緑に覆われることだろう。小さな春から広がる大きな春への期待感がせせらぎの音となって流れている。

冬の蝶バランスを取るための翅 中山雅史

 飛ぶよりも止まることの多くなった冬の蝶。しかも、その翅使いは弱々しく、草の葉に取りすがるのが精一杯である。普通ならここまでの観察で一句が成るところ。しかし、作者は「飛ぶ翅」から「バランスを取る翅」へと一歩踏み込んだ。生きるためには本来の機能を犠牲にして、別な機能に切り替えねばならない。これは蝶に限らず、全ての生きるものに共通することだろう。
 掲句は観察に思索が加わった厚味ある句だと思う。

ぎぎぎぎと寒鯉向きを変へにけり 稲井麦秋

 仁尾先生の「ろろろろと筧の落とす山清水」は多くの俳人の注目を集めた名句である。「ろろろろ」が魅力的にひびく。対して、掲句は「ぎぎぎぎ」。
 「ぎぎ/ぎぎ」と表現されると、寒鯉の立てる音はこれ以外にはないと思わせる。
 冷たい水の中で、起きているか眠っているのか分からないようにじっとしている寒鯉である。時折、寝返りを打つように向きを変える。冷たい池の水全体を引っ張るように動く鯉に作者の身が軋むように感じられたのであろう。寒中の鯉の動きを見事に捉えた擬音の効果である。

一日を大事に生きて初暦 柳川シゲ子

 若い頃は時間がたっぷりとあって、一日単位の生活などは思いもよらなかった。しかし、今は与えられた一日を無駄なく充実して生きることが幸せと思うようになった。
 昨日を大事に生きたから今日があり、今日を大事に生きてこそ明日がある。その積み重ねに現在の自分がいる。身丈にあった出来ることを精一杯尽くして生きる、そんな慎ましい一年が始まる新暦である。

釘袋下げたるままの朝焚火 佐野栄子

 建築現場での大工達の焚火の描写。しかも、仕事に掛かる前のことと分かる。「釘袋」によって景が具体的になった。
 十分に暖をとった大工達はそれぞれの持ち場で金槌や鋸の音を響かす。新しい家が建ち、家族の楽しい団欒が始まる。

面一つ打たせて弾む寒稽古 大山清笑

 大人の寒稽古でも通用しそうであるが、子供の場面の方が似つかわしい。
 一合二合と竹刀を打ち合って、ぽーんと面を打たせる。途端にボルテージが上がる。道場は掛け声と竹刀を打ち合う音で満ちる。
 気合いの入った寒稽古を力強く表現して臨場感のある句。

雪置いて南アルプス近くせり 鈴木ヒサ

 南アルプスだけでも十分に大景であるが、それに雪を置いて更に景を大きくした。冬晴れと冠雪の対比も見事であるが、アルプスをぐっと手掴みにした描写は心憎いばかりだ。

    その他の感銘句
まづ山に一礼したる春田打
白磁器の青をひそめし二月かな
大根干す外輪山の懐に
太氷柱下げて青森よりの貨車
故里に父母ありて去年今年
剥製のやうな冬鹿耳傾ぐ
むこうまでそのむこうまで樹氷原
湖を抱き榛名の山眠る
寒夕焼湖に光の道つけし
堰に来てもんどり打ちし椿かな
笹鳴きの声を真近に釣座決む
極寒の北国といふ誇りかな
寒鴉さびしき嘴がいさかひす
軒下に喜び溢れ福寿草
田の神を闇に戻してどんど果つ
岡あさ乃
江連江女
谷山瑞枝
浅見善平
西川玲子
生馬明子
螺良由美子
清水春代
坂東紀子
古川松枝
瀬下光魚
大作佳範
鈴木利久
山田しげる
大滝久江

禁無断転載